黒川金山遺跡探訪記 

晴天に恵まれた「みどりの日」(平成9年)にウェーブの会のメンバーと黒川金山を訪ねました。以前から塩山を再発見をしようと市内のあちこちを見てまわっていますが、昨年度、国の史跡に黒川金山が指定されたのを契機に、今回は黒川金山へ行きました。

黒川金山の由来を知りたい方はこちらへどうぞ

黒川金山の学術的なレポートは山梨県『黒川千軒』戦国時代金山遺跡の調査(東京大学今村啓爾教授/東京大学総合研究博物館ニュース)をご覧ください


塩山市街を出発し、車で1時間。その後まだ春間もない山々の中を歩くことたっぷり2時間で黒川金山跡に着きました。広葉樹が茂る谷あいにひっそりと金山の跡があります。石づみがあちこちにあり、かつて「黒川千軒]と言われたほどのなごりがかすかにあります。しかし、長い年月の間に荒れ果て、石垣は年々崩れているようです。坑道のあともいくつか残っていますが、ほとんどが崩壊しているか、崩壊寸前です。あと何年もすればもっと荒れてしまうのかもしれません。坑道の跡をみると、人がようやく出入りできる程度のおおきさです。労働環境は現代とは比べ物にならなかったことが想像できます。静かな山の中、鳥がさえずり、清らかな水が流れる谷で様々な歴史風景があったことは今の姿からは想像できないほどです。石臼などの採掘道具がありましたが、不心得な人たちにかなり持ち出されているとのことです。よく見るとゴミも落ちていたりします。心無い人たちが荒らしている・・・。

昨年度、国の史跡に指定されています(面積70haあまり)が、まさに歴史としての場所であり、残念ながら観光の素材とかにはなり難い印象です。観光の材料としてではなく、豊かな自然林の中にこのままひっそりと遺跡のまま保存しておくべきかと思いました。

大きな石を抱いたように根を張る大木。苔むす石の風情は2時間歩いたからこそ感ぜられるものではと思います。現地一帯は東京都の水源涵養林となっているため、人の手がほとんど入っていない地域です。東京の水はこのような所から延々と流れていることを東京の人たちにも理解して欲しいのですが、かといって大勢の人間が一度に入ると好ましい結果とはなりません。往復の道々、遅い春の樹林のなかを歩くのは実に爽快な気分でした。

2時間歩いて行く価値があるかと言う意味では、華々しい遺跡とは違い、人々の目を引くようなところのない地味な遺跡です。しかしこのような前提で、塩山市民の人には機会があれば一度は訪れて欲しいとは思います。

苔むす谷に黒川金山遺跡はあります。水は手を入れていると痛くなるほどの冷たさです

坑道の跡が半ば埋もれた姿で残っています。比較的状態のいい坑道の中にカメラだけ入れて撮影したのが右の画像です

とても狭く、人間が入ることは無理な大きさです。当時の作業環境の厳しさがしのばれます

石積みは各所に残っていて、人がいたことがわかります。石臼も残っていました。臼の写真の中心部にタバコを置いてあるのがわかるでしょうか?色んな場所に石を加工した跡があります


提供された資料を現地と照らし合わせているメンバー。この辺りが一番平らな部分でした


まちづくりに戻るHOME