一般応募者の論文目次

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塩山のまちづくりについて・・・市内  岡 英仁 

市の活性化策・・・市内 村田 道弘 

塩山市の活性化・・・市内  廣瀬重治 

"元気を出そう塩山"・・・市内 内藤治文 

塩山をふるさとにきめた 人の心・・・市内 三枝 愛子 

テーマ(人口増加の市の未来像):塩山市の活性化提案について

21世紀に向けた住みやすい環境型未来都市「緑園都市・えんざん」を目指して)

・・・市内 古屋牧男

私の帰りたい街・・・市内 風間 聡一郎 

塩山市の将来を感える・・・ 市内 山本 茂 

塩山市の活性化(概論)・・・市内 古屋 牧男 

塩山活性化への提言・・・市内 瀬川 清 

市の活性化策「人口増加策」・・・市内 広瀬 元子 

タイトルなし・・・市内  岡村 欣冶

元気の出る塩山の為に・・・市内 中村 直矢

塩山市活性化計画(観光活性化編)・・・北巨摩郡双葉町 沢尻 雅昭

塩山市の活性化について」・・・甲府市 日野原雪子

塩山の街づくり・・・甲府市 斉藤 正子

21世紀を寸前にして夢のある塩山市をめざして・・・東山梨郡牧丘町 山下牧郎

輝ける塩山市への道・・・山梨市 大村袈裟嘉

塩山市の活性化策・・・富士吉田市 原 清高

「クレヨン号におまかせ!塩山のまちづくり」・・・東京都世田谷区 杉山みのり

塩山市の活性化について・・・福岡県 福岡市 日向 一仁

「塩山市の活性化案」・・・千葉県柏市  牧瀬 稔

塩山市のまちづくりについて 〜塩山市活性化策〜・・・愛知県名古屋市 大西浩巳

「塩山市から始まる地方分権」(塩山ネット活用によるPI手法の実践)・・・石川県小松市 山崎由裕

@総論としての活性化策・新見市の事例を参考にして・・・岡山県総社市 松下 和弘

世界のどこにもないユニークなまちを目指して・・・カナダ バンクーバー市  中込恵子

まちづくりは商店街の活性化から・・・佐賀県 鹿島市 吉村 金一

塩山が元気になるまちづくり・・・静岡県浜松市  中川 文雄

モノのダイエットからのまちづくり・・・島根県江津市 山藤一雄

コンピュータネットワークを活かした地域づくり・・・静岡県富士市 清水 登志男

『塩山市への応援歌』・・・岩手県 大船渡市  富谷 英雄

生き生き塩山・未来へ人へ・・・静岡県志太郡 阿部 廣美

すももの郷に住もう・・・富山県西砺波郡 安田賢治

文化振興による塩山市の活性化――花神の登場を期待して――・・・佐賀県 武雄市 本田 昭毅

タイトルなし・・・東京都町田市 小林 公司

「塩山市−まちづくり対策」・・・三重県紀伊長島町 行田通世

大学創設による人口増加策・・・兵庫県明石市 荻野 斉

[カルチャー21宣言都市](仮称)の建設を・・・東京都北区 矢沢昭郎

塩山市まちづくりについての提言・・・神奈川県川崎市 和気健吉

歴史ロマンで活性化―塩山市  ・・・大阪市東大阪市 穐山常男

漂白されない町、塩山:蓄積と記憶の継続のために 塩山のための、塩山人による未来づくり・・・兵庫県神戸市 上谷重男

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塩山のまちづくりについて

 市内  岡 英仁

かってふるさと創成基金として、約3千億もの国家予算が各自治体に交付された。この施策が良策であったかどうかはともかくとして、日本という国づくりを考えた時、政治、経済、文化等が集中的に大都市を中心に展開されてきた今日までの歩み、もっと端的にいえば行政府である東京を中心として、日本は世界中に類を見ない経済の発展を成し遂げてきた。しかし歴史の歩みはこの継続を拒むかのように、グローバル的視野から日本の果たす役割の確認と、確固たるアイデンティティを求められ、そこから国家とは何か、を根本から問われている。国家概念は深部にメスを入れるべく大きな変革を余儀なくされている。主権の分岐を地方に委ねる。そして地方と国との力の均衡に伴うベーシックな構造改革が胎動し始めている。

ふるさと創成論前後から国民意識として高まった村おこしや町おこし、などの地方でのそれぞれの「個性化」を駆使した取り組みには一長一短もあろうが、各々市町村は一様に頭をひねったであろう。又地方の住民が、自分達の住むふるさとを見直す契機となり、少なからず客観的視野に立った意識の高揚を強めたことは確かなところである。

我が塩山市も当然のことながら社会基盤の整備を中心として変容しつつあり、更に今日的課題としての人口増加策や活性化策に、そして何よりも塩山市ならでは…という個性的且つ主体性を自治体からという原点に立って捉え直そうとしている動きは、総じて潜在的パワーは市民の内に蓄積されていると信じているものである。よって私自身も深い関心があり、一市民として塩山市のまちづくりについて私なりの見解をまとめてみたい。

総論「門前町のまち並み」と「森の学舎」の府 ―塩山市―

塩山市というと、まず歴史文化的遺産の宝庫であること、自然環境に恵まれていること、農産物、特に果樹王国であること、東京という日本の首都に近接していること、更には世界に誇る富士山を眺望できること、など特性及び利点は一寸考えただけでも沢山ある。しかし塩山の人口はこの十数年で下り傾向から横ばい、上昇気運も窺えない状況にある。地域の活性化策や人口増加策は単一な問題ではなく、相互に呼応しあう特質を有していると考えているので、私としては総合的に捉えていきたい。これ等の策に対峙した時、私達は解っていると認めつつも、どうしても即効性を求めすぎるかもしれない。まず問われることは、熟慮の姿勢と発想の転換にあろう。

まず歴史的文化遺産の宝庫は誰しもが認めるところだ。甘草屋敷、恵林寺、向嶽寺を柱とした寺町としての重厚さは他に類を見ない。私はまずこの歴史的遺産の何処に価値があるかという視点に立たされた時、寺や神社の建築様式に最も目を向けたい。かね尺1本で計算された寺院建築特有の大屋根の曲線、重厚な大黒柱や曲ねりながらも見事に配置されたはり梁群のハーモニー。こうした建築様式としての文化的遺産をこそ改めて「芸術作品」として捉え直すことをまず提唱したい。このことは、歴史的文化遺産である産物としての存在価値に付加価値を見いだすことを意味している。門前町という歴史的背景はなくとも、その趣を十分に備えているまちである訳だから、寺町としての趣を塩山のまちづくりに大胆に反映させてみてはどうか、というのが第一のテーマである。

例えば最初に塩山駅を出発点として考えると、雨敬橋までと熊野神社までの区間、更に菅田天神社を越えてバイパス交差点まで。2番目に産業技術短大を出発点として、塩山駅北口までの区間と、短大から塩山温泉を経て、向嶽寺まで、そこから恵林寺に至る牧丘町境の区間、3番目に市役所前菅田天神社から新千野橋までの区間。これ等の主要区間のまち並みを門前町風にアレンジすることである。個人の建物を規制するのは難しいが、市民にも構想を理解して頂く中で協力を願い、市の中心に位置する街道筋は門前町を彷彿とさせるまち並みとして創意工夫することは可能だと思う。ちなみにヨーロッパでは町の景観に対し、色彩、建築様式も個性的にして、統一された一つの・・・作品群としてのまち並みを形成、後世に受け継がれん文化遺産として位置づけている。

次に商業圏と住宅地のバランスの均衡をどう位置づけるかである。現在の商業圏は塩山駅を中心とした放射線上、そして塩山バイパスと大きく2点に集約できる。このラインを横からの眺めだけでなく、上空から動脈路、静脈路としての機能的役割を精密に検分していく。簡単な青写真を描いてみると、前記した動脈路を大規模商業圏として位置づけ、静脈路としての他所は地域性を鑑みながら閑静な住宅環境として整備していく。公園という考え方でなく、街路樹を密集させた形で地域に分散させ、木製のベンチなどを配置、併せて並木道としての街路樹も商業圏、住宅圏道路には特に求められよう。こうした計画案は、道路の拡張や市民のコンセンサスを得ねば不可能だが、敢えて「公園計画」の様な従来の一発型構想には賛成し兼ねる。塩山のまち並みを順次に公園緑化していくことの方が、より潤いのあるまち並みの空間が期待できるのではないかと思う。

次に塩山市が森林に恵まれていることを考えてみたい。塩山は幸か不幸か平地の部分が少なく、殆どが北東側方向、東京秩父方面に山林が広がっている。一部の平地に住宅商業地が密集し、何とも煩雑なことか。しかし最近話題となっている「五体不満足」という本から学べば、マイナスと思われる因子は実は逆にプラスの因子を抱えているという示唆を享受した時、ハンディはむしろ幸いかもしれない。この幸いたるハンディと考える点は、塩山の中心から青梅街道、二本木線、及び竹森から平沢までのルートを見ると南面を見渡す斜面であることに気付く。この立地条件は実に幸運といえよう。青梅街道を上り、柳沢峠にて眺望する富士山の雄姿と美しさに魅了された市民や、県内外の人々は少なかろう。南面に広がるこの斜面一体地域は立派な資源である。この自然環境、そして森林資源をどう活かすか。開発という言葉は実益的にも、現代の世論からしても好ましくはない。むしろ環境に溶けこむ策を考えるべきであろう。教育環境と文化的環境としての市民の憩いの場、という視点から第2のテーマを提案してみたい。

端的にいうと「森の学舎」構想、いわゆる森の中に子供達や市民が自然の中で学びつつ、生きがいを見い出すことのできる文化施設等を建設することがそれである。森林と共存していける環境を念頭に置き、樹木の伐採や道路建設も、建物の建設とそこに至る幅員の広さがどうしても求められる道路など、やむを得ない状況を除き、森林にできるだけ手を加えない。傷をつけないことに開発を心がける。森の学舎への幹線道路にはアスファルトは使わず、雨水などを吸収する素材を考慮し、難関であるなら砂利道でもよい。ポイントとなる箇所が特定したら、木材を利用した学舎を森の中に建設する。塩山市民たる幼児から小中学の子供達は、リゾート感覚としての夏場だけでなく、定期的に1週間くらいを一応の単位として1年間、春夏秋冬を通して森の学舎で学ばせるのである。その森の学舎を中心として、森林を活かした型の中でその周囲に小規模のコンサートホール、絵画、書道のアトリエ、陶芸工房、植物や昆虫の生態観察館、天体観測館などをやはり木造中心で建設する。これ等は一応案として列挙したもので、他にもアイデアはある筈だ。具体的な建設資金は当然行政主導となろうが、内容検討については行政、市民の有志が様々な知恵をだしあって、概要から資金まで青写真を策定していく。すべてを行政にまかせるのではなく、市民とのプロジェクトチームを編成するなりして、森の学舎構想から森林活用を様々な視点に向けて展開を広めていく。その視野からの展望に見えるのは、目には見えぬ活性化の動きへの期待である。加えて教育現場の荒廃や、家庭崩壊が蔓延し、子供も大人も心の内部が病み、又更に進行している現代から将来に向けての布石としてのねらいもある。シュミレーションをもう少し進めてみよう。塩山に在住する幼児から小中学校に学ぶ生徒達に対して、森の学舎では自然体験を学ばせながらのゆとり教育を推進していく。当然この学舎を母体とした周囲の文化施設も活用しながらである。子供達には原体験として、まず塩山の森林について体感してもらうこと。塩山市民にも幅広い文化的環境や生涯学習の一貫として活動の場を提供し、更に学習意欲を高めてもらうことである。県内外の人々にも焦点を当て、開放していける方法論も探っていく。塩山は山国である。従って県外の、特に海辺で生活する海の町の人々との交流授業、及び交歓活動もこの学舎を通して発展化させて行くことも可能だ。

この森の学舎、そして門前町のまち並み構想がもし実際に実現、根付いたとしたらどうだろう。名実共に森の中の塩山市、歴史文化のまち塩山市として全国に誇れる自治体となり得ると確信している。

企業誘致などの発想は決して反対ではないが、私達はあのバブル経済における短絡的な、又利益のみを追従したことへの結末の戒めを思い知らされている筈である。

武田信玄は語っているではないか。「人は石垣、人は城」。正に信玄の志を受け継ぐべき人間を、老若男女問わず育成すること、そして生涯教育が基本であることをもっと再認識するべきで、短絡的ビジョンに囚われないことだ。このことの理念は塩山市の「一人一人を大切に…」というキャッチフレーズにも合致する。「果報は寝て待て」の格言の如くに、何に対して時を費やすか、である。栄養価の高い作物を作る為には、まず畑の土を耕す手まめな労力と時間を惜しんではならないことと同義的である。私達は産業や経済の発展を考えようとした時、冒頭にも記したように、直接的な即効性を思い描く。時としてそれは当然必要なことでもある。

かって塩山バイパスの造成工事に当たって、現在の塩山警察署辺りから大量の縄文土器が発掘されたことは周知の事実である。数千年間に渡って営まれた経済や文化の歴史が、この塩山市には脈々と刻まれてきたこと、更にこの峡東地域には古代からの遺構が数多く発見されていること。塩山市は太古より、実に人間の最も住みやすいパラダイスであった可能性は高い。これ程までに人間が生活する環境の上での利点、自然が与える恩恵の深さ、歴史に名を刻んでいる数多くの文化財の歴々とした遺跡群。どう考えても魅力のあるまちと客観的に思えるのだが、活性化や人口増加への策に対し、低迷をし続けている現実を見た時、何かが足りない、何かが欠けていることを謙虚に受けとめざるを得ない。

 「ホッホッ、ホータル来い、こっちのみーずはあーまいぞ、あっちのみーずはかーらいぞ」。苦しかったり辛かったりするところに虫は寄りつこうとしない。人が住みたくない苦さや辛さがこの塩山には残念ながら存在している事実を見据え、人口増加、活性化を図る前に、この辛苦が何処にあるのかを検証しながら、将来展望を推し図るべきだと痛切に感ずる。

現在各地で論議されている市町村合併構想を意図して書いていないが、しかし合併構想も伏線的視野に置いておくべきだろう。

私は現在の塩山市という立地を基軸として、魅力あるまちづくりを自分の主観に基づいて二つのテーマに絞って述べてきたが、この「門前町のまち並みと森の学舎の府―塩山市―」は夢物語りかもしれない。私達の幼少時代、いくつかの童話の中の夢物語りに心奪われたものだ。夢を語ることのできぬ程貧しい人間であったり、時代であったりすることからは、希望という文字は見えてこない筈だ。塩山に流れる山河の清水が、人々を呼び寄せるほろ甘い水となって朗々と流れていく希望を胸に頂いた時、市民一人一人が参加して真剣に討議を重ね、協力しあう時が今日であり、来世紀への希望の懸け橋であることを願ってやまない。「ローマは1日にして成就せず」この深意を心に留めながら、明日に向かう塩山市の未来をみんなの力で切り拓いていこうではないか。このことを念じながら本テーマの総論の帰結としたい。HOME  入賞者一覧に戻る  一般応募者目次に戻る

 

『市の活性化策』

市内 村田 道弘

 私は九州生まれの46歳、東京で結婚後、妻の実家に移り住んで早や12年、都内へ通勤するサラリーマンです。隣人や、組の方々とのお付き合いにも慣れ、毎日を快適に過ごさせていただいております。始めは地域にうまく溶け込めるかどうか心配でしたが、桃・葡萄などの新鮮な果物類、種類豊富なワインや、そして何よりも人情味あふれる周りの皆々様に囲まれ、「住めば都」と言う言葉をよ〜く実感として味わっております。

 さて、このたびは「塩山の活性化策」というテーマで、主に5つの提案をしたいと思います。

        @ 駅名を変えてみよう

        A 市の新しいイベントを作ろう

        B 市の名産品を作ろう

        C 市内循環バスを走らせよう

        D 市民公園を造ろう

まず、@の駅名を変えてみようから。

JRの駅名『塩山』は、県内の人はだいたい、「エンザン」と読めると思いますが、東京の人たちは、まず10人中8人から9人まではそう、「シオヤマ」と呼びます。『石和』は「イサワ」と呼ぶのに、「シオヤマ」です。勝沼と石和は知名度が高く、塩山はどこにあるのか、また、読み方さえもわかってもらえない。とてもさびしいことです。活性化の第一は、まず、県外の人達に、『塩山』は「シオヤマ」でなく「エンザン」だよ、ということを認知してもらいましょう。そこから初めて、何かが変わるのではないかと思います。そこで、私はもう新しい駅名を考えました。『えんざん桃の里』、もしくは『桃の里えんざん』はどうでしょうか。あえて、『塩山』ではなく、『えんざん』です。ただしJRへの働きかけ(署名運動でも行いますか?)また、桃の名産地、お隣り一宮町への事前承諾も必要でしょう。

ついでに、中央高速の『勝沼インター』も、『えんざん・勝沼インター』にしましょう。

次に、Aの市の新しいイベントを作ろう、です。

およっちょい祭りや、大菩薩マラソン、恵林寺などのお祭り、いろいろありますが、いまいち、市民参加型という気がしません。私はそこで、『えんざんの朝市』を提案したい。市内周辺で採れた、新鮮な野菜や果物、夏には、今ブームのオオクワガタなどを並べてはどうでしょうか。東京周辺の親子連れが、わんさか来るのでは…?あとは、古本や、古着もいいのでは。朝市というと、本当は獲れたての魚介類のイメージがあるが、塩山はそれが無理なので、皆さんで工夫して出店すれば、そのうち『えんざんの朝市』の型が出来上がるのではないかと思います。朝市の場所は、駅前広場、市立図書館駐車場、短大などどう

でしょうか。特に、雨の日は駅北口の新しくできたアーケードを利用したらどうでしょう

か。何かその場で焼いて、すぐその場で食べてもらいましょう。匂いでお客さんを呼びましょう。月一回、第一日曜日とかに開いてみたらどうでしょうか。また、その日の収益分の5パーセントぐらいを場所代ということで市へ寄付してもらいましょう。

 次に、B市の名産品を作ろう、です。ワインや果物やお土産品はたくさんありますが、私はあえて『桃の瓶詰め』をあげたい。

傷ついた、見かけの悪い、熟してもジュース行きになるようなものを、硬めのうちに一口大に切って少々煮て、薄い甘口の味付けで瓶に詰める。缶詰の味とは違い、桃の風味と美味さが十分生きている。試食品が我が家にたくさんあります(祖母製造)ので、ぜひ召し上がってみてください。無添加・無着色などの工夫もできます。桃の瓶詰めの名称は、『えんざん桃便り』とか、『えんざん桃一番』、もしくは『えんざんより愛をこめて』などはどうでしょう。

 そして、C市内循環バスを走らせよう、です。

JR吉祥寺駅北ロから、市内循環バス『ムーバス』が出ています。主な個所を確か20分前後かけて走り、料金は一律100円です。マイクロバスほどの大きさでとても便利で、市民より親しまれています。コンパクトで経済的なバスを、塩山市内の主なところ、駅、塩山市民病院、塩山高校とかを結んで定期的に運行できないでしょうか。また、運輸省などからの補助金は出ないものでしょうか。明るいカラーの外観、桃や葡萄のイラスト入り、塩山の名物バスを走らせてみてはいかがでしょうか。愛称を公募してもいいですね。

 最後に、D市民公園を造ろう、です。

塩山の人達が子供を連れて公園に行きたいときは、山梨市の万力公園や、少々遠くだと甲府の小瀬スポーツ公園などを利用します。おらが町の市民公園があればいいなあと思っているのは私だけでしょうか。市内のどこかに市民公園はできないでしょうか。しかも、市民のボランティアで、計画的・経済的に。廃材や会社や家庭の不要品などを組み合わせたりして、積極的な市民の協力を得て造れないでしょうか。ついでに公園名も募集しましょう。

それほど大きくなくてもよいから、皆で親しめる、手作りの市民公園を作ってみませんか。

 まだまだその他に提案したいことはたくさんありますが、すぐに全部は無理でしょうから、できることから少しずつやりましょう。まず、駅名を『えんざん桃の里』にして、塩山の認知度を高め、『えんざんの朝市』により、活気を取り戻し、桃の瓶詰め『えんざんより愛をこめて』という名産品を全国区にして、カラフルな市内循環バス『えんざんぐるり便』を走らせ、市のシンボルとして『えんざん市民公園』で安らぐ…。

 今の塩山は良いところがたくさんあるのに、それらの魅力が十分生かされていないし、知られていない。歴史的な遺産を保存しつつ、またその良さを生かしながら、『明るく元気な町えんざん』にしましょう。

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塩山市の活性化

                              市内  廣瀬重治

 21世紀を目前に控え、私たちの町「塩山」が活力のある、魅力的な町であるためには、未来を見据えた発想の転換をしなければならない時が来ている。

 今世紀後半は著しく物質文明が発達し、人も物も全てが大都会ヘー極集中し、高度の技術革新の結果、何事も便利であることの価値観が優先されてきた。しかし、その結果、人類が得た物は豊かな物質と便利な生活だけでなく、公害、ストレス、自然環境の破壊など、未来の人間社会へ大きな問題点を残してしまった。塩山市においても、交通・情報のインフラが発達し、あらゆるメディアから供給される情報は時差も無く充分なものであり、都心まで1時間30分という、通勤でも可能な距離となったが、中核産業となっていた農業は減少し、今や専業農家は少なく、また次世代の後継者不足から圧倒的高齢者社会となっ

ている。又、環境問題なども市民生活の変化とともに無視出来ない重要な問題となっている。

 21世紀へのファイナルアプローチの始まった今、物質文明や便利さの追求であった20世紀型の発想・価値観に終止符を打ち、人類が地球上のあらゆる自然と共生して行くことを目指す新しい価値観、新しい生活形態に大きく発想の転換をしなければならない。

21世紀に於いては明らかに人々の生活指向や価値観は変化をするであろうし、なかでも地球の自然環境の保護は人類としての存亡を賭けた最重要なテーマであることは間違いない。

 塩山といえば史跡と歴史そして果実の町としてその存在をアピールしてきたが、それらの点を含め町を取巻く豊かな自然環境こそが最大の資産であろう。この最大の資産をどのように護り、どのように生かして行くことが出来るかが未来の塩山を決定付けることとなる。又、塩山を考えるときに忘れることの出来ない重要要素として、人口密集地東京からわずか1時間〜1時間30分という恵まれた地の利である。

 具体策を考えると、第一には「人が住む」ことである。人口が減少しつつあるこの町により多くの人々が注目してくれるために魅力のある町であらねばならない。人口増加を図るには、都会へ出てしまう若者たちを取り戻すことは当然ではあるが、彼等を無理やり説得することも無駄なことかもしれない。この町がより魅力的な町として認知されれば若年層の流出も自然減少するであろう。むしろ今考えるべきなのは、塩山を本当に理解し、本当に愛する人に住みついてもらいたいということだ。今まで塩山に縁の無かった人々でも、本当にこの町を大切に考える人ならば、新たな市民として迎えるに充分な資格を有すると思う。東京に勤務する者でも1時間30分の通勤は決して遠いものではない。私自身、現在週に4日は通勤しているがむしろ快適な通勤である。今や日本のサラリーマンも残業体質から開放され、仕事上の夜の付き合いも必要無くなったといえる。今彼等が望むのは自分と家族にとって安全で豊かな生活環境。アスファルトとコンクリートに固められた都会生活から、身近に大自然を体感でき、澄んだ空気と温もりのある大地に日常の中で接することが出来れば、まさに21世紀型の最も豊かな生活といえよう。更に、通信インフラの発達やコンピュータの目覚しい発達のおかげで、近い将来はオフィスワークのかなりの部分において在宅でも仕事の消化が可能となる。特に団塊の世代はすでに50才代になっており、多くの人々が、今、自分の人生の折り返し地点で、これからの人生設計を考え直しているが、かなりなパーセンテージの人が、生活環境の変化を求め、自然とのふれあいを求めている。最大人口層である団塊の世代の人々は、物質文明の申し子的存在であるが、それだけに自分の後半の人生を見なおすときに、その反動とも言える行動に

