「髻」(もとどり)
奈良時代には中国文化が輸入されて、冠によって身分の上下を
示すようになった。そのため冠をかぶるのに便利な髪型として髻
が考え出され「冠下の一髻」(かんむりしたのいっきつ」、別の名を
冠下の髻(かんむりしたのもとどり)として男子の間に 結ばれた。
女子の間にも頭の上に一つの髻を作るもの (頭上一髻)の他、
頭上の左右に髻を二つ作るもの(頭上二髻)などの髪型があった。
これらはいろいろと変化して、のちの髪型の基礎となった。