勝山髷

{参考文献}理容・美容学習事典(1968年度版)

「勝山髷」(かつやままげ)

 承応、明暦{1652〜58}のころ、遊女勝山に

 よって始められた髷。特徴は根で結んだ髷を

 後ろから前へ曲げて輪を作り、髷の先を髷の

 内側へ折り返し、根の部に元結いで結びつけ

 る。初めは遊女だけが結っていたが、のちに

 一般化し元禄期に盛んに流行した。江戸中期の勝山髷は、髷の輪が

 いくらか扁平になり髷の幅がいくぶん広がってきた。享保から天明

 {1716〜89}にわたる70〜80年の間は振るわない時代だった。

 その後勝山髷は後古丸髷とよばれ、文化ごろより急速に一般婦人の

 髪型となり同時に型も変わってきた。総体的に年増が結うことが多く、

 幕末頃になると既婚婦人のユニフォームにも比すべき結髪と考えられた。

 正式には笄(こうがい)を挿し、略式には両天簪(りょうてんかんざし)を

 さした。