移ろうとしている。現在、アウトドアーライフやガーデニングなどがもてはやされているが、その中心的存在はやはり団塊の世代であり、まさにそれは自然回帰への途上現象である。もしも、彼等がこの恵まれた環境に居住することが出来たら恐らく多くの人々が、ただここに住むだけでなく、自分自身で土に触れ、作物もつくることを望むであろう。もちろん、永年都会で暮した者が、プロの農業を真似ることは出来なくとも、自然と共生し自然の恵みを受けることの素晴らしさを高く評価することは間違い無い。後継者問題などで遊休化している農地を彼等に貸し出すことが出来れば、少なくとも先祖伝来の大切な農地を荒廃させることも無く、環境保護の面でも歓迎できる。次世紀になってもその初期に時代のけん引役になるのはやはり団塊の世代であり、その影響は後続する世代に大きな影響を与えることとなる。企業においても、脱都会は既に進行し始めており、特に研究開発型企業や一般企業でも開発部門などは、より良い人材を求めるためにも、環境を重視したサテライトオフィスなどが必要とされるが、それらの企業にとってアクセスがよく環境の恵まれた塩山は注目に値するものであろう。理想を言えば、大学などの学園都市要素を

求められれば、将来における人材資源としてもより多くの可能性が考えられるであろう。

農業に於いても、新規就農者に対しての助成・育成を積極的に行うことにより、次世代の者たちにアピールできる機会は必ずある。一億総サラリーマン時代は今や終わり、終身雇用制度もなくなり、これからは夫々の能力に応じた職業選択が求められるなかで、自然と共生し自分自身の力で生きる道を切り開く、夢のある仕事として新たなチャレンジャーは必ずある。

 次に、「人が住む」ことのために魅力的な町づくりを実行しなければならない。大切な財産である自然環境を護り、自然との共生を指向する為には、市民一人一人の生活の中でそれを充分に理解し、実行しなければならない。例えば「資源循環型社会(リサイクル社会)」の早期実現。地球の自然環境を護るための第一歩として、リサイクル社会を実現させるためにゴミ・産業廃棄物の処理については、根本的かつ急を要する問題である。しかし残念なことに、現状の塩山市は全国的に見ても平均以下の状態であり、行政レベルの問題だけでなく、市民一人一人の意識レベルが問われているのではないか。私たちの

最大の資産である自然環境、何百年・何千年に渡り私たちの祖先が守り伝えてくれたこの素晴らしい資産を今、自ら破壊し・放棄しようとしているのではないか。リサイクル社会の実現においては、塩山市は日本で最も進んだ町とならなければならない。又、環境問題と密接な関係において、オーガニック農産物の生産は、これが今や人類の生命を守る重要課題として世界中で問題意識を持っているわけで、大消費地に隣接した塩山においては、今後積極的にこの問題に取り組むべきである。現状は果実が生産物のほとんどであるが、今後消費者の動向がより安全で、より新鮮なものへと変化をする中で、当地でも果実のみ

ならず他の産物にも大きな可能性を持っていることと考えられる。 希望的には、学校給食などは率先してオーガニック生産された物を使用し、食材は出来る限り地元からの調達を優先し、未来の塩山を担う世代の子供たちに、より安全なよい食材を提供するとともに、子供たちにも塩山市の大切な資源を理解させることを求めたい。同時に、ゴミ問題などに関してはまさに、小学校低学年から授業として徹底して教育すべきであり、分別の仕方や処理の仕方などは、環境問題を含めて繰り返し教育することによりその影響は必ず家庭内にも普及するであろうし、未来を託す子供たちにこそ正しい理解と実践能力を身につけ

させることは、塩山市にとって大きな力になることは間違いない。

 商業及び観光については、今後の国内観光は二極分化する方向にあり、一つは従来のテーマパーク型、もう一つは人工的に作られた観光地ではなく自然そのままでありながら何か人をひきつける要素があり、人が集まるかたちとなろう。後者の代表例は九州の湯布院などであり、特別な観光名所などは無くとも、まさに昔のままの町並みが残る風情のある町は多くの若者に強く支持されている。塩山においては、数々の史跡などが現存しており、それらを自然体のままに見せることが出来れば、周囲を取巻く恵まれた自然環境とともに人を引き付ける要素は充分にあろう。その為にも町全体のコンセプトが、訪れる人々にすぐに理解できるような町であらねばならない。駅を拠点に歩いて廻れる観光コースなどは「えんざんトレイル」として設定され、訪れる人誰でもが、迷わず自由に廻れるものを作るべきであり、できるならば、現在のような危険極まりない交通の合間を歩くのではなく安全に、小さい子供のいる家族でも楽しくトレイルできるコースを作りたい。その結果、一部が一方通行になったりして市民生活には若干の不便をきたしても、より多くの人々に塩山を理解してもらうために必要なことではないか。これだけの史跡や大自然

のアウトドアーフィールドを持ちながらも、塩山駅にツーリストインフォメーションがないのも不思議なことだ。高齢者のボランティアを募ったら、「案内所」だけでなく、ガイドも可能ではないか。塩山を知り尽くしている方々に、それぞれの得意分野の語部となっていただければ、訪問者にとっても大きな魅力となるだろう。更に、塩山という町をより理解してもらうために、「えんざん」ブランドを作ることも必要かと思われる。果実などの特産物に統一のブランドを使い町として積極的にPR活動できれば、消費者へのアピール効果は高いものが期待でき、又、インターネットを通じての販売なども容易に行え

ることであり、それらは町のPRに大きく貢献することであろう。

 上述した提案は全て連動しており、要するに「塩山市」のコンセプトを明確にし、それに従い適確に表現し、実践しなければならない。その上でインターネットやあらゆるメディアを通じ、塩山市の存在を情報発信することが出来れば、結果的に多くの人々に理解され、町の活性化につながることとなろう。21世紀、地方の時代といわれているが、経済的問題などを考えれば、地方が主役になることは全く容易なことではないが、塩山市には、これだけ恵まれた環境と地の利がある。これらをどのように生かし未来への道を創るかは、まさに私たち市民自身の選択であり、塩山を心から愛する市民一人一人の努力と協

力なくして成功はあり得ないものと思う。

私自身、2年前東京から移住し、現在は於曽屋敷(県指定史跡)に居住しており、先祖代々700年以上にわたりこの守り伝えられてきた於曽屋敷を更に未来へ継承することが自身の責任と考えている。塩山についての知識は甚だ勉強不足かもしれないが、少なくともこの塩山を大切に思い、深く愛する心は誰にも負けないものと確信する次第です。

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“元気を出そう塩山”

市内 内藤治文

 塩山も例外なく高齢化・過疎地域化が進む、歴史や文化、農作物、恵まれた自然はあっても人口

増には繋がらない、27000人を割込んだ人口が証明している。

 一つとして:一番の活性化策は、JR東日本中央本線のスピードアップを図る事である。

高尾〜三鷹間の複々線化・国電の塩山までの乗入れ・さらに中央本線の新幹線実現は、塩山だけで

なく今、合併論議されつつある東山梨地区全体の底上げ活性化策となろう。

 沿線市町村長とこれら施策の実現に向けてスクラム組んで関係省庁に働きかけることと、住民の後押しも当然必要である。

 都心まで、1時間通勤を実現することで東京で働いて、塩山に住むことが可能となる、東京の大学へも通学でき仕送りもなくなり(若干)地元で買い物する事で経済効果もでてくる。

 大月に国電が入線して居り人口も増えているが山地形の為土地がない、山を切崩して宅地分譲している状態では単価も高くなる、大月より2030分、西に位置する塩山は地形、景観等それなりの条件はある、リニアに捨て金よりも中央線の新幹線化のほうが山梨県全体の底上げに繋がる。

 二つとして:行政は当然、塩山に住んでもらう斬新な施策をうつ必要がある、環境つくり等、市長の提唱している「住みたくなる町」にむけた具体策と“現住民の意識改革’が一番必要である。

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塩山をふるさとにきめた 人の心

市内 三枝 愛子

「人の出逢いは宝なり」とまさにその言葉通りの人生この年に実感し思わずペンを取った次第です。

私は横須賀生れの(父は海軍兵でしたので)横浜育ちです。

主人は山梨市八幡の生まれで、梨高を卒業と同時に昭和29年に横浜の親戚(姉の嫁ぎ先)に居候をしながら夜間大学に通い、丁度就職難の時でしたが、サラリーマンとして出発いたしました。が、途中諸事情によりまして、脱サラで自営業に変更、今年で64歳になります。今では生れ故郷の山梨よりはるかに横浜での生活の方が、ずっと永くなる訳ですが、この4月に塩山にセカンドハウスとして家を建てました。独立してからは、会社経営者として裸一貫でからの出発でもあり、山あり谷ありで何の財産もなく、ただ仕事仕事と、一生懸命日夜頑張って参りました。

そして子供達も成長し、気づいた時はすでに60歳という歳月。やっと自分の体の老化にも気づき出し、少しは体もいたわってやらなければという思いに選んだ心はふるさとでした。そして八幡に住む長男夫婦の力で、(兄嫁は童謡「花かげ」の作詞者大村主計さんを伯父とする人)あちこち沢山の場所を捜して下さいました。その中より選んだその土地は、塩山でした。私共夫婦がこの土地を見に来ました時に出逢いました方の人柄に何かすいよせられる様によってゆき、そして言葉を交わしました。土地柄を現すと共に「温かい人の心を持っている人」が第一印象でした。そしてその日の内にこの場所に決め、横浜に帰りました。今年一杯はまだ横浜と塩山とを往復する生活ですが、来年4月をめどに横浜の会社は息子夫婦にまかせ、塩山市民と成る予定です。今年の夏休みは久しぶりにゆっくりと塩山で過ごしました。

その間息子夫婦そして娘達も遊びに来ました。帰る時にはこの地の方より果物・野菜・こんにゃくとおみやげまで我が子の様に持たせて頂きまして、感動するばかりでした。又、果物の取り入れで忙しい最中も、私共が留守の間中草花にお水をやって頂いたり、本当に有難かったです。又、夕方ちょっと採れたお野菜を置いていかれたりと、なかなかできる事ではありません。私共夫婦も種をまき育てたお花、野菜作物を大好きといたします。

まだちょっとしか塩山はわかりませんが、6月の三窪高原のつつじ祭りは楽しみの一つでした。バスにゆっくりと乗って、ほうとう、おでんとそして何よりのつつじ。最高でした。

久しぶりに主人と二人のスナップをよその方に頼みました。その方達も毎年楽しみに来られているとの事でした。そして塩山の花が座禅草だと言う事を知りました。

まだ見た事はありませんが、来年春には塩山市民と同時に、記念に又写真を撮るのを楽しみにいたしております。

塩山は甲州の鎌倉とか申し、文化遺産の宝庫が沢山有ります。私共夫婦はここに住み、これから今迄に味わえなかった人生の部分をゆっくりと親しみながら、塩山の良い所、又人の心を横浜の友に話してあげる事を、又楽しみの一つとしていきたいと思っています。ここらでちょっと身も心もお休みをして、これから里山のふるさとと共に、今度はゆっくりと歩いて参りたいと、特に作物の先生はご近所に沢山おられますので、心大きくしている次第です。友の宝は沢山います。そして又この先どんな「宝」に出逢えるのかと思いますと、本当に毎日が生きがいです。

塩山 ここに幸あれ

皆様もどうぞ頑張って下さいませ。

 

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テーマ(人口増加の市の未来像):塩山市の活性化提案について

21世紀に向けた住みやすい環境型未来都市「緑園都市・えんざん」を目指して)

市内 古屋牧男

1.はじめに

 塩山市は、山梨県の中央部、甲府盆地の東部に位置し、周囲を北に大菩薩の山々、南に富士山、西に南アルプスの連峰を有し、その盆地特有の温暖な気候から桃やぶどうなどの豊富な自然菜果に恵まれています。

 また、甲州の鎌倉と呼ばれ、戦国武将の武田氏をはじめとする歴史上貴重な数多くの史跡が残存しており、人と自然と文化とが融合・調和した豊かなまちです。

 このような地域特性を再認識し、また、最大限に活用して21世紀に向けたすみやすいまちづくり、暮らしの豊かさを追求すべく、産業・経済、教育・文化、環境・福祉、観光、行政の改革などテーマ毎に活性化施策を思案しました。

2.現状認識と基本的な考え方

国会では、地方分権推進法等が成立し、中央と地方の立場が対等化する一方で、地方自治体では、従来より頑固な基盤整備(財政・組織・政策等)が急務となっています。

 塩山市は、丘陵地や傾斜地が面積の大部分を占め、その立地特性等により、従来から新規産業の育成等(民間企業や公共施設等の誘致)が困難であり、財政基盤の弱体化、人口の減少等に影響していると思われます。

 このように、急激な人口増加や財政基盤の強化は困難であるため、地域の特色を最大限に活用した、独自のまちづくりが必要と考えます。

 21世紀の住みやすい環境型未来都市のパイオニアを目指し、国の中央省庁や山梨県のモデルプロジェクト(予算措置・優遇等)として、官民一体となった推進を図る必要があると考えます。

3.テーマ別活性化策(案)

(1)産業・経済(農林水産省、山梨県との協調事業)

@農業公社(株式会社)の設立

 農業法の改正に伴う規制緩和策として、農業公社(市営公社化、民営株式会社化) を設立し、地場産業である農産の拡大および雇用の拡大を図る。また、後継者不足 に悩む農家の救済や就農人口低下の歯止めを図る。

A農業大学校分校(研究所)の設置

 農業技術力の開発と蓄積を目的とし、農業大学校分校(研究所)を設置する。

 県内で最大の果樹生産地のスケールメリットを活用し、先端技術の研究・開発(ソーラーハウス技術、GPS衛星無人化技術、ウエザー予測技術等)を行い、農産基盤技術の向上を図る。

B地場産商品のPR強化(催事・メディア活用、インターネットショッピング)

 隣接都市部の大規模店(百貨店・スーパー・カテゴリーショップ等)への催事参加やTVスポットCM、新聞・雑誌広告等のメディアを活用し、都市圏マーケットへの積極的な広報活動を実施。地場産商品の認知度を高める。また、インターネットを活用し、全世界へ地球規模での地場産商品のPRおよび直売を行う。

(2)教育・文化(文部省、建設省、科学技術庁、山梨県との協調事業)

@国道周辺への自然遊歩道(えんざん歴史歩道、武田の村)の設置

 国道140号(大菩薩みち)および国道411号(雁坂みち)の道路整備に伴い周遊自然遊歩道(えんざん歴史歩道)を設置し、観光客および市民の集客力を高める。また、アスレティック・レクレーション施設、アウト・サイト設備、天文観測台・プレネタリウム、林間学校(宿泊施設)などの自然教育村(武田の村)を開設し、県内外の教育機関等の利用効果を高め、リピーターの増加を図る。

A保育施設の拡充・少人数家庭的保育の実施

 女性の地位向上を背景に積極的な社会参加および育児の支援策として、保育施設・制度の拡充を図る。また、乳幼児期の人格形成における人間的な感性保育(少人数による家庭的保育)を追求し、未来英知に人間らしい人間を育成する。

B市民教養講座、いきがい講座等(県立産業技術短期大学・市民開放講座)の開催

 市民および高齢者等の学識向上のため、県立産業技術短期大学に市民教養講座、いきがい講座等を開設し、識者や文化人による地域に密着した話題や時事・文化などについての講義を開催する。

Cフルーツ音楽会・演奏会(臨設えんざんフルーツ楽団)の開催

 植樹期・収穫期において、県内外の各種楽団を招へいし、臨設えんざんフルーツ楽団を結成。大規模なフルーツ音楽会・演奏を開催する。県内外へのPRと共に農産従事者や一般市民の士気高揚を図る。

(3)環境・福祉(厚生省、環境庁、山梨県との協調事業)

@環境型未来都市“えんざん”宣言

 21世紀の住みやすい環境型未来都市“緑園都市・えんざん”を宣言し、塩山市のビジョンを明確化・定着化する。

Aリサイクルプラザ(リサイクル・ピア)の設置

 各種廃材およぴ資源の再利用を目的とし、クリーンピア内にリサイクルプラザ(リサイクル・ピア)を設置する。また、障害者や高齢者などの積極的な社会参加の場として、いきがいを模索し、リサイクル品の再利用、販売および教育機関・施政等への寄付を行う。

B福祉教育機関の充実(福祉サービス科の設置、療養型病床群の設置)

 介護保険の導入に伴い、在宅およぴ訪問介護サービスの拡充が急務となっており、地域に密着したサービスおよぴ従事者を養成するため、県立塩山高等学校または県立産業技術短期大学に当該学科(福祉サービス科)を設置する。また、一方では、塩山市民病院への療養型病床群の設置を図り、介護サービスの量的・質的向上を図る。

(4)観光

@年間を通してのイベントの開催(フリーマーケット、十日市等の復活)

 秋のおよっちょい祭りと共に、春には、植樹祭(フルーツ音楽会・演奏会)、夏には、夕涼祭(花火大会、フリーマーケット)、冬には、緑園祭(果物・野菜などの十日市等の復活)などのイベントを開催し、観光客の集客カの向上およぴ市民の士気高揚を図る。

A塩山温泉街の再構築とえんざん山をセットにした活用

塩山温泉街をフルーツ温泉として再構築を図る。また、塩山市のシンボル・えんざん山に市内をロケーションできるワインビレッジを設置し、温泉と山をセットにした活用を図る。なお、観光施策として、ワインビレッジにソムリエ養成講座を開設し、観光客の集客力を高めると共に市民の憩いの場としての活用を図る。

(5)行政の改革と社会資本の基盤整備等

@職員の質的能力の向上(民間研修・目標管理制度の導入)

 民間企業等の教育・研修制度を参考にして、独自の教育・研究制度を確立する。また、目標管理制度を導入し、半期毎の具体的成果を明確化し、職員の質的能力の向上を図る。

A行政QC くクオリティ・コントロール)活動の導入

 民間企業等における品質管理活動(クオリティ・コントロール)を参考にして、行政QC活動を導入し、行政事務等の生産性向上・効率化、公労資源の再配分を行い、行政サービスの質的向上を図る。

B市役所部署名称のソフト化(しあわせ課、いきがい課等)

 市民に密着した行政サービスを実施するため、しあわせ課(市民課)、いきがい課(福祉課)等の形容詞を用い、分かりやすく、やさしい透明な行政を追求する。また、行政の時間的な遅れイメージを払拭するため、千葉県松戸市のような、すぐやる課(企画課)などを導入する。

Cインターン行政、行政事例研究の実施

 市長や市議会のオブザーバーとして、県内の各大学のゼミ(教授・学生)と連携し、先端の教育を取り入れた、インターン行政、行政事例研究を行い、市職員およぴ学生共々、行政に対する意識を高める。また、研究成果を市政およぴ教育に反映する。

D特命副市長(重要施策担当)の設置

 ケースパイ・ケースとして、民間人等を登用し、特命副市長を設け、行政改革、環境対策その他重要施策の職務を強力また円滑に推進する。

E情報・通信の基盤整備(行政サービスの向上)

 IT(情報通信)革命の進化に伴う、更なる情報・通信のインフラ整備を行い、行政情報、災害情報等行政サービスの向上を図る。また、CATVおよぴ携帯情報機器を活用した家庭内情報教育、インターネットサービス等の世帯情報化を進め、地区およぴ全市レベルでのLAN(ローカルエリアネットワーク)を構築。

 市政運営、市民サービスなど多方面での活用を図る。

4.おわりに

 複雑・多様化した社会、政治の腐敗、経済の低迷、教育の荒廃等、世紀末に暗い話題が蔓延する昨今、次世代を担う子供達に、私たちが何が出来るのか。豊かな自然の中で人間本来の感受性を養い、何かを感じとって欲しい。

 

 以上、唐突的な表現ではございますが、21世紀に向けた市政ビジョンの一助としていだければ幸いです。来る21世紀に住みやすいえんざんを望む今日この頃です。

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私の帰りたい街

市内 風間 聡一郎

私は1978年に塩山市に生まれ、今年成人式を迎えました。現在は東京都内に住み、大学へ通っています。家業は代々塩山市内で酒造業を営んでおり、私も将来その家業を受け継いでいくために醸造学を専攻しています。来年は4年生になるので、最近、大学の友人と卒業後の進路について話し合う機会が多くなっています。そんな時、

「塩山ってどんな所?」

と聞かれることがよくあります。そんな質問に対して私はうまく答えることができず、いつも恥かしい想いをしています。塩山という街を説明し、理解してもらうには、

「甲州の鎌倉」

というのが、これまで使われてきた形容詞のようです。しかし、それでは、説明になっていないように思います。甲州は甲州であり、鎌倉は鎌倉であるはずです。それにもかかわらず、

「甲州の鎌倉」

とは何か変だと思います。塩山は鎌倉に"似た場所"、鎌倉の"そっくりさん"なのか?

ということになります。"そっくりさん"が本物を越えるのは難しい。そんなことは誰でもが、感じるはずだと思うのですが、もしかしたら感じない人もいるのでしょうか? なぜ感じないのか? それは自らの住む土地に誇りを持たないからかもしれません。自信を持っていないからかもしれません。でなければ、"そっくりさん"に甘んじることに対して抵抗するはずだと思います。違う街に憧れることや、良いものを手本とすることは決して悪い事ではないと思います。又、生活に最低限必要で、どこにも共通してなければならないものもあります。例えば、学校や病院、主要な道路等です。しかし、そういうものはすでに殆ど揃っているし、必要不可欠なものを揃えて行く時代は終わりつつあるように感じます。10年以上前、塩山駅の駅舎の改築工事がありました。当時、小学生だった私は、その完成を楽しみにしていました。しかし出来上がったそれは、甲府駅とそっくりの縮小版であり、しかも車いす用のスロープがないばかりか、"甲州の鎌倉"さえイメージできないものだったのです。この没個性的な建物には失望したものでした。

では今、必要なものは何なのか? 私達が私達の暮らす街に誇りを持つための寄りどころとなりうるもの、他者に向けて胸を張って説明できるよすが縁となるものは何なのか? と自問自答してみました。

必要のない建物や、道路、中途半端な美術館や博物館はもういらないし、

「あの街にもあるから、塩山にも。」

という考えで作られるものも、もういらない。この土地柄や環境条件をふまえた上で検討されたタイムリーでニーズに応えたものこそが必要なのだと考えました。

その"タイムリー""ニーズ"……最近、新聞紙上で、ゴミ処理場建設の話題を頻繁に目にします。ゴミ処理場というと、今、世間で騒がれているダイオキシン問題もあって、以前から迷惑施設の代表のようになっています。ですから、必ずしも"ニーズ"とはいえないかもしれません。しかし、まさに"タイムリー"であり、必要不可欠なものに違いありません。これを逆転の発想によって"迷惑"から"ニーズ"に変えるのです。24時間完全稼動させることによって熱量を保ち、ダイオキシンの発生を可能な限り抑える。悪臭その他の公害の心配もなくす。それに加え、発生する熱によって、温水プール用のお湯を沸かし、又周辺地域にも、このお湯を供給する。更に、施設の周囲に植樹することによって、美観を保持する。ゴミ運搬車専用の地下道路を建設する。周辺の土地の固定資産税を軽減する、等々。出来るだけの公害防止と周辺地域へのケアを進め、どの街も嫌がるどころか、欲しがるようなゴミ処理施設をつくってみてはどうでしょうか。勿論、口で言う程、技術的にも予算的にも簡単な事ではないと思います。しかし住民の血税を使うのならば、マイナスをプラスに換え、更に夢がもてるものをつくって行かなければならないと思います。東山梨広域行政圏という考え方の中で、塩山市がリーダーシップをとることは、意義あることとも思われます。が、一つ大きなものを求めようとするならば、限られた財源の中で、我慢しなければならないものも、我慢しなければならないことも出てきます。しかし、それが本当に理想的な税金の使い方だと、納税者が納得できさえすれば、そんな我慢は、できる我慢だと思うのです。

「地球環境を守ろう!」

と叫ばれ続けています。そしてこれは、老若男女を問わず、洋の東西を問わず、地球全体に共通する価値観でもあります。そんな中で、これまでに類をみない、完璧なゴミ処理施設を作ることができれば、それは必ず、評価を受けるものとなるでしょうし、それは、

「他のものをあえて我慢してまで、環境保護をして行こう。」

という塩山市民の見識と姿勢自体への評価ともなりうるでしょう。となれば、市民はおのずと自分達の街に対して誇りをもち、自信をもてるに違いないと思います。

都心からわずか100キロメートル程の距離であるにもかかわらず、豊かな自然に恵まれ、かつ、歴史、文化遺産を数多く有する塩山市は、確かに、暮らしやすく良い街だと思います。そして何より、私自身にとって、生まれ育った愛すべき土地です。しかし、今のままでは、

「甲州の鎌倉」

という形容詞しかもたない、という状況から抜け出ることはできないでしょう。その為にも少なくとも、まず一歩、前へ進むことが大切だと思います。私自身を含めた誰もが、

「塩山ってどんな所?」

と聞かれた時に、胸を張って語れる言葉を持ちたいと思います。そして、そんな街に私は帰ってきたいと願っているものであります。

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塩山市の将来を感える

市内 山本 茂

塩山市は幸いにして高台にある所、甲府盆地が見わたす限りに景色だ。

千野高原(語源:チノッパラ)にスポーツ広場会場、超高齢化社会時代、健康第一にレクリエーション、スポーツ大会、野球場、屋内水泳場、無制限にある。他県に出稼ぎに出た人を、施設面の充実は勿論のこと、ふるさとに与えるもてなしが大事業の要素になるか。

春は四方全山青葉 桜花の満開

夏は涼しさを増す若葉一色

秋は枯葉の風と共に散り去る音 紅葉の見事

冬は白銀世界

 塩山市のみの絶景 独断所

将来の発展の為に広大なグラウンドを是非必要と思われる。又、塩山市歴史の町、観光面にしても何かと利用度が高まってゆくか。

効大効果を目的とする遠大な高層をもって実行、実現を希望する。

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塩山市の活性化(概論)

市内 古屋 牧男

ひと頃、323千人あった塩山市の人口が平成11年7月現在、26,900人と3万人台からずっと減りつづけている。この減少の現象を塩山市民は一体どう受け取っているのだろうか。何故か、今の所、人口流出に対しての具体的な防止策は皆無といってよい。ずばり言って私は塩山市には老若男女問わずこれと言った生活の基盤的なもの、例えば心と心をつなぐような集会や、ふだんの人的な交流が少ない。確かに○○大会、△△交流会、××慰安会などのセクト主義の集会は各地区にはあって盛会のようだ。しかし塩山市民には例えば「あいつは○○から来た・・・・・キタリモノだ」とかいって何かにつけて差別するような前近代的な風習がある。これが、セクト主義に輪をかけて、ふれあいといったものを婢少化してしまう。ひと頃、「七宝館」「塩山シネマ(現在唯一在り)」「中央劇場(中銀の所)の三館は曲がりなりにも、老若男女の心を捉えて離さぬもの…人間の心を根底から揺さぶる娯楽施設として存在していた。それが今は、七宝館跡はスーパーマーケットという品物だけに人間を群がる蟻のように扱う世相に変ってしまった。「中央通り」「有楽町通り」の商店街も活発であった。盆と正月は近隣の人々が盆用、正月用の品物を求めて混雑していた。ふだんは田植や農事で稼いで、「あっ、あの店へ行って正月の○○を買いたい…」などと、老若男女の心をトキメカせたものだ。今は、それが皆無だ。人間はスーパーに群がる形骸化されたハチやアブのようになってしまった。あの中央通りは、昔は塩山市のメーンストリートだった。あの山本百貨店の賑わいは一体どこへ消えてしまったのか。私も小さい子どもと、父母と、山本百貨店の3階の陳列タンスを見に、心はずませて階段を登っていったのを懐かしく思い出す。扨て一体、いつ頃から塩山市が発展の掛け声とはウラハラに人口の衰微という方向へといってしまったのか。私なりに思うのだが、確か、塩山駅が、今のような駅舎になってからのことだと思う。

或る日、登山客がこんな事をつぶや呟いていた。

「昔の塩山駅の方がよかったなあー。待合室も広くて何か人々と心が通うものがあった。乗客たちもホームへ生き生きとして行った。今の駅舎の待合室は何と狭く、おまけに閉塞された状態。乗降客も、どこか借り物のようなよそよそしさで自己中心のようだ…。」

時代がそうしたと言えば、おしまいだが、文化の象徴となる駅舎の変貌は人心にも変化を生じるのだ。人心を離れてしまった観光案内板や観光案内旅館マップだけが、やけに空しく立っている。近代化−確かに聞えはよい。しかし塩山市は近代化に目先が捉われ過ぎて、旧いものを、もっと生かし、人間の心に共通の感動を与えるようなものが欲しい。それが証拠には、先日、あの山中湖村にできた「三島由起夫文学館」のようなものが欲しい。塩山市に、ゆかりのある作家や芸能人のものでもなくてもよいから、何か日本人いや市民の老若男女の心の・・・ヨスガとなるようなものが欲しい。甘草屋敷なども、あのままの方がよかった。甘草の・・・いわれや薬草の歴史をなま生のままで保存すれば…何か人間らしさ、人間の心と心に通ずる暖かさが残り、多くの人々を集めたにちがいない。若者たちからも・・干草の魅力を奪ってしまった。要は、塩山市には、旧町時代(今の市の中心部)の人々に残っているいわゆる「ここは東京に近いところ。座っていても品物を買いに来る客がいるから食っていける…。」といった全く旧態依然たる頭の持ち主がいる。こういった古い考えの主が切り替えない限りは塩山市は発展しないし、何の魅力もない街である。確かに日本は資本主義なので大資本の威力には小資本はかなわない。日本全体がワンパターンになってしまった。即ち小売商店が、つぎつぎ消えてしまう。大資本の○○スーパー、△△イレブン、××マート…などが雨後のタケノコのように日本全国にそび聳え立つ。その陰では、かつて人間の心と心を暖かく結んでくれた小売店が泣いている。哀しいけれど、現実の現在の塩山市もご他聞にも洩れない。今、中央通りには、閑古鳥が鳴いている。夜更けに、どこかの観光客が寂しい下駄音をたてて歩いているだけだ。「若者に魅力のある街づくり」…難しい注文だが、私は先にも述べたが、旧町地区と、合併前の各地区(旧の町や村)がもっと人間味のあるれんけい連繋を取り合うことが先ず必要だ。例えば「文化展」(文芸)、(芸術)、(芸能)を一極集中(現在の秋の市民文化祭)を、もっと幅を広げる(賞金なども出る大会)にしていくべきだ。又、確かに県立産業短期大学、市民文化会館、図書館、老人センター、レックセンター、各地区の公民館などの文化施設も一応出揃ったことはよいが、今、これといった若者や人々を集める目玉は塩山市にはない。山中湖村の三島文学館を真似るわけではないが、例えば都留市には、スポーツ施設が充実していて、市営球場(楽山・住吉)が2つもある。大月市にも市営球場があり、それぞれ多くの若者のメッカとなり活気を帯びている。韮崎市には「サッカー」という目玉があり立派なサッカー場が3つもある。敷島町には総合スポーツ公園、市川大門町には総合運動公園、富士吉田市には北麓公園スポーツ広場、野球場…など多くの若者を集める。隣りの山梨市には、「笛吹川フルーツ公園」という超目玉ができて連日、賑わっている。山梨市万力公園の「万葉の森」にも連日、人波が押し寄せている。塩山市は、今、道路は確かに拡幅され、駅前通りも整備されつつあるものの…、人口を増やす、若者を集める…といった他市町のそれには程遠い何かがあるような気がしてならないのは私だけだろうか…。「部落根性」「よそ者根性」「排他的人間性」の除去こそ今の塩山市に課せられた最大の課題だろう。近年、塩山市にも、あちこちに、団地が建ってきた。こうした団地に住む人々との心の交流や親善化、旧町地区と旧村地区との垣根を取りはずしての心の交流化こそ、これからの塩山市の人口を左右するエレメントであろう。

ここで私は結論を急ぐ。塩山市には、まだまだ救われる部分が残っている。それには次のような対策や検討を私なりに提案したい。

@ 塩山市には目玉がある。それは「甲州の小鎌倉・塩山」をキャッチフレーズに、全国ふ

れあい「市内歴史めぐり俳句や短歌、詩吟」大会の開催(文化面)

A 道路にかける金を、もっと若者用に使い、市営球場、総合スポーツ公園の建設

B 市役所を他(バイパス方面)へ移転して、市役所跡地に塩山市民プラザ(仮称)を建てて、市民同士の心の広場を更に拡大する。

C 神社仏閣をもっとアピールするような歴史を探索するイベントを開く。

D 塩山市の「キャッチフレーズ」「シンボルマーク」などを作成し全国へアピールする。

E この提案は前からも考えていたが、「シンボル」の塩の山を再開発したらどうだろう。

塩の山の開発検討委員会を持つ

塩の山の中央辺りにトンネルをつくる

塩の山の北部と南部を貫くバイパス道路をつくる(交通渋滞の緩和にもなるが…)

向嶽寺附近をもっと整備して観光客を集める(恵林寺を参考にして)

F 塩山にも「果実と歴史の郷」のイメージがある。先にも述べた「塩山市プラザ(仮称)」

に、もっと塩山の果実や農産物を全国へアピールするような提示、博覧、味見などのイ

ベント大会なども如何

G 最後に「およっちょい祭り」を塩山市の祭りの目玉にして、もっと全国にアピールする

 ような内容を市民から募集をすることも一考だと思う。

他の都市や町村と比較をするのは又何か新しい塩山市が発見できると思い、ここまでくどくどと書いてきた。山梨市のように「フルーツ公園」は、あの広大な「差出の礎」北側と八幡地区の山林を買収しての実現だし、先の都留市営楽山球場や住吉球場、そして富士吉田市の北麓球場も、すべて山を切り開いたものである。私はここで山や自然を壊してまで建設すべきだとは言わない。よく言われる「自然と調和」の取れた開発計画を…と言っているのである。例えば、都留市の「うぐいすホール」(文化会館)は、何と都留文科大学や楽山球場に隣接する道志山塊の急な山の斜面を削って建立したものである。

「うぐいすホール」は都留市を見下ろす高台に立ち、丁度「うぐいす」が今でもホーホケキョ…などと鳴くように市内を見下ろして、まわりの自然景観に見事にマッチしている。

私は、ここまで書いてきて、今、塩山市に一番求められている人口流出防止策は、何といっても、「価値観の再構築」だと思う。マルクス・エンゲルスではないが係数が変れば現境も当然変貌する。人口増加の係数を再構築へつよく加算しつつ、祖先から受け継いできた、有限の「山・林・森」「田・畑」「自然の川や野原」を一点の無駄のないように、又、後悔しないような、これからの塩山市の基盤整備、住みやすい住居現境づくり、人口増加策、市民ニーズの施策、若者の定着する21世紀の塩山市の実現に向けていきたいものである。

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塩山活性化への提言  

 市内 瀬川 清

 私は、約5年前、夫婦(合計年齢151才)で移住してきた者です。非常に気にいり、塩山を愛する者の一人として、塩山活性化のための提言をしたいと思います。

 この提案をスムースに実行するためには、近隣市町村の合併が望ましいと思います。提言のなかには、近隣市町付に係わることも一部含まれると思いますが、ご了承願いたい。

 

1[第一の提言] ゆったり散策できる観光地創り

1-1,塩山の観光資源は、甲府盆地随一

 塩山には、信玄ゆかりの多くのお寺があり、大菩薩峠や近隣の西沢渓谷,乙女高原,徳和渓谷などのハイキングコースや、登山コースがある。その上、温泉が、あちこちにある。果物の里でもあり、桃,桜,李の花の美しさは類をみない。さらに、ワイナリもある。これだけそろった観光地がどこにあるだろう。

 しかし、他県からきた人は、バスツアでもないかぎり、どれだけ見てあるけるだろう。マイカーでもむつかしいのに、JRできた人には、どうにもならない。これは、公共の交通手段の欠如と情報の欠如のためといわねばならない。

1-3,ゆったり観光地への具体策

 a,シャトルバスによる 観光スポットのシステム化

 観光スポットとして次のような処が考えられる。

 1)寺 恵林寺 放光寺 向岳寺 雲峰寺 慈雲寺など。

 2)自然 大菩薩峠 西沢渓谷 徳和渓谷 乙女高原の高山植物 乾徳山

      竹森の座禅草,みずばしょう,かたくりの群落など

 3)温泉 笛吹川流域の各温泉 塩山温泉など

 4)その他 マンズワインのワイナリ できればぶどうの丘 その他

 以上各ポイントを巡回するシャトルバスを運行する。このことによって、各スポットをシステム化できる。清里で、最近この種のバスを運行して成功しているので参考にできる。将来は、すくなくとも30分間隔の運行が好ましい。さらに将来は、マイカーの乗り入れを規制すれば、静かな街にできるだろう。もちろん住民の車を規制するものではない。

 同時に、各スポットのバス停に、簡単な休憩所と案内所を設置できれば、よりベターである。さらにこれにともなって、若干の通路の整備が必要かも知れない。

なお 大菩薩峠では、シャトルバスは、裂石までとし、福ちゃん小屋までは、マイクロバスを運行すればよい。民営が望ましいが、できるだけ市営はさけるべきである。

シャトルバスにしろ、山のマイクロバスにしろ、民営化する場合、いままで全く競争を知らないバス会社では多分だめで、競争に晒されているタクシー業界などに話をもちかけるというような工夫が必要と思う。もちろん山へのマイカの乗り入れは禁止すべきである。

 

b.既存の民営インフラの活用

シャトルバスによるシステム化ができれば、このシステムをさらに拡充するために、あらゆる民営のインフラを活用することが必要である。

 その1.マンズワインのワイナリ

シャトルバスのバス停をつくることを条件に、もっともっと充実させるべきである。

1-2,渋滞と混雑の観光地は、もういらない。21世紀はゆっくり型で

 

 日本の観光地の大半は、車であふれ、渋滞と混雑と騒音の通過型の観光地である。観光バスが、さらにこのことを加速している。これらの、地元に与える恩恵は極く限られたものである。通過型であるために、一部のドライブインなどの土産物屋と食堂ぐらいのものである。住民は、渋滞、混雑、騒音の洗礼を受けるだけである。休日の鎌倉にでも行ってみればよく解る。一方、ヨーロッパの観光地はどうだろう。例外もあろうが、一般には、日本のような混雑もあまり見られない。処にもよるが、もう20年も前から、車を規制した街づくりをしている処もある。

一方、大菩薩峠について考えてみよう。ここは、マイカもあるが、JRで塩山にきて、タクシーで福ちゃん小屋まで行く人が結構多いようだ。そのためか、山のごみはほかに比べて少ないようにおもえる。公共の交通手段があれば、もっともっと多くのひとが訪れるであろう。近隣の西沢渓谷や乙女高原も同様である。

現在は、マイカ中心で運営されているのを、バス客中心に変えてもらわねばならない。売店なども充実し、休憩する場所も完備してもらいたい。

 その2,恵林寺の信玄館

やはり、バス停をつくることを条件に、徹底的に改善してもらう。いまは、観光バス客のためのことしか考えていない。休憩場所や飲食店など団体客でなく、都会の個人客の好みにあったものにしなければならない。

 その3,笛吹川温泉

 ここは、あるていど都会の個人客にむくようになっているが、ロビーや休憩室を充実してほしい。

 その4,その他

 公営の施設にも利用できるものは利用すべきである。みんなで考えれば、まだまだあると思う。

 

CJRの協力を得ること

 JR客中心のプランであるから、JRの協力は得られると思う。ただし、詳細かつ具体的な青写真を示す必要がある。

 その1,都心からの割引切符の発売

 塩山散策切符 大菩薩トレッキング切符 西沢渓谷トレッキング切符 など

 これらには、温泉入浴券サービスつきなどの工夫をいれる。またPRを十分にしてもらう。

 その2,駅の有効利用

 構内に宿泊施設をつくってもらう。JRでは、フォルクローロなる宿泊施設をあちこちの駅につくっているこれは、ビジネスホテルなみのもので、登山客などには便利なものと思う。また民活でよいから、休憩室 売店 飲食店などなどを整備する。

 

d,桃の花見の散策路を創る。                    

 農道を利用して散歩道に整備する。アクセスは、あくまでシャトルバスである。簡単な休憩施設があれば、ありがたい。お茶を飲み軽食ができれば申し分なし。また、桃の実のなっているときにも、利用できると、ありがたい。

慈雲寺付近の桃畑のなかや、その他、桃のきれいな処に、十分な遊歩道を整備したい。休憩所 売店 軽く飲食できる処 ベンチ などの整備もほしい。

 

e,清潔で安価な宿泊設備

 国民休暇村や、いこいの村のような、全国ネットをもった施設の誘致がほしい。さきに述べた JRのフォルクローロもその一つである。市営などの自前ですることには賛成しかねる。全国ネットのある処と比べると、ノウハウや、宣伝カの差はあまりにも大きい。また、これからは、ホテル形式のものがよく、上記の宿は、ホテル形式で、部屋にトイレもあり、清潔で、12食で¥80009000程度のものである。豪華な食事で大サービスというのはこれからは発展性がとぼしい。いうならば、ヨーロッパの滞在型のものである。

 

fPRに最大限の努力が必要

 いまは、PRの時代である。PRに失敗すれば、事は成就しない。JRPR力に期待したい。そのほか、JTB その他の旅行ガイドブックに記載してもらえるように働きかける必要がある。できるだけ、全国ネットのある処との結びつきを進め、それによるPRのカを最大限利用することを考えなければならない。

2.【第ニの提言】大都会からの移住をふやすことによる活性化

 第一の提案がなにより重要と思うが、補足的に、この提案をしてみたい。

塩山は、上記のように、特別観光資源に恵まれているうえに、東京に近いという、特種事情がある。こんな処はほかにない。この事情を十分に活かすためには最新のセンスが必要になる。そのために、大都会からの移住をふやすことが重要だと思う。しかも、団地などをつくって、隔離してしまうのでなく、一緒に共存するほうがより効果的だと思う。いままでも、移住してきた人が多少はいるが、どちらかというと、中高年者が多く、働きざかりの人は少なかったように思う。これからは、働きざかりの人に来てもらわねばならない。また、文化人にも、是非来てもらいたい。これらの人は、都会に通勤する人 都会で仕事をする人 こちらで仕事をする人 農業を始める人 とさまざまあってよい。

 ただし、これらの人には大変な問題がある。それは、当地の習慣である。近所にお葬式があると、すべてに優先して手伝いにゆかねばならない。しかも、二日間夫婦でである。これでは、都会で仕事をする人には、安心して住めるわけがない。私のように、仕事を持たない者でも、安心して 長期の計画がたてられない。

まして、仕事を持つ人においておやだ。いまの働きざかりの人は競争にもまれ、いいかげんな態度では生きていけないのである。一度チャンスを逃すと、万事終りという毎日なのである。来てほしいのは、第一線で活躍している人である。文化人とて同じである。葬儀以外の行事でも同じようなことがいえる。いまでは、プロの葬儀屋がいて、なんでもしてくれる時代である。プロの仕出屋もあることだから、効率の悪い素人の出る幕ではないと思うのだが。市役所で音戸をとって、改善しない限りこの第二提案は 実効を挙げえないと思う。そういう業者と契約を結ぶとか、そういう業者を育成してゆけばよい。なかなか口にだしていいにくいようだが、地元の人も、おおいにたすかる人が多いと思う。

 みさわホームの社内組織にイアコットというのがある。これは、都会のローマ字綴りTOKAIをさかさ読みしたもので、都会の人が田舎暮らしをしたいときに、お手伝いをするのが目的でつくられた組織である。こういう処とタイアップするのも一つの方法かと思う。

【おわりに】

 財政支出の大きいものは、あまりないと思うが、新しい発想が必要である。そのためには、関係者のやる気を高める工夫はかかせない。特に若い人のカに期待したい。

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市の活性化策「人口増加策」  

市内 広瀬 元子

都会に憧れ出てゆく若者を郷里にUターンさせるべく、先づは魅力ある街作りを中心に景気対策を向上させたい。工場会社等の誘致、就職の斡旋、失業問題等を優先に解決すべきである。若者等の集う交流施設、各種スポーツ、社交ダンス場など、特に結婚相談所等に指導員を置き骨を折って貰いたい。今もっとも農家の困窮な後継者不足、嫁不足の問題を早急に解決しない事には親子ともお先真暗な闇である。言うまでもなく家庭内は暗く、いつ嫁が決まるやら家族は見通しゼロの生活を余儀なくされている。これを真剣に解決しない限り、人口増加策など望める術もない。早急に幾組かのカップル誕生の夢叶う日が訪れん事を望むのである。

「社会基盤整備の在り方」

史跡、名勝の宣伝に努めること。天然記念物、有形無形文化財、考古学的文化の歴史、陶芸など独特な物を広めること。例えば、市街を順廻させる環状道路の設置など、ハトバス的な観光バスを走らせて、重要観光地を巡らす策は如何でしょう。道路の諸々には道の駅を設け、月並みですが特産の土産品「ころ柿、桃、葡萄」、山の幸の珍味の「茸、わらび、タラの芽」、地酒、ワイン、新鮮な旬の野菜等、川の幸なども販売する。例えば小屋敷地区丸山に拓き始めた大市民公園などは市民の一員として興味深々、ゆめ一杯に膨らませています。それは日光東照宮内の江戸様式なる会館を幾棟か設置して、武田信玄の川中島の合戦場等を再現できる劇場を作り、内では庶民的な芝居見物も可能な人心を魅了するものを建てます。又、ハーブ園なるお花畑を巡らせて子らの遊園地を拓き、子供電車を走らせたい。勿論特産品の土産品店も、他には郷土の料理ほうとう、そば打ち、味噌造りの秘伝を公開するとよい。

其の高台には客足止めの高級ホテルを建て、整然たる日本庭園を築き、高所より麓峰輝く赤富士の絶景が望めること受け合いです。また山水を塞き止めて川を巡らし、蛍の幼虫を放ち、池には幾筋の噴水を噴き揚げて、夜は電灯に七色の虹も一興である。勿論、雁坂方面よりの観光客も大いに期待しての計画です。山水を塞き止めた清流には、今流行の「ピオトープ」ドイツ語で野生の動植物が生育、生息できる湖沼、草地などの空間を示す合成語だそうな。

日本生態系協会が提唱したもの。校庭に池を造ったり、小川を設けたり、水生生物が生息できるようにすると環境教育に役立つ狙いがある。サワガニ、コイ、蛍が生息する3エリアに分類する豊かな里山に、このように子等の視界が集まる絶好の場を造りたい。

「宿泊客確保にみそ造り体験PR

水に一晩浸した大豆をつぶし、こうじと塩を混ぜる作業。「3ヶ月分に当たる約4kgの味噌を造る」。この味噌は半年ほど蔵に寝かせ、完成を見て再び来て貰う方法は如何?

また市民公園に訪れた演歌歌手や落語家など著名人の右手を型どったモニュメントを登場させる。「地球上の人々が手をつないで環境保全の輪を広げていこう」と手を紹介して更に、その運命占いなど一寸付け加えたら更に興味を誘う応援歌となる。

「姉妹都市づくり」

小中学生から青年、壮年、老人まで交流の輪を広げて農商文化の各々親睦を計る事を望みます。

「環境学習施設」

生物多様センター

動植物や鳥類、昆虫類などを理解する子等の勉強の場。

「環境科学研究所の展示」

幼児から楽しめる工夫、特に親子達には最適に。生物多様センターに更に蝶類なども加えます。

・クイズコーナー

子供の興味を引く好評なものを考案します。

天体望遠鏡の設備

限りない宇宙の星座に子らの夢がふくらみます。未来の宇宙飛行士の誕生を育むことも可能かと信じます。

美術コーナー

書道、絵画等深みのある重厚な香り高い文化を展示する。彫刻等も含めます。

総会博物館

再生産できない価値ある物の収蔵と展示に新しい企画を加えたセンスあるもの。

「老人ホームの充実」

老人看護の在り方

ホームヘルパー派遣など、より行き届いた明るい看護の貢献に感謝しつつ、更なる当局の行政の強化を希う。

そこで、家族の絆について一言。春を思うのが思春期で、不安また動揺がある少青年期を「性」とすれば、秋を思うのが思秋期で、中年期或いは、壮年期で「死」の意識がぼつぼつ芽生える。そこで意識弱き者はギャンブル、酒、女性問題等が起き易い。大かたは分別を持って踏む止まるが−。そこに媒介として存在する老人。これを乗り越え家族の絆が再び結ばれる。年老いた親を介護し、共に暮らすことで温かい家庭が生まれる。思秋期を迎えた人々も自分たちの老年期に向けて準備が始まる。理想の家庭とは「悩みや争いのない家庭」で、危機を乗り越えてこそ「家族の絆を意識できる人情味あふれる絆」を言うのである。誰もみな必ず避けて通れない必ず迫る老齢の道。「明日は我が身に降りかかる」との格言もある。如く要看護である。子供は親の背を見て育つもの。大儀であろうが老人は労わり最後まで看取りましょう。家族の義務として。

「火災、災害、地震対策」

当塩山市は重要文化財の街。甲州の鎌倉と言われ、有形無形文化財、史跡名勝に優れた他に誇れる由緒ある街であります。遡ること何百年、先祖が懸命に是を護り維持してきた貴重なる遺産であります。この遺産を火災、災害等で消滅させてしまっては元も子も亡くなります。地震等も然りであります。「備えあれば憂いなし」常時これらの対策をきちんと遂行し、後世に伝え、維持して行かなければなりません。

市当局にも対策強化をお願いしたい。

「住みやすい住環境整備」

第一に河川の美化に努めること。これも月並みですが、ゴミ等を出さぬ綺麗な街、例えば勝手の野菜屑、パック類、包装残等、ムダゴミは最小限に抑え、野山へ出掛けても缶類など総て持ち帰る。持ち帰るより出さぬ簡便が賢明かと思う。

極力破棄物など抑えるよう心掛けたい。

澄んだ清い水流、小魚、カニ、蛍などの住める河川に序々に戻したい。処理場へ運ぶゴミ類はごく少量に、減量に努めればきっと処理場の煤煙ダイオキシンも少なく、爽やかな碧空が仰げることであろう。

童べらが自ずと童謡を口づさみつつ、健やかに遊べる自然を近い将来取り戻すことの出来ますように。明るく他の街に勝るとも劣らざる塩山市を築きたい想いで一杯である。

『挨拶の明るく飛び交う塩山市』

「ゴミ処理場の設置」

広域業として7市町村で構成する共同設置が浮上しているが、日量100トンの処理能力が必要とある。

ダイオキシン類の排出量「50ナノグラム以下」に抑えねばならないとの事。早く適格な新施設候補地を選定して広く万民の意に沿い、納得のいく方向に以っていって頂きたいと願います。

「葬斎場設置」

葬斎場問題は市民挙って賛同する所で、大いに期待を寄せている様です。各家庭が狭いので、どれ程か難儀をしている事であろう。

本来都内に見るように葬斎場内(霊園内)に斎壇場あり、告別式場あり、火葬場あり、埋葬後の会食場もある、万端整った葬斎場をぜひ共一刻も早く設置して頂きたいものである。適所に。これこそが、第一に取り上げて頂きたく切望する次第である。

駅頭に広告宣伝に努める

「環状道路順序」

観光バスにてガイドに各名所の説明を求め案内を願います。

塩山駅より

菅田神社=盾無鎧(国宝、須佐王命と菅原道真公祀る。秋祭盛大に施行。

向嶽寺=臨済宗大本山、開祖は唐の高僧臨済。日本へは鎌倉時代に栄西が伝えた。本堂には16羅漢が祀られている。参道の中門の土塀が重要文化財。武田信玄が土塀に見せかけ、内側に塩袋を隠したと言う伝説あり。

中庭本園には「花かげの碑」(大村主計作詞、豊田義一作曲)

「十五夜お月さまひとりぼち

 桜吹雪の花かげに

 花嫁すがたのお姉さま

 くるまにゆられて行きました。」

大藤へ嫁ぎゆく姉上を思い塩の山裾を人力車にゆられて行くさまを詩ったもの。

夏季には塩の山花火大会を催して欲しい。

将来は塩の山の中央にトンネルを掘り、表裏自在に行き来するよう願いたい。市街の文化が遮断されたる感じである。

恵林寺=信玄公墓所と甲斐国師柳沢吉保公が並び埋葬されている。また黒門階上には当時70人の僧が織田信長勢に攻められ火あぶりにされた由来がある。

「心頭滅却火自涼 安禅必山水不用」と銘記されている中門の赤門は国宝に指定されている。又、宝物殿には信玄公の戦法や鎧、兜、手記など盛沢山に陳列されて観光客で賑わっている。

放光寺=史跡を広める。宝物も種々ある。精進料理も有名である。春祭大黒天あり。

市民公園=先に述べました各種の配置よき建物を想定するときっと素晴らしいと思う。特に川中島合戦場など再現の会館等設置すると。

玉宮のザゼン草=湿地帯に低く咲く姿は僧の座禅にも似て奥ゆかしい風情がある。

慈雲寺=樋口一葉の碑があり、庭園には枝垂桜が春をおうか謳歌する。ここに更に一葉史料館を建て、書籍等を展示すると一入映えて素晴らしい。

大菩薩民宿村=木工芸館、大久保グリンロッジ、他に大菩薩温泉は湯量誇る大浴場あり。

金山歴史=信玄公が甲州金を掘り出した良質の鉱山が有名。

おいらん渕=鉱夫の慰め者にさせられた揚げ句に深い谷底へ落とされて命を絶ったので通称おいらん渕の哀詩がある。

神金のつつじ祭り=色彩に富んだ群生が楽しみ。他にハーブ園等とりどりに植え広めたら更に風情がある。

一ノ瀬高橋=春駒を年間宣伝する「無形文化財」

甘草屋敷=文化財、薬草を作り調合して幕府に献上した説。

以上観光コースを楽しく案内させて頂きました。

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市内  岡村 欣冶

 

@「市の道」または「市民健康への道」建設

理由

私は今までに経験した病気は、胃ガン、肝炎、肺気胸、心筋梗塞、結核、高血圧、糖尿病等で、私自身長く生きられないと覚悟しておりました。胃はほとんどなく、肺気胸は年に45回は肺に穴が空き、入院も数度にわたりました。現在は私の肺は手術は不能とのことです。糖尿病は血糖値が一時630(空腹時)、体重も37kg以下になり、厚生病院に緊急入院しました。約1ヶ月後に退院、退院後はインシュリンの20単位を注射しておりました。退院時に医者が「糖尿病の治療は運動療法が大事」と言われ、それ以降毎日13,00015,000歩を歩いております。すでに4年が経過しましたが、その結果インシュリンの注射は不要、薬も飲まなくてもよいと言われる程快くなり、現在に至っております。またあれ程発作を起こしていた肺気胸も一度も起きません。その他の臓器も至極順調で快適な生活を送っております。歩くことの効果驚くばかりです。ただ歩く場合車が危険で怖い思いもしました。歩く度に安心して楽しく歩ける道があったらと痛感しております。「市の道」沿いには花壇を作り、管理を地区の熟年クラブに委嘱、年に12回美化コンクールを実施、賞金は気配る。また各所に「道の駅」と言ってもあずまや四阿的なものを作って、お年寄りが談笑する席をつくる。考えただけで楽しくなる。

A「糖尿病友の会」の結成

理由

塩山市内に糖尿病者がどのくらいいるか存じませんが、私が月1回の通院時に同病者等の話しを聞いていると、治療については全く医者任せと言う方が多いようです。要するに情報交換の場がないということです。「糖尿病友の会」を作って情報を交換したり歩く機会を計画したりする。糖尿病は自己努力しなければ快くならない病気です。是非結成に行政の力を借りたいのです。この運動が定着すればすばらしいと思います。

B市民菜園をつくる

理由

私が歩きながら目につくのが遊休農園である。市の仲介により市民の希望者に、菜園作りに貸し出す。埼玉県のある市では年に25,000円くらいの使用である。この市の市民菜園は電車で行くくらいの距離にあるので、日曜日等は市民がピクニック気分で集まり、賑やかだそうです。また農家のお年寄りが指導にでば出張り、農具の貸し出しや種蒔き等農作業全般の指導をしている。健康的な施策だと思います。

C中央線鉄橋すぐ上に交流可能程度の土橋の架設

理由

以前鉄橋上を通学児童が渡っていた。また赤尾側から下萩方面に果樹園を経営している方もおり橋があると便利。経済効果はないが市民の生活道路としては、一級である。

D塩山駅の南口派出所前の駐車場の現状は本来の目的を果たしておらず、特定業者の客の駐車場の観があります。あの駐車場の建設も市民の税金であると思う。早急に改善の要があります。

E「美化推進委員会」の設置

理由

矢張りこれも歩いて感じることですが、重川を含めて市内を流れる河川が汚れすぎている。特に農業用ビニール等が河川に捨てられている。これでは観光客に恥ずかしい。各地区に「美化推進委員会」なるものを組織して、毎月美化コンクールを開催して、良好な地区に賞金を贈る。

F甘草屋敷薬草公園について

薬草公園の建設には、私は賛成でなかったが、建設した以上効果的でなければならない。現在未だ建設途中だから結論は申し上げられませんが、絶対に市の「お荷物」になってはならない。先日横浜の三渓園を見学したが立派でした。勿論規模において比較になりませんが、塩山の薬草公園においても例えば上萩原の木喰白道の生家を移転し、白道の彫刻「微笑仏」等を展示するとか薬膳粥、薬膳そばを食べさせるとか「もう一度行ってみたい魅力」をもたせる。

G道路の整備について

塩山市内の道路は随分と整備され、便利になりましたが、細かいことで恐縮ですが道路を横切る溝蓋の衝撃が大きく、体の為に有害である。例えば土橋文具店の大学方面へ行く所等です。果実地帯であればなおさらです。細かいところにも気配りをしていただくことが優しい行政というのかもしれません。

以上、くだくだと愚見を書きつらねましたが参考にして、よろしくご検討下さい。

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元気の出る塩山の為に

  市内 中村 直矢

どうしたら塩山は元気になるだろうか、これは大変にむずかしいことである。一朝一夕には語れない。元気の出る根本がどこにあるかを見つめることである。

先ず、市民のふところが豊かになることが先決である。市民の中には豊かに和やかに生活している方もあるだろうが、市民全体がいい生活できなければ元気は出てこない。

そこで塩山市民が豊かに日常生活を送る為にはどうすればよいのだろうか。見つめてみよう。それには市の背景を身近に引き寄せることが大切克重要な第一ポイントであると思う。身近に引き寄せるとは、塩山市の果実の生産と歴史に学ぶことである。

現在市の果樹の生産は高齢者の手によってほとんどがなされているのが現状である。若い後継者、この姿の少ないのはなんとも淋しい。もも、ぶどう、プラムが市の果実の主なものであるが、この種の果実は県内は勿論他県においても盛んに栽培されている。又外国からは他の果実が輸入され、スーパーなど販売店にはいっぱい並べられ、日本産の果物を圧倒しているかに見える。このような状況の中で、塩山市の果実をいかに充実させ競争力を高めていくか正念場である。それには若い力が必要である。常に研究を怠らず、国内は勿論、世界にも目を向け、若い鋭い目を養わなければならない。若い力を結集し生産、販売、研究の3部門の一大拠点を作ることである。要するに他の生産地に負けない、いや凌ぐ、さすが塩山の果実だと世界中の目を向けさせることである。若い力は、若い目はこれを達成する可能性を十分具えていると確信して止まない。第一の元気はここから始まる。この若い力をバックアップするのは、行政、議会、農協の3つの柱が特に重要であることは言うまでもない。

次は誇り高き歴史の在り方である。甲斐の鎌倉と言われている巨刹の数々、菅田神社、熊野神社、慈雲寺も含む正に甲斐の鎌倉である。更に、甘草屋敷、一葉文学と多岐に亘っている。この甲斐の鎌倉が十分生かされているだろうか、否である。お題目ではその価値は結ばれない。行政はこの歴史をもっともっと充実、県外に向けてのアピールをしなければ折角の宝も空しいものとなってしまう。大菩薩の麓、裂石山雲峰寺を起点に、1本の道としての仮稱、甲斐の鎌倉歴史街道と名付け、観光客に多く来てもらう施策を早急につくるべきである。市民も行政も潤うことになり、更に大切なことは、観光客に甲斐の鎌倉の実感を味わってもらえることとなる。又市民も、自分の住んでいる塩山の鎌倉、甲斐の鎌倉の誇り高きものを心から味わうこととなろう。

これが第二の元気の出ることとなるであろう。元気とは心が作り出すものと、歴史は教えている。

次に考えることは、海のない山梨、塩山市にとっては川がいかに大切かを考えてみよう。塩山市には、重川が一番大きな川である。支流はいくつかあるがいずれ重川に合流する。そこで、この重川を活用する方法を見い出すことである。建設省と協議し、市民の憩いの場所を造るべきである。川のある風景、心が和みます。清流の名のように重川を一大河川として育み、市民の心のふるさととしたいものです。一滴の大菩薩を源とする重川の源流は市民の心を更に洗うこととなるであろう。その昔は「想川」と名付けていたと言う。ロマンに満ちたいい名前ではないか。川のある風景、元気の出る心清らかな影を映そう。

最後に一つ、市内の道路に彩をつけようではないか。街路樹、街路灯、時計台、道も施しようによっては市民の憩のオアシスである。商店街の活性化にもなる。町・街に活気がもどる。灯がともる。元気いっぱい、客足が絶え間なくつづく、元気はここに始まる。

もう一言。県立博物館を塩山に建設しよう。峡東の雄としての貫禄を見せる絶好の機会である。しめくくりの元気である。 終わり。

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塩山市活性化計画(観光活性化編)

北巨摩郡双葉町 沢尻 雅昭

人間が生活するうえで基本となるものは、「衣・食・住」の3つが重要であるが、街の活性化にも同じ事が言える。特に塩山市は甲州の鎌倉といわれるほど歴史のある町である。この塩山をもっと多くの人々に知ってもらい多くの人々が来てくれることが一番の町の活性化になる。

それでは「衣・食・住」この3つに分けて具体的な活性化案をのべてゆく。

第一案・衣の巻

京都や奈良に行くと寺方の人に限らず、その周辺の旅館や土産屋の人達がさむえ作務衣を着ているのを見かけるが、風情があってなかなか良いものである。塩山でも接客業に限らず、この伝統ある和服を積極的に取り入れ、甲州の鎌倉ならぬ、甲州の小京都的雰囲気をかもし出してはどうか。着物の絵柄も塩山ならではの大菩薩連峰の山なみや、西沢渓谷や笛吹川をモチーフにしたダイナミックなものから、コロ柿をデザイン化したものまで色々考えられ、「塩山作務衣」というネーミングで商品化も可能である。また若者向けには「心頭滅却…」と染めぬいた夢想国師Tシャツも良い。

第二案・食の巻

福島県の喜多方市は毎年大勢の観光客が訪れるラーメンの町である。今や全国的に有名になった喜多方ラーメンであるが、昔はこれと言って名所・旧跡があるわけでもなく、今のように喜多方ラーメンの専門店もなく、小さな町の食堂のメニューの中に「中華そば」とか「支那そば」なんて書いてあるだけだった。それが観光用のイラストマップに「喜多方ラーメン」のネーミングで店の名前と場所を載せたところ大当たり! あれよあれよと言う間にこの小さな蔵の町は、全国的に有名なラーメンの街になったのである。ところが不思議な事に、昔の喜多方の町と塩山の町の感じが良く似ているのである。そして塩山で食べるラーメンの味が、昔の喜多方の食堂で食べた中華そばや支那そばの味に似ているのである。

そこで塩山市の観光用のイラストマップに市内のラーメン店も載せるのである。そして塩山ラーメンのネーミングもあえて「塩山の寺町ラーメン」として、上にのせる具もチャーシューのかわりに精進料理や薬膳料理を具としてのせる事により、特色あるラーメンが出来る。

第三案・住の巻

身延町に10年ぶりに行って驚いた。駅前の通りが新しく古くなっていたのである。変な説明だが本当なのだ。もっと詳しく説明すると古き良き時代の町並みを近代的に整備して再現したと言うべきであろう。現在、こういう整備事業は、全国各地で試みられている。しかし、その方法や結果も多種・多様である。身延町の駅前通りの場合、人工的に作られた昔風の駅前通りに、私は違和感を覚えたのである。私の記憶の中にある雑然としていた昔の駅前の方が、長い歴史のある門前町としての風情があった。人工的に作られた昔風の駅前には懐かしさは感じられないのである。

長野県の大町の駅前通りは10年前とほとんど変わっていないようで、いつ来ても若い頃の思い出がよみがえる。それでも少しづつ駅の周辺を整備したり、近代化したりしているようだが、急激な変化は見られない。そして、その町がなんとなく懐かしく思えるのはなぜであろう。江戸時代や明治・大正時代の町なみを人工的に再現しても、昭和生まれの私には懐かしさや心の安らぎは感じられないのである。だがこの大町には店の一軒一軒や裏通りの家なみに、ちょっと前の日本の良い所が今も残っているのだ。そして、そこに住む人々が早朝、家の前を掃除している光景をよく見かける。昔の日本ではよく見かけたが、最近ではあまり見かけなくなった光景である。こんな光景を見ていると私に限らず多くの人が「こんな町に住んでみたい」と思うのではないだろうか。

もし塩山の街を住みよい、暮らしやすい、観光客の目から見ても素敵な街と思えるような街並みを作るためには少しずつ、時間をかけて、保存すべきものは保存し、整備すべきところは整備し、古き良きものは復活させ、新しく必要なものは導入してゆく街作りが必要である。HOME  入賞者一覧に戻る  一般応募者目次に戻る

 

塩山市の活性化について」

            甲府市 日野原雪子

一 私の生まれ育った町

 私は、昭和二十四年に塩山に生まれ、二十代で結婚するまで塩山市民でした。塩の山を毎日眺めながら、家族や地域の人に暖かく守られ、楽しく二十余年を過ごしました。特に幼少期の思い出は楽しいものが多く、自分自身の人格形成にも良い影響をもたらしたように思います。

 戦後間もない頃、物は乏しい生活でしたが大人も子供も、季節ごとに、様様な行事に参加し、人々と交わり、生活を潤し、自分を育てていったと言えます。具体的には、寺社の境内での演芸会、子供クラブの清掃活動、夏休みの遠足、道祖神祭り、その他季節の祭り、数え上げれば限りがありません。それらは単にその日に参加するだけのものではなく、かなり前から、年長者を中心に計画、準備を進め、終了したあとには反省の集いがあり、更に次の年へ、次の世代へと、行事を継続させていくシステムを含み、それらの行事とともに季節の推移やら、年令にふさわしい役割、責任を自覚し、行動力を付けていく、地域の「教育力」が根底にどっしりと根をおろしているという見方も出来るものでした。

 子供たちは、子供として出来ることで、地域に奉仕し、地域を明るく楽しいものにしていました。「塩山」だけが特別なのではなくその時代には、どの地域でも同じような状況だったのでしょうが、私にとっては自分の町「塩山」の素晴らしさとしていつまでも心に深く生き続けています。季節があり、季節とともに生きる人々がいて、大人たちは子供を慈しみ、たくましく育つような責任感を持たせ、大人も子供も自分より一歩先をいく人の後ろ姿から多くを学び、なんらかの貢献をしていく。地域が機能していて、地域相互が競い合いながら、大きな集合体へと結束していく、それが「塩山」の特徴であったと思います。

 

二 外から見た「塩山市」の昨日今日

 二十五年前に塩山市を離れ、県内の他市町村に移りすむようになりました。実家へは、度々帰るので「塩山市」と無縁になったわけではありませんが、毎日生活していた頃と比べると、「外から」塩山を見る目が働くようになってきました。

 塩山市の長所と短所を、主観的な印象で述べてみます。長所としては、人々の生活が地域に密着し、伝統行事や、様々な機会を通して人の交流があり、古き良き時代の助け合い精神が残っている点をまず挙げることができます。実家の年老いた親の生活は家族だけでなく、地域の友人や近所の人の親切に支えられていることを何回となく目撃し感謝の念を抱いています。次に自然が、他の地域ほど破壊されず、空気や水が清らかであるように思えます。騒音も少ないのではないでしょうか。更に、市内には農家も多く新鮮な野菜や果実が手に入りやすい、温泉や運動場も利用しやすい、等市民の毎日の生活が「しやすい」環境が整っていると思います。 一方、短所はと言うと、年々交通量が増す日本の車社会から、とり残されているような道路状況が挙げられます。市内の道路状況には様々な問題点があるように思います。具体的には、道路が狭いことから始まって、歩道が完備していない、商店街の駐車施設が不十分である、道路そのものの流れ、配置が悪い等、根本的に車社会に適していない町の構造が改善されていないことが特に注目されます

この点については、市街地に限らず、郊外に於いても、山間部においても同様であり、市、全体の「道路」が車を利用するのに条件が極めて悪いという実感を持っています。市外から訪れる人にとっては「迷路」と感じられるのではないでしょうか。

 次に、商業については、購買意欲を掻き立てられるようなお店が少ないと思います。私個人が、実家への行き帰りに立ち寄って買物をするのは、ほとんど山梨市や石和町、昭和町のスーパーななります。特に意識してそうしているのではないのですが、品揃えや駐車場の便によって、自然そうなります。最近では一宮町にも足をのばすようになりました。実家の親を食事につれていくときも同様です近くに、おいしくて入りやすいお店があれば良いのにと願っています。

 もう一つ感じていることは、抽象的になりますが、市としてのイメージが薄く、明確でないように思います。言い方を変えるなら、塩山市の特色とはなにか、ということが、一つの大きな強い力を以て外にアピールされていない、とも言えます。立て看板でそれらしい標語も目にしたような気がしますが印象に残っていないのです。何を目指すか、どこへ進むのかが、市民や市政の共通認識として、できあがってないのではないでしょうか。

 以上は、あくまで元市民として。外から眺めての主観的独断的偏見の一端です。あしからず。事実と食違いも多々あるでしょう。

 

三 「塩山市」の活性化とは

 昨今、「村起こし」「町起こし」「地域の活性化」は流行語のようになっています。それにかかわって、さまざまなイベントの案内もよく目にします。都市部へ人口が集中し、地方の労働力人口が減少するというのはかなり以前からの問題点であり、現在では、同じ地方の中で人の流入のアンバランスが生じ、古くからの「町」の空洞化、ドーナッツ現象等という言葉を耳にするようになりました。また、一方では高齢化・少子化が事態を複雑にしています。理想的な「町」は、各年齢層の人口がバランスよく居住し、産業があり、従って、経済的に安定し、住む人が満足して生活し、他地域からも人が集まって来て、町が活気づく、文化的なレベルも保たれ、犯罪も少ない、生活しやすい所ではないでしょうか。塩山市の活性化の焦点をどこに合わせるか、何を優先するか考えてみました。これまでのところで述べてきたように、古くからの良さが残っている町ですから、それを核にして、どんな町づくりを進めるかを考えていくべきだと思います。子供たちが、自分の町に誇りを持てるような町、一生その町で生活したいと思えるような町、たとえ他の地域に移り住むようになっても外から町の発展を応援したくなるような町、はどうしたら実現する

か。他の地域から。なにかを求めて人々が、頻繁に訪れてくる町、そのことで町が向上していくような町はどうしたら実現するのか、 これまでの、塩山市の長所はそれを特徴として残していく中で活性化策を練る。「自然的環境」「たすけあいの精神」「伝統行事」は重要な長所です。短所を改善する政策を実現する。「人と車が共存できる町」「市内でショッピングが楽しめる町」を模索する。更に、いくつかの公共施設を拠点にして、外の人々の興味・関心を引き付ける条件整備、催物の企画と宣伝。これらが、まず思いつく事です。また、市内にある、名所旧跡、寺社仏閣、国宝、天然記念物等は、県民すべての、もっと言えば、国民すべての共有財産です。

これらの存在を明確に表示し、外から訪問しやすい環境を整備する事も大切なことの一つです。これまで挙げたすべてのことが有機的に結合するような方策が見いだせれば理想的です。

 私の母の実家は、松里にありますが、その近くには昔、水車がありました、今はどうなたか知りませんが、そのようなものの再現も考えてみたらどうでしょうか。安易な観光地下は真の活性化にはなりませんが、市の各地に昔から残っている貴重なものや希少なものの発掘をして、それらを静かに守り続けていく精神を各地に生きづかせることは価値あることです。

 安易に、他地域から人を集めようとすることはかえって、マイナスになります。車の入りにくい地域には、自転車や徒歩での交通が便利に出来るよう、車社会との接点を環境整備する姿勢も必要とされます。

 思いつくままに、書いてみましたが、要するに「塩山市の活性化」は、これまでの長所を十分生かし発展させることを大前提に、やみくもに人集めをするようなことをしない、二十一世紀に新たな輝きを増していくような街づくりを考えるべきだと思います。近隣の、活気ある町の安易な模倣に走らず、むしろ「活性化させないことが、町の価値を高める」ぐらいの逆転の発想で、じっくり進めていったらどうでしょうか。

 国際化が進む中で、長い伝統を持ったヨーロッパの田園都市などを視察して、世界に誇れる「おらが村」を模索していくのも面白いかと思います。インターネットのホームページに個性的な表現を取り入れて外にアピールするのも楽しいでしょう。地域の子供たちに私たちが幼い頃体験した奉仕活動を復活させるのも悪くない。幼稚園、保育園や小学校の行事に地域が入り込める余地はないか、など足元を見つめて塩山市の生命を息づかせる知恵を寄せ合って、みんなで市の未来を考えていってほしい。幸い、塩山に生まれ育った人々は郷土愛が強い、呼び掛けに集まる出身者は数知れないと確信します。

 

四 最後に

 現在、高齢化が進む中で、「介護」に関心が寄せられている。そんな中で、塩山市の先進的な方策や、活動をニュース等で見聞きすることが多い。福祉に関しては、現状を発展させていくことで住みやすい街づくりの大きな柱になり得ると思う。したがって、あえて前章では触れなかったが、「高齢者」や「子供」を大切にする町としての「塩山市」は現在進行形であり、これこそが市の将来像の確実に実現できる中心のものであろう。「遠くの親戚より近くの他人」などという俗言を持ち出すのは少し憚られるが、これは一つの真理だ。「近くの他人」に出来ることを、一歩前進させて、市全体が、暖かい政策を実現できる「近くの他人」になる道を目指してほしい。塩山は、古くから温泉町としても広く名が知られている。これを、町の活性化の拠点とすることも出来る。日々、時間に追われ、仕事に使われている現代人のくつろぎのオアシスが実現したら素晴らしい。川原と。小高い塩の山は・子供たちが自然と触れ合い、自然を学ぶ絶好の場だ。夢は広がる。

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塩山の街づくり

  甲府市 斉藤 正子

姉が塩山に移り住んで10年程経ちました。この度日頃感じていたことを、論文ではおこがましいので、お願いとしてこれを機会に応募してみました。

公共施設他、各種の大きな店舗、それに最近できた総合病院等が市街地に居れば自転車で10分程で行ける場所にある。甲府より住みやすいとたいへん気に入っております。

私も観光がてら来ています。豊かな温泉、フルーツ、観光地、山間を通る夜の電車の景色、強く歴史を感じさせ見るところの多い恵林寺、何度登っても飽きない大菩薩峠の素晴らしいながめ、関所のあったところにできた関所風情のある大菩薩の湯。たいへん気に入っています。かねがね望んでいた和風の外食どころとして最近できた和風ファミレスへ遊びの帰りにちょっと外食にと利用してしています。

あと思っていたこと…

キャッチフレーズの参加としてまず下記以前に街にゴミがないことからはじめて!

駅に塩山市についての御意見箱設置

駅近くにレンタカー屋…電車で来た来客が甲府まで借りに行っている。不自由さで感じた。

駅前にコンビニを…何時でも駅から帰りに気軽に寄れる店のコンビニがなく、来る度に不便さを感じた。

市街地にも歩いて行ける広い日陰のある、芝生のある公園を…甲府市の緑ヶ丘公園の様な、子供づれやお年寄りがのんびりくつろげる場所。

駅〜恵林寺までの参道に歴史的風情のある建造物をこぎれいに連ねて…中高年や観光客向けによい。身延山駅前通りが例としてあり。

若者を呼ぶ街なみとして(これはどこの街にもいえること)…本屋・音楽関係店(ゲーム・ビデオ屋含む)・ヤング向け洋服店・女の子の好むおしゃれ小物、雑貨店・外にもテーブルのある軽食喫茶店(立喰いできるものを多く売っていること)

等が、おしゃれなつくりで一連になっている場所。

ただし、共同駐車場でよいから絶対条件であること。

以上、新聞で募集記事を見る前から常日頃望み考えていたことです。一考していただけたら幸いに存じ上げます。応募としてはやはり違うかも知れませんので、目を通して下されば結構です。

ここが好き…恵まれた自然・歴史的背景・住みやすい街

ここが嫌い…ある一部の権力者が目先の不利益のため活性化を邪魔しているかに見えるところ。HOME  入賞者一覧に戻る  一般応募者目次に戻る

 

21世紀を寸前にして夢のある塩山市をめざして

東山梨郡牧丘町 山下牧郎

1 市民はこうすれば増加します。

@JR中央線高尾駅まで快速電車を、塩山駅から発着させます。

 自然が豊かで、地下も安い塩山市は住宅都市としても最適です。市街地周辺部に住宅団地を造成すれば、庭つき、家庭菜園つき、駐車場つきの家から、首都圏へ楽々と通勤できます。労働時間は短縮され、残業時間もカットされる時代です。週休二日、大菩薩峠に登り、有機無農薬の野菜を作り、歴史と文化の町・塩山市を楽しみます。

 

A脱サラで、農業を志向する若者が増えています。花や果物を栽培する近代的な農法は都会暮らしに嫌気のきた若者を引きつけるに充分年魅力を持っています。都市近郊農業としての利点を生かして、抑制・促成野菜の栽培も可能でしょう。

 

B都心から高速道蕗で1時間半。この地の利を生かせば工業団地の誘致は、今後益々有望です。美しい自然のなかで、ハイテク産業を中心とした環境に合った企業は、景気回復後の21世紀、必ずや塩山市に殺到することでしょう。

 

2 より住みやすい塩山市を求めて

@道は動脈です。塩山バイパスの開通がどんなに市を活性化したことでしょうか。いま建設中の東山梨広域農道(フルーツライン)は、完成の暁には観光農業と大型農業の大動脈となるでしょう。青梅街道(国道411号線)も今や重要な観光・産業道路です。雁坂トンネルから来る観光客を柚木や御幸橋から塩山に招くことも大切です。牧丘や山梨市、勝沼町への道をもっと整備すれば、買い物客だけでも今よりずっと増加すること必至です。

 

A21世紀の前半頃、中央新幹線や塩山・甲府間の地下鉄が誕生したら、交通渋滞も解消され、あらゆる面で快適な生活が送れるようになることでしょう。(人の夢はいろんな形でいつの日にか必ず実現されるものです。)

 

3 歴史、文化、教育の町塩山市

@これだけの小さな市にこれほどの国宝や重要文化財がある市は他にはないでしょう。ここに県立の博物館を誘致するのは当然のことです。文化的施設も豊富です。美術館と樋口一葉記念館だけはなんとしても欲しいものです。問題はこれらの貴重な財産の利用法です。個人の好みによって個々ばらばらに見学するのもよいでしょう。大型観光バスで来るのもよいでしょう。京都や他の都市にあるように、駅からスタートして小人数で利用できる、いろんなコースを用意した定期観光バスや観光タクシーはいかがでしょうか。安くて、名ガイド(ボランティア)がついて、コースに特色を持たせたならば、きっと好評がいただけるのではないでしょうか。

A峡東地方に初めて大学(県立産業技術短期大学校)が、それも塩山市に誕生いたしました。有り難いことです。労働省管轄の職業訓練校としてのこの短大は、技術革新とともに4年制への昇格は可能です。親にとっても、学生にとっても 地域にとってもこんなに有り難いことはありません。各種の専門学校もきっと必要になってくるでしょう。学園都市塩山、文教都市塩山も決して夢ではありません。

 

B独立した図書館、ユニークな美術館、大小の快適な公園、これらも文化の町塩山には不可欠のものです。

4 自然豊かな塩山市を市民みんなのものに

 秩父多摩甲斐国立公園、大菩薩県立公園、市立総合ふれあい公園、歴史に名高い塩の山。笛吹川、重川、塩山温泉その他沢山の温泉、あらゆる果物とワインと銘酒と‥塩山市にないものはありません。自然志向・健康志向・長寿志向は高まる一方です。

 3千万人の首都圏の人々は、毎月、毎週、毎日、塩山市にやって来ます。

 

 登山道や山小屋や標識を整備します。駐車場も作ります。案内板も設置します。もっともっと分かりやすく、気軽に楽しめるように創意工夫します。先進地では徹底しています。徐々に、出来るところから、着実に進めてゆけば可能です。人間は正直です。

 サービスがよければ何度でも来ます。悪ければ二度と来ません。心優しい塩山市民に出来ないはずはありません。

 

5 隣の町と協力して

 すべてこの世は持ちつ持たれつ。相互依存・相互協力で成り立っています。自分の利益と繁栄だけを考えていたのでは、他から相手にされません。共存共栄のゆえんです。

 この峡東地方は、みんな似たような自然条件・社会条件を持っています。山梨県全体がそうだともいえるでしょう。

 消防も警察も医療も教育もゴミの焼却も斎場もみんな広域行政です。働く場所そのもの、買い物する場所そのもの、つまり生活そのものがすでに広域化しているのです。

 三枝剛市長はその第2期目の立候補の挨拶(政策)の第一番目に、地方分権の推進に伴う市町村の合併を掲げました。「先見の明」とはこのことです。

 現状のままでは、どこの市町村も人口減少か超過疎現象です。少子高齢化社会にあって、とんなにがんばってみても、人口は増えません。大きな事業をするには、財政規模があまりにも小さ過ぎます。その割合に人件費と借金ばかりが増えてゆきます。

 峡東地方25町村、人口10万人都市をめざして、一致協力できたときに、塩山市の「21世紀の夢」も徐々に実現の方向に進むのではないでしょうか。

(終生、塩山市にご厄介になり、塩山を心から愛する者の一人として、拙文ながら応募した次第です。)HOME  入賞者一覧に戻る  一般応募者目次に戻る

 

輝ける塩山市への道

     山梨市 大村袈裟嘉

行政改革の基本

◎流通革命・金融ビックバン・規制緩和・スクラップアンドビルド・リストラなど今まで平穏無事波風の立たなかった業界でも一転して厳しい局面に立たされている。日本のような資源小国は貿易立国で生きて行かなければならない。産業再生法にもうたわれているように「良い品物を安く」つくり国際競争に勝ち抜かなければならない。このことは生産に直接タッチしている第一・第二次は勿論であるが、金融・運輸・通信・建設・流通などどのあらゆる分野で生産性の向上に最善尽くさなければならない。そして国内の総コストの引き下げが、経済大国日本を長期に安定と豊かな国民生活を永続させるものである。その中に意外と大きなウェイトを占めているのが国と地方自治体の公務員の生産性の向上である。公務員の給与は税金から支払われている、効率よく働けばそれだけ税金は少なくてすむ、「民間よ歯を食いしばって頑張れ」「俺たち公務員はのんびりやって行く」では済まされない事態である。行政改革の基本は民間に負けない仕事をすることにある。

公務員は公僕に徹せよ

◎採用された時は公僕に徹するつもりで居たが、官僚システムの中に生きて居る内にその意識は次第に薄れて行き、多くはマイナス面の悪弊を身につけ全体に奉仕する心が次第に失われ国民(県・市)の信頼を失っている。

悪い事はすぐ止める。良い事は例え真似事でもすぐ実行する。

◎水戸黄門の「親孝行の話」の話、に良い事は真似事でも良い事であるとしている、塩山を良くするためには良いことは躊躇することなく実行することである。

 公費不正使用に見られるように長い悪習慣から完全に脱却していない。

 公務員全体が不正行為についての厳しい認識がまだまだ薄い感じがする。

 玉穂町では民間からのお中元の受取りを拒否して返送した。送られた数の多さに驚いたが、各自治体も同様であると思われるので当市でも即刻実施すべきである。

 公共事業・物品調達制度を改善

@公共事業・物品調達は原則として随意契約・指名競争を廃止して、公開一般競争入札を導入する。入札改善についての他の自治体の良い情報を真剣に検討実施する。

 入札後入札参加者全員の落札価格を公開する。

 違反に対するペナルテーを強化する。

A当面一般競争に参加出来る業者の地域を甲府市・旧東山梨郡・東八代郡とする。

 これらの地域の自治体と同一歩調をとるように積極的に推進する。公務員はコスト意識に目覚めよ

機構・労務・人事を改善

◎市役所機構の見直し

 小さな課・係を整理統合する。原則として主幹制度は廃止する。

 職員の採用は原則として公開試験で決定する。

 職員の年功序列型の昇格・昇給制度は速やかに見直せ。

 職員の昇格については勤務評定(自己申告を含む)と提出レポートの内容など総合的に判断して昇格を決める。

 民間会社へ短期実務研修をさせる。部内でも研修を実施しレポートを提出させる。

@科学的労務管理の実施

公務員の給与(超勤手当・ボーナス・退職金を含む)を時間給に換算すると最低でも一八〇〇円、分給にすると一分間三〇円となる。チョイト一服したり、だべっいると相当の賃金を国民は払わされていることを知るべきである。

 ☆民間の労務管理の専門家により労働の実態調査を実施、その結果を踏まえて無理の無い、能率的労働と科学的労務管理を実施する。

全ての職員について一年間作業プログラム(一人・一週間一枚)に実際の労働時間(分単位)作業別に

記録する。

 調査修了後、本人が評価(良い点・悪い点)と改善意見を提出する。

 部内幹部による改善検討会で改善方策をまとめる。

 労務管理の専門家による検討で改善方策をまとめる。

A各種行政委員会を見直す

 監査委員の選任と監査方法の見直し

 監査委員を増員する、一名は公認会計士を選任する。

 監査委員は公務員であった者を除く。出来得れば公募制を採用する。

 定期監査より臨時(抜き打ち)監査に重点をおく。

 各種審議会委員の選任については

 ☆学識経験者を選任する場合は学識水準の高いエキスパートを選任し、単に各種団体の長などを学識経験者として安易に選任すべきできはない。

 ☆審議会委員の兼任は多くても二つ以内とする、多くの委員を兼任すると形式だけの委員になり、委員会の実効が上がらない。

 ☆委員の選考は出来得る限り公募(レポート提出などの条件)、応募者が多数の場合は抽選でするが良い。

 ☆市議会議員は特に必要の場合を除き参加は控えるべきだ。

B各種外郭団体及び任意団体などについて見直す。

  任意団体が組織活動や事務行為の一部を市に負担させることについて見直す。

情報公開と情報収集

◎情報公開とは市政についてあらゆる情報を公開して、より良い市政を実現するためで尻込みすることは許されない。

情報収集は今日ではインターネットなどと言う格好の収集するの機能が実用化しているので、全国はもとより全世界から情報を集め、良い事は実施し、悪い事はすぐ止める事でより良い市政を築くことである。例えば山形県長井市の生ゴミの全市的

 堆肥化・兵庫県五色町の福祉政策など枚挙の暇がない。

 こうした情報を元に市議会議員・職員の研修視察が必要であり、研修結果は必ず本人自筆のレポートにして報告し、市政情報に公開すること。職員の場合このレポートは昇格選考の際に考慮される。

 冗費の節約

 冗費の節約については全職員が一枚の紙も税金であるとの認識を強めるため、冗費節約の提案制度をつくり、優秀な提案については表彰と共に昇格選考に考慮する。

 特殊目的で保有する自動車を除き、他の自動車は全体に管理する担当者を決め、効率的に運用する。

 各種の広報紙を見直し統合・廃止・内容改善を進める。

 事務文書を印刷する場合必要数を的確に把握して無駄な数を印刷しない。

 

観光振興方策について

 

観光事業は過当競争

◎右肩上りの経済成長を信じて中曽根民活や竹下首相の「ふるさと創世資金」等による「村起こし・町起こし」によって国内観光開発は一挙に開花した感があった。景気の良かった時はそれでも良かったがバブルがはじけて景気が急降下すると、泊まり観光客は減り「安・近・短」の日帰りが増え、観光客全体は伸び悩んで過剰施設で四苦八苦している。山梨県内の施設も「丘の公園」をはじめとして多くが累積赤字に苦しんでいる。更に観光も国際競争が熾烈になり価格競争でも国内観光の強敵となっている。かってプロ野球南海ホークスの鶴岡(山本)一人監督は「プロとはお客さんが喜んで金を払ってくれる内容を提供することである」と選手に語った。これはあらゆる職業に通じる、当然観光事業もサービスを武器にサバイバルの戦い勝利しなければならない。特にマクロの立場から見ると国内・国際観光の闘いである、割高と言われる国内観光のコストダウンを如何にして実現するか業界全体の問題として真剣に対応して行かなければならない。

観光地の集客の条件

◎お客を多く集める観光地には共通する複合条件がある。

 (イ)景勝地 (ロ)名所旧跡 (ハ)温泉 (ニ)名産品 (ホ)テーマパーク

 例 日光・鬼怒川温泉地域

 (イ)      (ロ) (ハ) (ホ)

 中禅寺湖・華厳滝 東照宮 鬼怒川 江戸村・ワールドスクェアー

山梨県の観光

S県内の観光を地域別・ルート別に分けるとA富士山麓圏、B国中盆地圏、C西部・北部山岳高原圏に大別される。

 首都圏内にある山梨の観光は近頃流行の「安・近・短」にうってつけであり、日帰り観光が大部分であるが富士山麓と国中盆地セットの一泊施行も人気がある。富士山麓から盆地に入り石和温泉(ハ)〜ワイン工場(ニ)〜昇仙峡(イ)〜県立美術館(ホ)〜秋はブドー郷(ニ)等のコース(逆回りもある)がメイーンルートである

 (この他武田神社・恵林寺・善光寺・地場センター等を適当に加える)

 日帰りコースはこれらの中の二・三をコンパクトにまとめたものが多い。これとは別に雁坂トンネルの開通により新たに西沢東沢渓谷・広瀬湖・放光寺・恵林寺のルートが脚光を浴びて来た。ただ時間に制約のある日帰り観光バスのドライバー・ガイドは時間を食う細い道・横道のルート嫌う、その点笛吹川フルーツ公園は場所の選定を誤ったとではないかと言えよう、勝沼・一宮の方が適地ではなかったか。

塩山観光発展のポイント

◎自然を売り物にした観光を推進すべきだ。

 笛吹川フルーツ公園が意外に不人気なのは、フルーツ公園と言うからには当然果物のモギ取りが自由に出来ると思っていたのに、何処にでもある植物園でしかなかったのが原因ではないか。都会の人はモザイクタイルを張った立派な噴水よりも、メダカの泳ぐ小川で重連の水車が回り、実際に米を搗きその米を「水車挽き米」として売る、ソバを挽きその粉で手打ちソバを食べ、花見時には桃の花の剪定枝を貰らい、自由に果物のもぎ取りが出来るそうした自然の姿を望んでいるのではないか。

◎観光農業推進の方向

 山梨県はくだもの王国と言われている、しかし首都圏近郊には数多くの観光農園が活発に営業している、くだもの王国だと言われても果たして観光農業でも王国であるかは調査したことはないが疑問である。

 @他地域の観光農園の実態を調査する

  行政・農協などより観光農園の経営者・従業員を主体とする。

 Aくだもの別観光農園団地を形成する

  観光客が年間切れめのないような観光農業カレンダーを作る。

 B観光農業推進の統一組織を作り、観光業者としての自覚の向上に勤める。

 C援農ボランテアを組織し農業従事者の高齢化に備える。

  首都から近いので果物・野菜の援農は工夫すれば人気が出るのではないか。

  農地の一部を貸し与えて野菜などの農業体験をして貰う。

◎名所旧跡や歴史的建造物についてのPRを積極的に推進する。

 管内にはこれらの観光に役立つと思える史跡や建造物は多いが、一般的に有名なのは恵林寺と精進料理の放光寺くらいで、甲州の鎌倉と言われているように多くの名刹があるのに意外と知られられない儘に忘れられている。

 @塩山温泉 歴史のある温泉と理解しているが、周囲の温泉地の中に埋没していて活気に乏しい、施設の充実とPRを図れば塩山の大きな観光ポイントとなる。

A塩山向岳寺 臨済宗向岳寺派大本山の名刹にしては観光客が少ない。

      歴史的に価値があると言われている塩による築地塀のPRや、立派な庭園を整備の上公開す

      べきだ。

B裂右・雲峰寺 国旗法が制定されて一躍脚光を浴びるではないかと思う、本邦で最も古いと言われ

      る日の丸の旗の紹介は魅力があるではないか。

C甘草屋敷  薬草の栽培・収集―選別・精選の作業工程の説明と出来得れば働く人形を公開。薬草資

      料室の設置公開。塩山駅から徒歩1分、列車待ちの僅かの時間でも見学出来ますの案内板を

      設置。

D樋口一葉  大藤の慈雲寺に文学碑が建っているが、明治女流文学会の星の出生地の紹介資料の収集

      展示が欲しい。進入道路の改善が急務。

E大菩薩峠  有名な長編時代小説と著者中里介山の紹介と資料館の設置公開が望まれる。樋口一葉と

      中里介山の合同資料縮も良いでないか。

など拾えば枚挙にいとまがない。問題はこれをどうするかである。

@観光客が興味を持つ内容充実とPR

 良い品を安く売るサービスの基本を徹底する。

 一般の店でも入り易い店と入りずらい店があるように観光施設にもそれがある、

 専門家の診断士に診断して貰うことも必要ではないか。

A交通アクセスと駐車場とトイレの充実。

 何より短い時間での観光なので、分かり易い案内表示、通り易い道路、入り易い出し易い駐車場への改善が急がれる。

 近時女性の観光客が飛躍的に増加しているのに、男性トイレに比べて絶対量が不足していることが多い。特に女性トイレが待たせないことと奇麗であることはガイド・添乗員の印象を良くして車を留めてくれることが多い。

B観光案内ボランテアの活躍を期待。

 多数の観光客の集まるポイントに待機させ説明案内をする。

C観光立市として観光客への市民全体の親切運動を展開する。

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塩山市の活性化策

富士吉田市 原 清高

 この地域の今後を見た場合、各自治体がそれぞれ独自に施策を行うより、地域の特性を生かし、広域的な見地から立案した方が将来的にはより適切な計画が可能であると考えられます。峡東広域的には、勝沼、牧丘のぶどう、一宮の桃、山梨市の果物、特に最近建設された「フルーツ公園」などはその中核として期待される所であり、当塩山市については、歴史的にも著名な建築物や史実が豊富であります。こうした建物をうまく利用する事も大切ではないでしょうか。甘草屋敷を中心とした江戸時代の漢方薬の復元、製造販売。薬草栽培等に関して薬草園の整備、普及。寺院を中心とした史跡の整備。温泉の整備。等と共

に塩山市の名にもっともふさわしいものに「塩」の文化が挙げられます。塩の山を中心に「塩文化博物館」を建設、世界の塩に関する全てを網羅収集、展示。ギネスブックを意識した巨大岩塩、塩の製造装置、塩製造の歴史、塩の種類、世界の岩塩地帯の塩、死海の塩と水、とにかく塩に関する全ての事が「塩山市」に行けばわかる、と言う位に計画、整備、建設するのであります。古代人がどのようにして「塩」を手に入れたか、どのようにして製造したか、人類と塩の関わり合いはどの様なものであったか。この計画を目玉に塩山市を強くアッピールする事が大切ではないでしょうか。過疎化しつつある神金地区には樹齢

六百年を超えると言われている松の巨木が庭一面に枝を広げており、さつきやつつじの巨木が各家々の庭に保存されております。過疎化は時代の要請にしても、こうしたものまで過去に追いやるのではなく、現代の人間に広く公開宣伝するべきではないでしょうか。またこの地を都会の人々のリゾート地として整備する事も考えられます。無制限ではなく、計画的に整備された都市は必ず地域振興と結びつくものと確信しております。菅田神社の鎧、雲峰寺の旗などももっと祭りを盛大に行い、宣伝する必要を感じます。出来うるならば、甲府市を中心に行っている武田祭りに便乗するか、あるいは利用する事も考えてはい

かがですか。清酒、ワインの製造に付いても決して他の生産地にひけをとらないだけの資質を持っているのですが宣伝が不足しております。恵林寺や放光寺はへんに観光寺としてでなく歴史や由緒を大切にして神秘な中にも親しみが持てる雰囲気を持った地域としての位置つけが必要ではないかと思われます。温泉施設はそれぞれに特徴を生かして、塩山名湯巡りなどのコースを設置する。あるいは薬草と組み合わせた薬草風呂があってもいいのではないでしょうか。まとめとして塩山の地域活性化は市名の起こり「塩」を中心とした文化の位置付けの中から起こしていく事が大切のように思います。

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「クレヨン号におまかせ!塩山のまちづくり」

   東京都世田谷区 杉山みのり

 塩山市を元気にする方法を父に聞きました。

「塩山市に、首都東京をうつす。国会議事堂、おおくらしょう、つうさんしょう、ほうむしょうとかね。たくさんのかいしゃ。それから、塩山こくさい空港とこくない空港をつくる。塩山しはつのしんかんせんをひく。ディズニーランドも、ついでに、塩山にひっこしたらどうだ?浅草も、東京タワーもついでだ。ママのすきなデパートも…。

 塩山のみなさん。いいアイデアだと思ったら、きいてあげてください。わたしは、つぎにうつります。

 

「クレヨン号での町づくり」

これが、わたしの考えです。「クレヨン号」は、電気バスです。クレヨン号は、塩山市を走るよていです。

 人がたくさんくる市。それには、観光です。わたしが、11年間に行った場所−ニューヨーク、ながさき、広島、宮島、ぎふ、なごや、とば、かるいざわ、ふじ山、よこはま、はこね、ちくら、ディズニーランド、きぬがわ、おぜ、あいづわかまつ、いなわしろ、せんだい、えちごゆざわ、しんじょう、さっぽろ、ほとんど観光です。(しんじょうは、ひょうしょうしきのためにいきました)。

 東京の人たちにとって、自然があるところは、何もないところと同じいみです。いなわしろうまれのテレビディレクター、テルミンのふるさとに行きました。「何もないいなかでしょ−っ」と、つうしょう、テルミンは、くりかえしていいます。もう十年も東京にいるテルミン。東京の人たちにとって、自然がたくさんある、イコール、何もないいなかだとわかっているようです。たしかに、塩山も、「何もない」ところのようです。すみません。

もも、すもも、ぶどうが有名ですが。東京の人たちは、「あそこには、もも、すもも、ぶどうがある」とは、いいません。

 それで、わたしは、ていあんします。塩山のおたから。東京の人には見えないおたから。クレヨン号で十二色にきれいにぬって、塩山市を観光都市にすることを。「赤のさくらんぼゾーン」「黄色のなしゾーン」「黄緑のライムゾーン」「緑のキウイゾーン」「オレンジのあんずゾーン」「ピンクのももゾーン」「むらさきのぶどうゾーン」「茶色のくりゾーン」「水色の天然水ゾーン」「白のミルクゾーン」「あかむらさきのすももゾーン」「金色のいなほゾーン」に、塩山市を色わけします。そして、クレヨン号は、それぞ

れのゾーンを、じゅんかんしてなんどもまわるようにします。

 色分けしたゾーンには、テーマをつくります。たとえば、「茶色のくりゾーン」では、森林公園があるといいです。塩山の子どもたちから、アスレチックのデザインをこうぼしたらいいと思います。おもしろいものをえらんでつくっていきます。わたしは、「百人ねられるハンモック」「六回転三百メートルの木のすべりだい」「三百六十五本の木のめいろ」など、かんがえています。くりひろい、どんぐりひろい、森の中でのクリスマスとか、楽しいきかくをつくってください。

 「水色の天然水ゾーン」では、川遊びを中心にするか、天然水、おさけ、おそば、お料理をだすお店などでまとめたら、どうでしょう。

 「金色のいなほゾーン」には、古代体験パークと、れきしのある場所をいれます。さいきん、ありふれてきましたが。土器をつくるとか、じょうもんクッキーをつくるとか、まがたまのネックレスのてづくりなどのていばんメニュー以外にユニークなものを考えます。

キーホールダーなどのおみやげ品をきんちゃくにいれ、いせきのもけいの中からほりだす、などはどうでしょう。

 「白のミルクゾーン」は牧場です。牧場たいけんもブームですが、ミルクをつかったかんたんおやつの教室などどうでしょう。塩山のおいしい空気のなか。自分でつくったミルクババロアでティ−タイム。

 「赤のさくらんぼゾーン」。さくらんぼは、山形だと思っていましたが。さくらんぼがりたいけんでもりあがりましょう。「オレンジのあんずゾーン」では、お花見。「ピンクのももゾーン」では、もものしゅうかくとか。くだものゾーンでは、それぞれのくだものをせんでんできるユニークなアイデアがほしいです。「オレンジのあんずゾーン」では、あんずのテーマパビリオン。は、むりだとして。あんす畑をかこうというミニアトリエ。あんず畑の絵のミニ美術館。せめて、「あんず畑のどろぼう」のおはなしと、きれいなイラストのかんばん。くだものにちなんだ童話のしょうかいのかわいいオブジェ(ちょうこくのようなもの)。

 ほかのくだものゾーンも、かんがえかたは、おなじです。ただ、じっさいの塩山市にあわせて、色をかえたり、内容をかえたりしてかまいません。

 カラフルな観光マップができあがりました。

 つぎに、塩山市のはってんにひつようなもの。これは、父がいつもいっています。塩山市だけでない。日本の全部の県でひつようです。

 (1)食料をじきゅうできるようにする。

  (2)ねんぱいのかたの、ろうどうりょくをだいじにつかう。

3)エネルギーをじきゅうできるようにする。

 (4)ゴミのリサイクルのけんきゅうをする。

 (5)ペットボトルをやめ、ガソリン自動車を電気カーにかえる。

  (6)外国人の先生をたくさんまねき、学校をつくる。

今、塩山市でつくれない作物があるでしょうか。北海道のてんさい、おきなわのにがうり。つくろうと思えば、つくれるのではないでしょうか。わたしは、塩山市でも、農業をする会社をけいえいするといいと思います。ここに、たくさんのねんぱいのかたたちにおつとめしてもらいます。ごぜんぐみ、ごごぐみ、ゆうがたぐみにわかれてはたらいてもらいます。おしごとは、のうさぎょうです。けいえいを市でします。ねんぱいのかたたちは、半日、からだをうごかして、けんこうにはたらけます。天気とか、しゅうかくをしんぱい しないですむので、安心でき、むりもなくなります。

エネルギーをじきゅうできるようにする。わたしは、石川県に作文を出したとき、「雪で電気がつくれたら」とかきました。そこにたくさんあるもの。それでエネルギーができれば。このけんきゅうは、たいせつです。塩山市にたくさんあるものは…。ももエネルギー、すももエネルギー、ぶどうエネルギー。エネルギーをつくるのは、たいへんです。だけど、ぜったいにひつようなものです。

ゴミのリサイクルのけんきゅうをする。わたしは、インターネットでポストペットというのをしています。自分のパソコンに、ネコのペットをかっていて、部屋もあるんです。

メールをするとき、「たいせつ」「ふつう」「ゴミ」という3しゅるいのプライオリティーをきめられます。わたしは、「たいせつ」にして、メールを、あいてにおくります。すると、あいてのクマのペットのへやに、うちのネコが、花たばのついたお手紙をもっていってくれるのです。きのう、そのあいてから、「プライオリティーをゴミにして送ってみて」といわれました。「ゴミ」にすると、ペットが何かすてきなおたから(メダルとか?)をもってきてくれることがあるそうです。

 「ゴミ」が「おたから」になる。こんなゴミのリサイクルの会社があれば!塩山のはってん、まちがいなしです。もちろん、ゴミをおたからにするのに、おたからのなんばいもひようがかかってはいけません。会社はすぐにとうさんしてしまいます。空気の中のにさんかたんそを、やくにたつものにかえる会社。これもじつげんすれば、せかいじゅうから、ちゅうもんがくるとおもいます。わたしは、おとなのこごとをきもちのよい音楽にかえてくれる会社がほしいです。全国の子どもから、ちゅうもんがくることでしょう。

 塩山市がすぐにできること。ペットボトルとガソリン車のぜんぶのきんしです。「ペットボトルとガソリン車のない塩山市。」日本のモデル都市として、全世界にしょうかいされ、有名になるでしょう。見学者、旅行者がつぎつぎときます。

 カラフルな観光都市。塩山。「クレヨン大学」をつくってください。外国の先生をたくさんよぶのです。学校で勉強すること。塩山市に大切なこと。外国のことば?外国のこと?エネルギー?ゴミのリサイクル?観光?それともコンピューター?くだもの? わたしは、絵が好きです。外国の先生がいろいろな絵をおしえてくれるといいです。

「クレヨン大学」という名前のとおりになりますが。ただ、大学の名前は、思いきって、ユニークでかんたんで楽しいのをつけるといいです。そう思って、「クレヨン号」から、とってみました。かわいいでしょう?まあ、「ぶどうの大学」でも「ももの大学」でもかまいませんが。

 塩山市が、わたしの考えるような町になったら。わたしも塩山市にすぐいきます。クレヨン号にのって、町じゅうを見学にでかけたい。そのときに、クレヨン号のじこくひょうは、東京の山手せんのようにしてほしいです。わたしは、この夏、いなわしろのしりあいの家の前で、バスていのじこくひょうを見ました。すうじがポツンポツンでした。クレヨン号は、いろいろなゾーンをまわります。じゅんかんバスだから、ぐるぐると、ジェットコースターふうに、がんばってほしいです。

 それぞれのゾーンとか、クレヨン大学とか、見学してよかったら、移住します。

そのときは、よろしくおねがいします。

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塩山市の活性化について

            福岡県 福岡市 日向 一仁

一、 現状分析

現在の塩山市は高齢化が著しく進んでおり、特に主要産業である農業の担い手不足が深刻な問題となることが予想される。またリニア中央新幹線が将来開通すると、中央本線沿線を中心に発展してきた山梨の産業構造が大きく変わり、塩山市の産業にも影響を与えることは確実視されている。本論文では以上のような現状を踏まえ、これからの塩山市の活性化のために私達市民になにができるのか提案してみたいと思う。

 

二、 活性化のために(総論)

バブル後の不景気の中、「量より質」を求める生活が日本人に定着しつつある。まちづくりにおいても、その方向性は様々な形で現れるようになったが、未だに「立派な道路」「立派な建築物」をその地域の発展の目安にしてしまう傾向は失われてはいないように思える。もちろんこういったインフラの整備も快適な都市計画に不可欠なものであるが、そういった形あるものでは計ることのできない町の良さ、暮らしやすさといった基準があるのではないだろうか?この点を踏まえた上で、塩山になにが必要なのか考えてみたい。

 

まず高齢化が進むなかで、もっとも必要とされるのは産業の担い手であろう。まちづくりとしての方向性としては、この高齢化の波の中でいかに高齢者の住み良い塩山にしていくのかということも、もちろん重要である。しかし、それだけでは高齢者を支える人々の生活の充実、さらには将来の塩山を担う人材の育成が進まないのも事実である。それでは未来へ続く塩山を作ることはできないし、高齢化の問題も一時的にしか解決されないであろう。私は、高齢者をサポートすべき人々と将来の塩山を担うであろう若者を中心に据えて塩山のまちづくりについて提案し、そうすることにより高齢者の福祉を充実させていこうと考える。

 

さらにまちづくりを進めていく上では、塩山の市民が引き継いでいくべき文化・伝統を、もう一度確認すべきであろう。なぜならば、こうしたものこそ「塩山らしさ」を象徴しているものであり、さらには市民自身がまちづくりをすすめていく流れをつくるためにも、大きな指針となるからである。そしてそれにより如何に塩山市を活性化させていくのか、その方法についていくつか提案してみたい。

 

三、 活性化ために(各論)

 

1、観光

塩山は市外から人を惹きつけることのできる名所旧跡を数多く持つ。しかし、そのことに甘んじて観光という分野においては、新しいものがつくりだされにくいという現状がある。人々を塩山という街へのリピーターにするには、例えば「武田信玄の菩提寺があります」というだけでは足りないであろう。塩山という街に来るたびになにか新しいものが発見できる、そのような視点が塩山の観光には欠けているように思える。

 

ここで、私はあえて「脱・武田信玄」ということを提案したいと思う。塩山に限らず、山梨は少々武田信玄に頼り過ぎである。そのことで勝沼のワインや富士五湖のレジャー施設のような目玉をもたない「甲州の鎌倉・塩山」は若者を惹きつけるには魅力が弱いのである。「塩山には温泉がある」と思われるかもしれないが、温泉は山梨各地にあるのである。ブドウも桃も然り。これでは若者向けの観光という側面からみれば他地域との差別化を図ることはできないであろう。もちろん「武田信玄」に観光の需要があるのも確かであるが、私が言いたいのは「武田信玄」に頼りすぎることの弊害である。

 

一つの例としてだが、温泉が「信玄の隠し湯」として、よくアピールされる。この「隠し湯」はなぜか山梨のいたる所にあるので、少々信玄の隠し過ぎの感が脱ぐえないのだが、それはそれとしてもアピールする方法が「隠し湯」で止まってしまっては、他の「隠し湯」との差別化が図れないことは明白であろう。健康志向の現代人には、隠されていようがいまいが、その温泉の持つ薬効や温泉の周囲の自然がもつ「癒し」効果を具体的に知ることの方が、魅力が大きいはずである。「信玄が隠していたから良い温泉なんです」ではアピールする力は弱い。また塩山は樋口一葉、中里介山などの文学にゆかりのある地でもある。こうした文学に関連付けて知性あふれる街として観光以外に利用することも可能なはずであろう。また大菩薩峠や三窪高原などは、東京からも手軽に自然と接することのできる観光地として、もっとアピールできるのではないだろうか。しかし、こうした存在は武田信玄の史跡などに霞んでしまい、あまり知られていないし観光の名所にもなっていない。一度、「武田信玄」という言葉を使わないで塩山の観光ガイドを作ってみると面白いかもしれない。きっと塩山の新たな魅力を発掘できるのではないだろうか。

 

以上の観光の問題点を踏まえ、これからの塩山の観光のありかたとして甘草屋敷を中心としたものを提案したい。この薬草に関連した文化財を利用して、塩山を"薬草"または""の街としてアピールすることができるのではないだろうか。例えば、健康志向のなかでハーブは根強い人気を持ち、また他の地域でも観光にハーブを利用するところが多い。しかし甘草屋敷という歴史をうまく利用すれば、ハーブを薬草としてアピールすることで、他地域との差別化を図ることができ、さらにハーブと他の薬草を育てる農園をつくり、至る所に湧く温泉をうまくリンクすれば、『健康』というテーマで、観光だけでなく福祉など塩山全体の街づくりをすることも可能である。このテーマと数多くある史跡をドッキングさせれば、かなり幅の広い年齢層に対して観光でアピールできるのみならず、塩山への定住を促すまちづくりに発展させることもできるであろう。

 

先ほど「脱・武田信玄」ということを述べた。それは市外に観光としてアピールする際に、信玄の知名度を過信しないほうがよいと言う意味であったが、市民が塩山の伝統と歴史を認識する上で、これらの史跡と伝統が重要であることには変わりはない。むしろ市民が、その伝統を知ることは塩山という地に親しみをもつことに有意義であろう。そこで、もう一つの提案をしたい。今、塩山には市民参加の祭りとして秋に「およっちょい祭り」がある。これに加えて春に塩山全体が盛り上がるような祭りを開催できないだろうか。具体的には4月24日に恵林寺で行われる「信玄さん祭り」を恵林寺だけでなく、市民参加による祭りとして規模を大きくできたらと考える。年二回の市民参加の祭りがあれば市民の連帯感も深まるし、桜や桃の花が咲くこの時期に塩山全体が盛り上がる祭りを開催することができれば、市外からの観光客も期待でき塩山をアピールすることができるだろう。この祭りの日、もしくは前後の週末には塩山の温泉がすべて無料になるとか、塩山だけでなく周辺のワイナリーが参加してワインの試飲会などを行うとか、春なので大規模な植木市を行うとか、いろいろなアイディアを市民がもちよることもできるのではないかと考える。市民が塩山の伝統と融合した新たな祭りを創造することで、まちづくりへの大きな流れをつくることができるとしたら、この祭りは単なる観光イベント以上の意味をもつであろう。

 

2、商業

車の所有率が高まり、郊外のショッピングセンターなど大規模な店舗に客が流れ、塩山に限らずいわゆる「地元の商店街」は苦戦が続いている。塩山にも商店街がいくつかあるが、塩山駅前の整備などにより人の流れをつくる土台はできているように思える。しかし、それだけでは地元の商業を盛り上げることはできない。活性化のためには大規模店舗にはできない工夫が必要であり、それは地域住民の買い物以外の生活環境にもかかわっていくことではないだろうか。

例えば納涼祭などの機会において、塩山の商店街は素晴らしい組織力と機動力を発揮することができる。そのパワーを活かし、定期的なリサイクル活動・出歩くことのできない高齢者への商品の配達・地域の美化活動などを、商店街近辺の住民も参加できるような形で組織し、地域住民の生活から切っても切れないような関係を築く努力をすることで、商店街への人の流れを呼び戻し、地元の商業を活性化させることができるのではないだろうか。

 

3、産業

塩山には雇用の場が少なく、そのことにより甲府や東京など他の地域に若い世代が流出していると言う話をよく耳にする。しかし、一方では農業の後継者が不足するなどの問題もある。確かに大一次産業の割合は大きいのだが、重要な問題は、単に雇用の場が少ないことではなく、その少ないということにより「こういう仕事をしたい」という人々の欲求に応えるだけの多様性が塩山の産業にないと認識され、塩山に住んで働くということに対する魅力が減殺されていることにある。

 

この問題を解決するためにはどうしたらよいのだろうか。私は大企業を誘致するのでなく、むしろベンチャー企業のような比較的小規模の企業が活動しやすい場を提供することで、塩山を活性化できるのではないかと考える。情報化社会の進展により、インターネットを利用したビジネスは大都市においてでなくとも、その活動の領域を広げることができる。このメリットは企業だけでなく、塩山のような町においても活かすことができるだろう。また日本においてはベンチャーの起業の環境は整いつつあるとはいえ、設立時の高コストは大きな負担となっている。このことを踏まえ、塩山が、未来へのビジョンをもった将来性のあるベンチャーの育成に市全体で力を注げば、産業の活性化の大きな原動力となるだろう。

 

有望なベンチャーに対する援助に加え、通信インフラの整備は絶対の条件である。都市部から離れて研究開発を行うためには、研究に専念できる環境はもちろん、最新の情報を手軽に得られる場所でなければならない。逆にいえば、通信インフラの整備でアドバンテージをとることができれば、塩山のような都心から離れた街においても最先端の産業を育成することができるのである。塩山は山に囲まれていたため、テレビ放送を受信するためのCATV網が比較的早くから普及していた。こうした既存のインフラを活かせば、高速・大容量の通信インフラの実現は不可能ではない。

またこうした通信インフラは学校教育や家庭においても利用することができれば、市民の生活を情報という面からサポートすることができる。

 

また、ベンチャーによる起業は情報産業に限られたものではない。例えば、土壌のダイオキシン汚染に消費者が敏感になる中、水耕栽培による野菜はその安全性を売りに大きな商品価値をもたせることも可能である。高齢化のため休耕地となった農地でこうした商品の開発に取り組むこともできるのではないだろうか。また、高齢化のため後継者不足が問題となっているが、現実問題としては仮に農業をやってみたいという若者がいたとしても、どうやって始めればいいのかなどの情報は皆無に等しい。そこで農地を不動産業としてだけではなく、農業の魅力をアピールし総合的にそのバックアップをしていくことを目的とする企業があれば、農業も活性化するのではないだろうか。若者には農地の取得は経済的にも難しいであろうから農地の賃貸借がメインになるであろうが、これは引退した農業者、または仕事の都合などで農業を継ぐことのできない人の土地の有効利用にもつながるので、その需要もあるだろう。週末のみに東京から塩山に来て農業を楽しむという企画をしても需要はあるかもしれない。農業の指導に経験豊かな人材があたり、農業を始めた人の住宅環境や農地の取得にも援助する体制が整えば、こうした農業をプロデュースする企業も成り立つのではないだろうか。そしてそれは塩山の産業の活性化にもつながるのである。

 

4、福祉と文化、そして塩山の未来

私はこの論文の初めに、塩山の高齢者をサポートすべき人々と将来の塩山を担うであろう若者を中心に据えて塩山の活性化について提案し、そうすることにより高齢者の福祉を充実させていくという方針を述べた。これまでに観光・商業・産業の活性化については述べたので、最後にまとめとして自分の考える塩山における福祉のあり方と塩山市全体の未来に向けた活性化について述べたいと思う。

 

塩山の東京との地理的関係を考えると、塩山がベッドタウンとしての機能を果たすのは困難であろう。しかし、核家族化がすすんだ現在、高齢者の介護というニーズが高まっていることから、介護という役割も『健康』の街として積極的に果たしていくことができるのではないだろうか。しかし、高齢者が安心して暮らせる住居や施設をつくることが重要としても、一番注意を払わなければならないのは高齢者の人間としての尊厳を重視し、押し付けの福祉にならないようにすることである。

 

このことから、なによりもまず塩山で自立して生活していくことができる方法を考えることが重要であると考える。この点、バリアフリーをはじめとする、高齢者や障害者が生活しやすいまちづくりをしていくことももちろん重要である。さらに前述した観光用のハーブ園やその販売施設などがあれば、それらは高齢者や障害者の職場としての機能も果たすことができるかもしれない。またハーブなどの薬草だけでなく花や観葉植物を栽培し、それを市が買い取り街の緑化に利用し、観光客や住民の目を楽しませることもできるだろう。さらには蘭などの商品価値の高いものであれば、市場でも需要があるのではないだろうか。

 

また独りでは生活できない高齢者や障害者が、より良い生活をしていくためにもボランティアという存在は不可欠であろう。現在もこうしたボランティアの組織化は行われており、その意義と役割は十分に評価すべきである。将来、さらに高齢化が進めば支援する人材の確保はさらに重要となるであろうが、こうした活動を支えていくためには市民の意識が大切にあるのは言うまでもない。高齢者の人間としての尊厳を重視するならば、高齢者と接しながら共に生活をしていく市民の意識がより重要な役割を果たすのである。市民が実際にボランティアとして活動しなくても、例えば、高齢者が歩道のない道路を歩いていたら車のスピードを落とすなど身近なところでも福祉を実践することは可能なのである。またそうした市民意識こそが、塩山の福祉を支えて行くのであろう。

 

こうした意識は、市民一人一人が充実した生活をおくり、心豊かな状態でなければもつことは難しいかもしれない。その意味で、福祉が充実した塩山を実現するためには、これまでに述べた観光や商業や産業の活性化ももちろん必要であろう。しかし、心の豊かな状態と言うのはそれだけで育まれるものではないし、それが絶対条件となるわけでもない。

 

私が塩山の活性化のためにもっとも必要だと考えるのは、子どもだけでなく大人達も優れた文化を吸収することのできる教育・文化環境の整備である。こうした心の環境を整えることこそが塩山の活性化のカギとして不可欠なのである。この環境を整えるためには新しい公民館も文化会館も建設する必要はない。大切なのは、日本を含め世界の文化を知ろうとする好奇心とその情報を求めることである。そして、多様で異なる文化をもつ人々と交流する機会をもつことであろう。例えば、夏休みにアジア各国から青少年の音楽家達を招待して音楽祭を実施する。そして塩山に滞在している間は同年代の青少年達がいる家庭にホームステイをしてもらうなどすれば、市民がより豊かな感性と価値観をもつきっかけの一つになるのではないだろうか。そしてこうした文化レベルでの塩山の積極性は、市民にも自らの住む街に対する誇りと豊かな心をもたらすに違いない。こうした環境の実現により、次の世代にも塩山の文化は質を高めながらも確実に引き継がれるようになり、より住みやすい塩山の実現に向けて世代がつながって行くのである。これこそが我々が目指すべき塩山の活性化ではないだろうか。

                      以上

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「塩山市の活性化案」

千葉県柏市  牧瀬 稔

T.はじめに

 厳しいことかもしれないが、忌憚なくいわせていただく。程度の差こそはあれ、おおよそ総て地方自治体に共通することであるが(また塩山市もそうであるが)、彼らが志向する活性化とは人口増加に重点が置かれるきらいがある。しかし人口を増加させるということは、現在の日本の現状からは無理な話である。その最大の要因は「少子化」にある。周知のとおり、21世紀に向かって日本全体が少子社会に向かっていく。その現状の中で「人口を増やそう」との掛け声は虚しく響くだけであり、それは掛け声倒れに終わる可能性がある。もちろん、その心意気は必要であるが・・・・

 しかし現実を見つめなくてはいけない。先日放送されたNHKの番組「少子社会ニッポン」において発表された調査結果によると、全国の自治体の中で約65%が少子化対策を行っているが、効果は現れていないそうである。少子化をくい止めるのは、何よりも人々やその構成する社会の根底からの意識変革が必要である。自治体は保育所を増設したり、出会いの場を設けたりするなど様々な人口増加策を行っているようだが、それは小手先の細工に終始してしまっている。そして当然ながら、効果が現れることはない。ゆえに人口増加は土台無理な政策なのである。

 自らの行政内で人口を増加させることができないのならば、他方から人口を移動させればよいとの考えもあるが、それも不可能だ。特にバブル崩壊後、首都圏の賃貸物件や土地価格が下落するにしたがって、人々(特に若者)の思いは再び首都圏に魅せられはじめているようである。現実に生産年齢層(15歳以上65歳未満)は都心回帰への動きが強まっている。やはり首都圏の方が地方よりもインフラストラクチャ−などが十分に整備されており、さらに情報発信は常に首都圏であるので、そこに多くの若者が魅力を感じている。また現在ある民放で「いなかに暮らそう」との趣旨でドラマが放送されているようだが、その番組によせられる投書は「いなかぐらしも楽ではない」という辛辣な内容が意外に多くあるそうである。これではますます地方にはいきたがらないだろう。

 さて塩山市の活性化策であるが、筆者は以上のことから、人口増加策を考えるのはほとんど無意味だと考える。また首都圏なみの細々とした社会基盤整備を追求しつづけても、それはきりがないと考える。また実際問題として、首都圏のようなインフラストラクチャ−を整備することは、財政面から考えても不可能だろう。そこで筆者が考える塩山市の活性化策は「観光化」にあると考える。しかしただ漠然と観光化をしても、それは意味がない。日本国民総てに、しかも総ての年齢層を対象に観光化しても、それは失敗するだけである。どのような人々に、あるいはどの年齢層にタ−ゲットを絞るかを、明確にしなくてはいけない。現在の不景気の中で繁栄をつづけているほとんどの企業が、販売する対象層を限定し、その層に集中的に商品を送り込んでいる。まさに選択と集中である。塩山市も観光化を進めるにあたって、選択と集中は必要であろう。

 そのタ−ゲットをどこに絞るか、が問題である。筆者は全国の、あるいは全世界の「サイクリスト」焦点を絞るのが一番の効果を生むと考える。サイクリストとは自転車に乗っている人を指すが、どこにでもいてちょっと買い物にいくために自転車を使う人を指しているのではない(いわゆるママチャリである)。ランドナ−やマウンテンバイク(MTB)さらにレ−サ−などにまたがり、旅行や競争などを趣味としている人々である。以下では塩山市の観光化策について、私見が入るかもしれないが、自由気ままに述べたい。

U.塩山市における観光化策

 観光化についてのメリットとして、前田勇氏は「一般の輸出においては、獲得外貨収入から原材料・機会等の輸入に要した費用を差し引くことになるが、観光の場合は海外での宣伝費および観光客が費消する物品の内輸入に要した費用であり、その割合は通常10%以下であって、わが国の場合は2%程度にすぎず、したがって手取率は98%にも達するとされている」と指摘している(鈴木忠義編『現代観光論』有斐閣双書、255頁)。これは国外観光のことを指しているが、同様の傾向は国内観光にも当てはまると考える。つまり観光化とはロ−リスク・ハイリタ−ンの可能性を秘めているのである。さらに観光化による様々な分野への波及効果(経済波及効果や雇用を生み出す効果、そして相互交流効果など)は絶大なものがある。

 ほんの一例ではあるが、飛騨高山や富良野さらに京都にしても、観光化に成功している地域は活性化している感じをうける。かつて筆者は恐山を訪れたことがある。現地に入る前は寂れた町をイメ−ジしていたが、ある意味で恐山は観光化されていた。奇妙に思えるかもしれないが、それなりの賑わいを見せていた。それらの地域の共通することは、そのに住む人々が自らの地域に誇りを持っているという点である。塩山市も観光化することで、今まで以上に塩山市民が自らの地域に誇りと愛着を感じるようになると思われる。

 さて今日における観光化のキ−ワ−ドは自然と調和した観光を志向する「エコ・ツ−リズム」と、文化的触発を志向する「カルチュラル・ツ−リズム」であるといわれている。この双方が塩山市の現状に合致していると思われる。なぜなら塩山市には大菩薩嶺や一ノ瀬高原、柳沢峠など自然が豊富に存在しているからである。また人間が後天的につくった東山フル−ツラインから眺める夜景は素晴らしいものがあり、まさしく自然と人間が共存しているということができる。これらは前者の「エコ・ツ−リズム」ということができる。一方後者の「カルチュラル・ツ−リズム」であるが、塩山市には自然に負けないほど多くの文化遺産が現存している。筆者が知っているだけでも、武田信玄が祈願寺として厚く保護した放光寺や、武田氏代々の先勝祈願寺である雲峰寺など武田氏に関係するものから、しだれ桜で有名な慈雲寺や熊野神社など、文化遺産は枚挙に暇ない。塩山市は今まで以上に観光化を押し進める土壌は既にある。

 ではなぜ観光化の対象をサイクリストに当てるか、の問題である。それは塩山市は観光化に適した遺産が多々あるのにもかかわらず、その観光物(名所)同士を結ぶインフラストラクチャ−が十分に育っていないように思える。名所から名所への移動手段が歩きかタクシ−などに限定されてしまう。その唯一の有効な手段が自転車である気がしてならない。さらに塩山市の行政側は意外と認識していないかもしれないが、塩山市はサイクリストが選ぶ絶好の「走る」地域なのである。筆者も学生時代、奥多摩方面から国道411号を上がっていき、柳沢峠で素晴らしい富士に出会ったり(その後の塩山駅までの急な下りも最高だった)、雄大な大菩薩嶺を体験したり、塩山市から大弛峠を通って長野県の方に抜けるなど、幾度となく塩山市を「通過」した。確かにほとんどが「通過」なのである。「通過」しなくてはいけない理由は、利便よく観光化されていない点と、サイクリストには走りづらい(狭い)道のため、「通過」するしかないのである。

 ではサイクリストを通過させないため、そして観光化に具体的な政策であるが、まずサイクリストに適した道が整備されていないのである。自転車で上っている時も、また下っている時も絶えず自動車に注意してなくてはいけない。望むところは車道を広げて自転車が余裕をもって走れるほどの幅にしてもらいたい。しかしそれが不可能ならば、自転車専用の道路を新たにつくってもいいのではなかろうか。また四国を旅行した時に「旅人良心小屋」なるものがあった。それは旅行者が泊まるための施設であるが、本当に気持ちだけの小さな小屋なのである。8畳程度の広さの中に水道と電気だけあり、ガスはない。それでもすごく勝手がよく、貧乏旅行をしている学生にとっては救われる思いがした。そのような「良心小屋」を何ケ所に設置してもよいのではなかろうか。

 些細な要望をあげたら、きりがない。学生時代、筆者は塩山周辺でラリ−(ラリ−とはサイクリスト150人前後で数泊の日程で移動する行事)を開催しようとした時、その150人もの人数が泊まるキャンプ場がなく、泣く泣く開催地を変更したとの思いでがある。ゆえに大型キャンプ場を設置してもらいたい。大した設備はなくていいのである。水場とトイレさえあれば、キャンプは十分できる。またマウンテンバイク専用の林道コ−スを設置するなど(この事例は長野県内で多い)も、観光化にはよい方法ではないか。さらに駅前にレンタルサイクを設置するのも一つの手であるが、いわゆるママチャリをレンタルしても仕方がない。ママチャリでは峠を攻めれない。マウンテンバイクやランドナ−などをレンタルすべきである。

 観光化に宣伝費がかかるというのならば、インタ−ネットでアピ−ルすればよい。またインタ−ネット上で「サイクリング」について検索すると、本当に多くのサイクリストがいることに驚かされる。筆者が所属していたサイクリング連盟においても、1000人強の構成員で成立していたから、全国のサイクリストは何十万人くらいにはなるであろう。この数字は大袈裟とは思えない。彼らが塩山市に押し寄せれば、活性化は間違いないと考える。折しも「メッセンジャ−」との映画で、再びサイクリングがブ−ムになる気配を見せている。塩山市は「サイクリストにやさしい宣言」をしてはどうだろうか。

V.おわりに

 飯田経夫氏は提言の意義について「一般に“提言”というものは、“政策当局はとうていここまでやれないだろう”との前提に立つことが多く、そこにこそ“提言”の存在理由があるとさえいえよう」と述べている( 飯田経夫著『経済学は役に立つか』筑摩書房、77頁)。塩山市の活性化策も提言の意味合いが濃いため、無理とは知りつつ、自由気ままにかつ大胆に述べさせてもらった。提言とは遥か彼方にある理想をいうのではなく、またあまりにも現実すぎてもいけない。そのこと考慮に入れて、観光化を述べたつもりである。ただやみくもに人口を増加させることが活性化させることにつながるとは限らない。人口が少なくても活性化している自治体は沢山ある。それが観光化である。いずれにせよ、他の自治体が経験したことのないことをしなくてはいけない、日本初、あるいは世界初のようなことをしなくては、インパクトがないであろう。前例がないため、海のものとも山のものとも、どうなるかはわからない。しかし筆者はサイクリストを対象とした観光化は活性化策としての価値はあると考える。サイクリストを対象とした観光化が成功した後で、一般の人々も気ままに訪れるような観光地塩山つくりをしていけばいいと考える。どうだろうか。

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塩山市のまちづくりについて 〜塩山市活性化策〜

愛知県名古屋市 大西浩巳

現状の把握

@塩山市の特徴

  1954年市制   人口 27

   葡萄、桃の栽培   温泉地である

   甲州の鎌倉とも呼ばれている

   武田信玄ゆかりの恵林寺

   西沢渓谷

   八王子から49分 新宿から84分 甲府から16

A まちづくりのポイント

  元気なまち  活性化する  未来像

 活性化策 人口増加策 社会基盤整備のあり方 住みやすい環境

B 塩山市のまちづくりについて 〜塩山市活性化策〜

活性化策  笑顔あふれる 若い笑い声が聞こえる

     豊かな暮らし 雇用の確保、環境が保護できる企業の誘致

             特産物の加工 葡萄、桃の健康利用の研究

     明るい将来  病院  駅前に大病院の誘致

             福祉  子供の未来

                  行動エリアが狭い 坂道が多い

              過疎化 雇用が無い

      若いエネルギ 若いエネルギーを吸収し、若々しく

              若いハツラツとしたエネルギーの吸収

      温泉を生かす クアハウスや医療向けな温泉利用

             皇室の方々に紹介できるもの

 

 

1,はじめに

 人口約3万人、甲州の鎌倉とも呼ばれる塩山市のまちづくりについて、愛知県名古屋市在住の私の視点ですが、述べてみようと思います。

 私は一度だけ、塩山市に立ち寄った事があります。その時のイメージを思い出しながら進めていきます。

 

2,まちづくり

 塩山市の市制は、1954年に始まり、今年で45年を迎えています。名古屋市は、1889年に市制が始まり、110年を迎えています。ずいぶんと若いまちであります。名古屋は市制56年目の年に終戦を迎え、

戦後の復興と合わせ、大規模な都市計画を図っていて、今日に至っています。

 塩山市も市制100年を迎える頃どんなまちになっているのでしょうか、又どんなまちにしなければならないのでしょうか。そんなところから、この話に入っていきたいと思います。

 市制100年を迎える頃の塩山市をまずはシュミレーションしてみましょう。私はちなみに90歳になろうとしています。そんな私ができる事は、限られたエリアの限られた行動だけになると思います。

 幸か不幸かまちには、山があり河があり渓谷があります。年寄りの私にとって坂道というのは、壁のような存在になっていると思います。家族を育てる環境には最適な環境ですが、家族が巣立った後には、とても厳しいものに変わってしまいます。名古屋の住宅街を見てみますと、まず坂のあるところがありません。とても行動しやすいまちとなっています。それは、山や丘を削ってしまったのです。まさしくバリアフリーなのです。人口の増加とともに住宅地の確保のため、その傾向は顕著ではありますが、高齢者にとっては、行動しやすいまちではないでしょうか。

 そこで、塩山市も坂を無くしてみてはいかがでしょうか。全て無くすのでなく、人の集まりやすい、駅周辺から市役所を中心に四方に広がるエリアを整備して住宅地エリアしてみてはいかがでしょうか。

 次のシュミレーションにもありますが、市民全員が行動しやすいまちづくりをしなければならない状況に、将来はなると考えます。都市部の様にやみくもに削ってしまう必要はなく、必要最低限にとどめる事が重要であると考えます。

 つづいて、雇用の確保です。最近の就職難は今だけの問題でなく将来に大きく影響します。同じシュミレーションで考えてみます。

 90歳になる私は、誰に頼ることができるでしょうか。私の息子はちょうど60歳になっております。このころの定年も70歳になっている事と思います。するとまだまだ働きざかりです。息子の勤め先は、地

元では見つからず、通勤に2時間掛けて横浜までいきます。更に私の孫は、国内では決まらずに、海外に行ってしまいましたという、勝手なシナリオですが、このような事態が大きければどうでしょう、心の底からの安心できる生活には、ならないのではないでしょうか。そこで雇用の確保です。確保する為には、市の主導で受け皿会社を誘致する必要があります。特産物である「葡萄」や「桃」の加工工場又はそれらの利用方法を常に研究している機関、温泉を利用したクアリゾート又は、医療機関を用意し、更にJR線での移動1時間県内の市町村にも協力していただければ、期待値がますます大きくなっていきます。

 更に、市民や、地元企業を活気づけるには、エネルギーが必要です。

それもとびきり若いピチピチとしたエネルギーが必要です。このエネルギーと触れ合う事で、情報交換し互いの理解を進める事で、新たなアイデアにつながり、更なる将釆も安心できるのではと思います。その方策としては、学校の誘致です。それも大学の誘致です。

 名古屋にも、大学がたくさんあります。そしてその周辺には、お洒落な店が多くでき、地元と学生の交流ができています。それだけでは期待が少ないので、単位に地元へのボランティア又は福祉活動に従事していただくとますます期待できるのではないでしょうか。

 更に、温泉利用のクアリゾートと医療機関の合体した施設なるものも考えてみました。心身ともに安心できる生活がおくれる事により、心底から活気づくのではないでしょうか。

 又、この温泉利用の医療施設のおかげで、遠方の方も足を運んでいただけるようになり、ますます活気づくと思います。

 

3,まとめ

これまでの話しを整理してみますと、

@ 高齢者の行動エリアの確保のために、平らな住宅地エリアをつくる

A 近隣市町村との協力で実現する雇用の確保

B 若いエネルギーの吸収のため、大学の誘致

C 温泉利用のクアリゾート&医療施設

という4つのまちづくり案です。この話しのポイントは、将来を活気あふれるまちにする為にはというコンセプトで述べてみました。データーによる裏付けはありませんが、名古屋市と比較し、又私の人生経験から感じたことで述べさせていただきました。

 山や川、そして渓谷がある。その素晴らしい自然環境を各誘致活動やクアリゾートに利用することで、塩山市民はもちろん外部の方にも安心を与えられるまちになるのではと考えます。そして、今ある家族の形態を保つことができ、それが活性化につながり、今後の高齢化社会に立ち向かっていける基盤となると考えています。

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「塩山市から始まる地方分権」(塩山ネット活用によるPI手法の実践)

             石川県小松市 山崎由裕

 

(1)地方自治の課題

 明治以降の中央集権は、地方自治に中央依存体質を浸透させた。地方自治とは、住民によって選ばれた首長、議員を中心とする自治体が、地域と住民のために自主的に運営されることにある。しかし、国に財源と権限が集中している現行制度では、住民の声より国の意向が優先する風潮がある。

 一方、住民は、公共の仕事は、行政の役割と割切り、自分たちが努力しても変わらないと、一種のあきらめがあった。自分の生活に関わること以外は、行政へ無関心となっていった。この傾向は、戦後、日本が安定し豊かになればなるほど、住民の間に増幅してきた。

 その解決策として、地方分権への論調が高まってきている。地方分権の目的は、権限を住民に近付け、住民主体の自治へと変えることである。この前提を無視した分権論は全く無意味だが、受け取る側の自治体も、準備が出来ていない。分権の成果を示すには住民を主体に置いた真剣な努力と経験の積み重ねが必要だが、日本の自治体には、この歴史がない。これでは、住民のため、地域のために有効な政策を実行することは出来ない。

(2)塩山市の改革

 この地方自治の改革に、塩山市が乗り出そう。住民参加の必要性を訴え、地方自治の潮流と構造に一石を投じようではないか。具体的提案を数多く行い、日本の住民自治の先駆的役割を果たしたい。

 ヨーロッパの都市論に、「都市は特権である」という言葉がある。中世の都市は、王侯に支配されるのではなく、王侯と拮抗する存在であった。ハンザ同盟都市やイタリア・ルネサンス都市などがそうである。今もこの歴史が各都市に受け継がれ、個性とゆとりを持ち、そこに住む人々の呼吸と共に育まれている。王侯とは、現代の日本において、東京であり、中央権力である。これに拮抗する存在は、今の日本の都市にはない。しかし、対抗できるだけの理念を持った自治体が、塩山市となることを目標とする。

 21世紀の日本を左右する大いなる実験を、塩山市で始めるのだ。21世紀の日本の構造を変えるべく、地方分権の推進役となるべきである。

 

(3)塩山ネットを用いた住民参加

 行政の計画策定段階で、住民参加手法を取り入れ、意見を計画に反映する方法を、パブリック・インボルブメント(PublicInvolvement 略号PI)方式というが、塩山市でPI方式を実践する。この方式を、商店街のまちづくりのような生活レベルから、大規模プロジェクトまで徹底する。

 そのために、住民参加のプロセス、合意形成のメカニズムの改善を行う。住民が行政に参加し、一体となって自治の運営を行うシステムの新たな構築。これからの自治、特に地方分権社会で大事なのは、「住民の声を聞く、真に望んでいることを理解する」ことである。そして、価値観の多様化に対応し、その合意点を探り、実践する。これは、地方自治の理想である。民主主義とは、住民が自治を考え、様々な政策や理念を述べ合い、論点の違いを越えて集紛されて行うべきものだ。

 これまでのPI方式の、会合や活動では、人数が制限されるばかりでなく、かなり意欲的な人間しか参加出来ない。その他多数の住民は、少し関心があっても腰が引けてしまうのが現実である。住民への働き掛けは、数多くの機会をとらえ、かつ柔軟なものではあるが、人々の価値観が多様化した社会において、全住民の合意は、これまでの手法では不可能だ。

 PI方式の改善策として、現在、急激な進歩を遂げているマルチメディアの利用を提案する。マルチメディアは私達の生活や社会の仕組みを大きく変えることが出来る。インターネットは時間と空間を超え誰もが瞬時に知り合い、仲間となっていくことを可能とした。

しかし、現在のインターネットは、人と接することが少なくなり温かみがない、悪質な情報も飛び交う無法地帯、操作も特に中高年にとって難解でキーボードに触れない、画面の文字が見にくいなど問題も数多い。

 これらの課題を考慮し、塩山市公共地域ネットワーク(略号 塩山ネット)の運用を図りたい。回線は21世紀初葉にも整備される大容量の光ファイバー網、広帯域ISDNBISDN)を利用する。これはテレビ以上の映像音声を送れ、味や匂い、肌の温もりまでも感じる人間の五感に近いメディアとなるだろう。またテレビ程度の操作で誰でもが気軽に扱え、パソコンが使えない中高年も音声で操作が可能な端末機が実用寸前である。

人と直接会っているような感覚で塩山ネットが、人々を時間、空間、能力の制約から解放する。回線、端末機等ハード面の整備は、行政と企業の出資からなる第三セクターにより行う。塩山ネットの運営管理も、第三セクターが行う。ハード面が整備されても運用体制が確立してないと、現在のインターネットのように収拾のつかない状態となる。

 基本的運用として、行政側が不特定多数の住民と同時にコミュニケーションするため、ネットワーク上に「ネットニュース(情報掲示板)」を開設する。自治情報は、街づくりから、福祉、文化、自然保護、国際交流など多く分野にわたるが、住民は自由に検索できる。住民の意見、感想は「電子メール」で送る。住民は、メールの発信時に分野や種類別の番号をつける。するとメールは、第三セクターのチェックを通じて行政側のメールボックス(電子郵便受け)に分野ごとに振り分けられ、同時にデータベース化していく。チェックは現在のインターネットのような中傷など悪質な情報が、ネット上を徘徊しないため

である。

 行政に手軽に提言出来れば、具体的な要望・感想から、抽象的なものまで多く集まる。多数の意見は、自然に結論に収束するわけではない、むしろ多様化する。行政は概念を把握し、住民の意見を踏まえた原案を複数作成する。それを再度、塩山ネットから、全住民に提示し、アンケートを採る。

 これまでアンケートを採る場合、内容が確定してから、用紙の印刷→町内会へ送付→町内の役員が各家庭に配布→住民が記入→回収→行政で集計というのが、一連の流れだった。時間は、何週間と要した。塩山ネットだと、行政と住民はダイレクトに瞬時につながる。情報伝達、集計のスピードは、格段に速い。

 計画、制度の策定段階から、多くの住民を巻き込み、声を聞く。行政は意見を集約し、原案を策定する。それを再度、住民に問い掛ける。状況に応じてアンケートも実施する。実施、施行後も常に住民の声を聞く。

 一見、無駄の多い手法のようだが、繰り返し繰り返し住民に問い、意見を求めることが大切である。市の歴史や未来、そして現在の問題を各人が徹底的に理解したい。安易に進めると、余計無駄が多くなる。

 データとして保存されるわけだから、行政側にとって「知らない、聞かない、見ていない」という逃げ口上は通用しない。また、住民は地域の将来に責任を負う。「あれは、行政が勝手にやったこと、私は知らない」と言ったり、批判を繰り返すような卑怯なことは出来ない。

 ただし、塩山ネットが、住民や行政を管理するのではなく、あくまでPI手法の補助的な役割なのを忘れてはならない。

(4)コンテンツの充実

 住民にとって、自分の意見が行政に反映すれば自然と、真剣に取り組んでくる。行政は、活用のプロセスを明確に公表し、必要な情報を提供する。住民からどんな要望や政策の提言があったか、それに対してどのような対応や変化があったか報告する。住民がどのような政策が立案でき、それにより、どのような利益を得ることが出来るか、具体的にプランを互いに交換し、住民の関心を高めていく。

住民にとって、行政に自ら参加出来る制度が確立されることは、意識の高揚に伴い、総合的に高いレベルの要求が出される。そして、その要求を実現するための新たな運動が展開される。

 同時にコンテンツ(内容)が重要なモチーフとなる。ステーション(端末機)やネットワーク技術がどんなに優れていても、肝心のコンテンツが空疎なら関心が向けられない。

 法的整備として、行政情報の公開は必要条件である。行政情報は、住民の生活全般にわたり、分野は多種多様であり、その量は膨大である。日本の行政は物事を隠くそうとする体質を持っている。これが、住民の行政に無関心を生み出す原因にもなっている。

住民は、わからない、気付かない。だから、いつまでたっても行政に対する意志決定を自分独自でする訓練ができない。本来、住民が話し合って、地域づくりのビジョンを創っていくべきなのに、その意識を低いものにしている。

 「秘密ほど民主主義を減殺ものはない」−1967年、アメリカで情報自由法が施行された時のラムゼー・クラーク司法長官の言葉だ。

 運営する第三セクターは、行政情報を住民にわかりやすく、分析し提供する。行政情報の中には、住民が直接受け取っても、判断しかねるデータもある。例えば、病院や学校など公共施設数の配置度、公共料金の妥当性、産業の発展具合などは、数字を分析したり、他自治体との比較など必要である。この他、行政の健全度を図るため、住民一人当たりの議員・職員数、人件費比率、経常収支比率、自主財源の比率なども調査し、住民に提供したい。

 

(521世紀の塩山市、そして日本のために

 住民にとって、地方自治に自らが参加出来る制度、システムが確立されることは、意識の高揚に伴い、高齢者や主婦なども家庭で情報を得ることが出来、社会参加や双方向の情報伝達でより高度な社会生活を享受し、社会福祉の向上とともに満足感、充実感を感じることが出来る。人々を時間、空間、能力の制約から解放し、快適性、利便性といった生活の質的向上をもたらす。

 21世紀を目前にして、今、日本では改革の嵐が吹いている。これまで、何十年と続いた制度や慣例が、ほんの短い間で変わっていく激動の時にあって、地方自治も改革の必要性に迫られている。住民を主体とした自治を目指し、地方分権は行われるべきである。日本の行政制度を変えるにあたり、今ほど時にかなった局面はなく、今、変えなければ、住民と行政の距離はまますます離れていき、地方自治の崩壊という危機を抱えたまま21世紀に入ることになる。

 PI手法を塩山ネットの運用により実現し、塩山市で真の住民自治を完成させる。そして、塩山市から全国へ、分権が波及していく。

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@総論としての活性化策・新見市の事例を参考にして

岡山県総社市 松下 和弘

私は、岡山県新見市の出身なのですが、故郷の動きで、どうしても気になってしかたのないことがあるのです。

それは、新見市と周辺の阿哲郡の町内の農家が組織している、JAあしんの経営に関することなのですが、兵庫県内の宝塚市に、JAあしんがアンテナショップを開設しているのですが、そうした経営方法が問題ないのか、心配でならないのです。その心配の内容については、後に詳しく述べていくつもりですが、他山の石としてもらえることがあるのではないかと思って、私の考えを述べていくことにしたいと思います。

もちろん、これは、私個人の考え方に過ぎないのであって、当事者にとってみれば、誤解に反発を感じられる場合もあるのではないかと思われ、私の主張だけを信じるようなことだけは避けていただきたいと思っています。

塩山市の活性化を述べなくてはならない時に、新見市について述べていく無礼をお許しいただきたいのですが、どうして、こういった議論を展開するのか、その理由について述べます。

最大の理由は、日本の地方都市は、どこも似たような問題を抱えていると思われてならないからですし、市域内に高速道路が走っていて、首都圏の所都市に近い塩山市などではないにせよ、新見も関西圏の都市と密接な関係ができており、そういった立地条件が、比較的似ていると思ってきたからです。

それで、どんなに些細なことであっても、参考にしていただけることがあるのではないかと思って、新見の取り組みを初めに紹介することにしました。もちろん、悪い点は見習わないで欲しいわけで、反面教師として意味を持つこともあるかもしれません。とにかく、客観的に、冷静に、見たまま、感じたままの姿を、お伝えするつもりです。

新見のような街と、塩山を比較することで、心情を害されることもあるかもしれませんが、どんな些細なことであっても、他人の行動や考え方について、自分の指針とすることのできる内容を含んでいると考えています。しばらくの間、おつきあいいただけたら、幸いです。

それでは、新見の取り組みのうち、心配でならないことを述べます。

その前に、JAあしんの取り組み自体について説明しておきます。市域内に農協直営の市場を設けて、農産品を格安の値段で販売したり、新見は千屋牛の産地として知られているようですが、JA直営の焼肉店なども開いて、評判をよんでいるようです。このように好評を得ることができて自信になったのだろうと思いますが、中国縦貫道沿線の兵庫県宝塚市にも、同じ様な施設をアンテナショップとして開設しました。宝塚の店舗では、ビルを構えて農産物などの販売をしているのですが、話を聞くところによると、かなり繁盛しているそうです。

このような取り組みが始まったのは、もちろん、農家の所得の増加を目論んでいたのだろうと思いますが、そのために、市場には出荷できない規格の生産物の販売や、減反によって増えている休耕田の活用などが実現し、多くの効果があったように思えるのです。

また、お年寄りの生きがい対策といった目的もあったようです。

この取り組みは、生産者にも、消費者にも好評のようです。

ですから、塩山市においても、首都圏や関西に、アンテナショップを設けることも活性化を考えるのに、かなり有効な手段ではないかと思っています。もちろん、もう既に取り組まれていたかもしれませんし、首都圏が近い以上、その地の利をいかした町づくりには、首都圏の動向をいち早くつかむ努力は欠かせなかったと思われ、私がここで指摘するよりもずっと先を進んでおられることとは思いますが、その重要性をあらためて強調しておきたいと思うのです。

ところで、新見のこの取り組みに心配を抱えている理由ですが、次ぎのとおりです。

地域内で展開する時には、何の問題もなかったのではないかと思うのです。ところが、消費地において、産地とほぼ同じ形態の商売をJA自らが行うとしたら、そのJA自身が卸売市場の機能を否定しようとしていると受け取られることになるのではないでしょうか。

卸売市場における価格の決定が、生産者にとって理想的なものであったのか疑問は残りますし、というより、市場における価格の決まり方は、むしろ生産者には厳しいものだったと思わざるを得ません。だからといって生産者や農協が、卸売市場と長年にわたって築いてきた関係を、崩していくことが果たしていいことなのかどうか、どうしても疑問に思えるのです。

JAあしんの取り組みが、消費地の卸売市場関係者の反発を招くことがないことを痛切に願っています。

そういった危惧を、県内の他の市町村の農業関係者も持っているのではないかと思えてならないのです。そういった人達が協同して岡山市内の商店街にアンテナショップを出店されようとしているみたいなのですが、新見の取り組みが、反発を招いた結果でなければいいのですが。

このように、単協が自ら産直の経営を行うことになれば、数多くの混乱を生み出すことになるように思われてならないのです。市場を通すことのない直接的な流通は、市場関係者に対して安い価格の販売は、生産物の販売価格の引き下げに作用することになって、量販店の関係者や生産者に対しても不快感を与えることになったのではないか、心配でならないのです。

もし、経済を取り巻く環境が変化したとしたら、どういうことになるのか、全く想像がつきません。

もちろん、そういった反対や不安を十分に考慮した上での事業化だったのでしょうが、やっぱり、いずれしっぺ返しを食らう時がくるのではないか心配です。

卸売市場といった制度が生産者に対して、本当に有効なものだったのかどうかという疑問があったとしても、長い年月の間、維持されてきた関係の中で、共存共栄という考えらがあったのではないでしょうか。

以上、生産者と卸売市場との関係について考えてきたわけですが、次は、消費者と生産者の関係について考えたいと思います。

十数年来、市場原理の摘要という課題が日本経済に課せられてきて、もっぱら消費者の立場から、農産物の価格の引き下げを目論む政策が採用されてきたように思われるのです。言い換えれば、消費者が生産者との共存共栄という関係を否定してこようとされていたように思われ、その帰結が完全な関税化の受け入れです。米の価格は、部分輸入を認めて以来下落しています。

でも、米の生産者も一面では消費者であるわけで、ここ数年の不況は個人消費の減少も一因であるわけですが、農家の個人消費が減少したことも、不況を長びかせる原因になったのだと思っています。したがって農家の消費意欲を向上させる取り組みも考えられなければならないと思っています。

塩山市も、周辺には数多くの農家が存在し、やはり農業の活性化について知恵を絞って行く必要があるように思えます。

ただ、ここで問題になるのは、生産者同士の間で競合する場合が非常に多いということです。新見と岡山県内の市町村との関係もそうですし、あるいは、山梨県と岡山県の場合を考えてみると、ぶどうや桃といった果実の生産において競合していますし、米の場合も産地間競合にさらされていると考えられます。

このような関係の中で、私も身近にある農家の利益をこの論稿が奪うことになったとしたら、それが本来の目的ではなく、あくまで共存共栄の関係を維持していくことも大事なことではないか、という注意を喚起するものにすぎないのです。

それでは、最後にこれまで述べてきたことを簡単に振り返っておきます。

農業、農村、農家の活性化策を考えていって欲しい。ということと、そのためには共存共栄の関係を模索してください。ということでした。立場の強い人間が、自分達の利益しか考えないで行動したとしたら、それは共倒れを意味するように思われてならなのです。

それから、活性化のためにアンテナショップの活用も有効なのではないか、ということも述べました。ただこの場合、お願いがあります。おそらくどの市町村も重要性には気付かれていることと思いますし、既に展開しているところも、相当数にのぼるはずです。そういった店舗と同じ様な商品を扱うことになっては、どうしても個性が埋没してしまいます。個性が埋没するということは、目立たなくなっていくということで、アンテナショップの意味を持たなくなっていくのではないか。そう思われてならないのです。したがって、アンテナショップを出店する際には、扱う商品やサービスについて、ひと工夫こらして欲しいと思うのです。地域の特産物を売るだけでなく、何か別のサービスも提供できたとしたら、ここでそれをどういったサービスにしたらいいのか述べることができないのが悔しいのですが、それは、塩山市の知名度の向上に必ず貢献するものになると信じます。

世は情報化時代です。情報発信がことの外求められるようになりました。その情報の中身について、よく吟味していかなくてはならないのは、言うまでもないことです。なぜなら正しい情報を発信していかなければ、相手にされなくなってしまうと思うからです。大都市の人間から疎んじられることがあったとしても、愚直に誠実に生きていくことは、うさぎと亀のたとえ話ではないけれど、最後には評価を受けられるものと信じていたいのです。

どうか、地方に暮らしている人間の立場が、現実の国の政策にいかせるように、その地域の向上にご尽力されることを願っています。

塩山市の今後一層の御発展を、心からお祈り申し上げます。

 

A各論としての活性化策・JR中央線の現行の運行形態の転換を求めるために 

塩山市の人口増加策を考える上で、いちばん手っ取り早く、そして最も効果のあがる方策は、首都圏の都市から転入する人を増やすことだと思います。おそらく、そういった考え方で様々な活動を展開されていることとは思いますが、私の考えを述べさせていただきたいと思います。屋上屋を重ねるものにしかならないかもしれませんが、何か一つでも新しい視点を提供できれば幸せに思います。

単刀直入に申し上げますが、JR中央線の利便性の向上を、塩山市周辺の市町村や山梨県と共同で、JR東日本に働きかけて欲しいと考えています。塩山市周辺から首都圏に通勤する人が増えれば、JR東日本にとっても増収になるわけですから、お互いにメリットがあると思うのです。おそらく、既に取り組まれていることとは思いますが、この作品があらためて、その意義を再認識するものになれば幸いです。なお、中央線については便宜上、東京(新宿)−高尾間を中央近郊線と称し、高尾以西、大月・塩山・甲府までを中央線と称することとして、以後の話を進めます。私は関東地方で生活したことがないため、正確な呼称を知らないため、ご迷惑をおかけすることになるかと思いますが、どうぞお許し下さい。

塩山市の方のみならず、山梨県内にお住まいの方が東京近郊に出かける時には、特急を利用した場合はともかく、高尾で乗り換えなければならず、とても不便に思われてきたのではないでしょうか。したがって、現在の運行形態をあらためられるように、一致協力してJRに働きかける必要があると思うのです。

それでは、JR東日本に対して、どういった取り組みを求めるかは、具体的に述べていきます。

まず始めに、中央線特急の車両性能の向上によるスピードアップと運行本数の増加を求めていく必要があると思っています。本数の増加を実現するためには、おそらく、E電区間内の運行形態の転換が必要となるように思われ、それについては後で触れることにして、スピードアップについて考えます。

東北・上越新幹線が開業して以来、通勤客の利用が増えました。長野新幹線についてもいずれ同じ現象が起きることになるのでしょう。そうなった時に、中央線の沿線は、相対的に地位の低下をおこすことになるのではないか。多くの人が心配していることではないでしょうか。その不安を解消していくためにも、スピードアップと本数の増加による利便性の向上を求めていく必要があると思うのです。

それでは、塩山駅に停車する上り新宿行の特急について考えてみたいと思います。かいじ、あずさの計11本が停車することになり、比較的便利なダイヤになっているのかなあとは思いますが、特急の本数が多くなればなるほど利便性というのは向上するわけですし、多客期には、塩山から利用する場合には座れないこともあるのではないかと思っています。その場合、着席の機会を増やす取り組みも必要であり、本数の増加というのは、その1つの手段であるはずです。

もう1点、特急の運行形態について、特にかいじの場合、東京や千葉、あるいはもっと行き先を多様化できれば、今以上に便利になるのではないかと思っています。現在でもあずさ、スーパーあずさについて、何本か東京や千葉行が設定されていますが、新宿や東京といったターミナル駅で折り返すよりは、もっと先まで運行し、施設に余裕のあるところで折り返すことにし、新宿や東京を経由することにした方が、より便利になるように思われてならないのです。

そのためには、やはりE電区間内の線路や駅の改造というのが必要になるように思われますが、そうした夢物語は、先に述べたように後で述べることにして、次に、中距離電車の運行について考えていくことにします。

どう考えても、高尾や立川で乗り換えなければならない現在の運行について、転換してもらわなければならないと思うのです。現在でも、大月までなら東京直通の電車が設定されているようですが、もっと本数を増やしてもらって、そのうち何本かは甲府まで延長することにするのです。30分ヘッドで大月、甲府行が運行されることになれば、塩山でも1時間に1本は必ず東京直通の電車が走ることになって、東京都の心理的距離を今以上に縮めることができると思うのです。中央近郊線において、既に線路容量が限界で、増発の余裕はないのかもしれませんが、そうであるなら、特別快速や通勤快速の代わりとして、そのスジに直通電車を走らせて欲しいと思うのです。中央近郊線の利用客の負担が増す可能性があるようにも思いますが、その解決のために1つ提案したいのです。現在E電区間において使用されているのは、205系電車が多いのだろうと思いますが、通勤快速や特別快速として運行されている本数の何割かを関西で走っている221系や223系といった車両に置き換えるのです。最高時速や加速性能において、205系より劣るとは思えませんし、関西で通勤客の輸送に実績を残しているわけで、首都圏、特に中央線でも十分に使用に耐えられるものだと思います。ただ、問題は扉の数が少なくて、乗客の乗り降りに時間がかかる可能性があることですが、車両の性能アップで運行本数が増えれば、問題のないことだと思います。223系電車で東京駅乗り入れが実現した場合には、高尾まで特別快速や通勤快速として運用し、高尾以西を各駅停車もしくは快速として運用できれば、塩山周辺の利用者にも近郊区間だけの利用者にもメリットがあるのではないでしょうか。223系について、もう少し補足しますと、ホームライナーとして使用されている車両と、性能において、そんなに引けをとらないもののように思われるのです。確か中央近郊線は、緩行線と急行線に分けられているのではないかと思いますが、205系の223系への置き換えにより、急行線の本数を増やすことができれば、その方が通勤客にとってはメリットが大きいのではないでしょうか。転換クロスシートの快適さを是非一度経験してみてください。とにかく特別快速、通勤快速について、223系車両の導入について希望してみるべきではないでしょうか。

ところで、塩山−新宿間は、106.6キロで、東北線の上野−宇都宮間、高崎線の上野−高崎間にほぼ匹敵するようです。宇都宮や高崎といった都市に比べると、塩山は都市の規模が小さく、同列で述べていくことには無理があるかもしれませんが、ある程度の比較なら許されることだと思います。そこで、それぞれの区間の運行本数を調べてみました。土日休日運転の電車の取り扱いでミスを犯している可能性もあり、必ずしも正確ではないかもしれませんが、上野−宇都宮間が71本、上野−高崎間が60本です。これに対して、塩山−新宿間に12、臨時列車を除いて直通の列車は1本もありません。これは、各駅停車についてのみ考えたものですが、高崎、宇都宮については、この他にも新幹線の利用ができるわけで、こうした都市に比べて、塩山を始め中央線沿線の都市の利便性が劣っているように思えます。こうした状況を改善していくことは、絶対に必要なことだと思います。そのために、取り組むべきことを述べてきたつもりです。

今まで、現在の設備のままでできるのではないかと思われることを中心にして述べてきたのですが、費用のことを無視して打ち上げ花火をあげる必要もあるように思われ、次に、アドバルーンをあげたいと思います。

塩山とは関係のない東京の都心における改善について述べることになりますが、どうしても避けて通れないことだと考えます。

塩山とは関係の深い中央線について考えると、東京駅の2階の中央線ホームを地下に移動させて、中央線と京葉線の間でスルー運転ができればと思うのです。それが無理な場合、新しく路線が建設されることになれば、その路線を高架にする場合には中央線と、地下を通す場合には京葉線とスルー運転をして欲しいものです。

スルー運転ということで言えば、東海道線と東北、高崎、常磐線の間でも、東京−上野間に線路を増設すれば可能になるわけで、是非とも実施して欲しいと思うのです。

kのように、スルー運転に固執するのは、東京や新宿、上野といったターミナル駅での折り返しの際の無駄が省け、運転本数の増加が可能になるように思うからです。

都心のターミナル駅において実現できることは、高尾駅においても実現できることのように思われ、そうすれば、必然的に中央線の利便性の向上を可能にします。高尾以西の延長運転が実現した場合、車両基地を都心からより遠くに移すことができれば、JRにとって、経営資源の一層の効率化を実現できるようにも思うのです。車両基地を塩山市内に誘致することができれば、活性化に直結するように思えます。都内の車両基地の土地を売却することができれば、JRの経営基盤の強化にもつながりますし、関係者すべてにメリットがあるように思います。たとえ、車両基地を誘致できなかったとしても、近くの市町村に建設されたとしたら、その波及効果は塩山にも及ぶだろうと考えています。

鉄道、特にJRの経営の向上に向けて、JR自身の努力も必要であるにせよ、周辺の自治体の協力が欠かせないものと考えています。塩山市が先頭を切って、取り組んでいって欲しいと思っています。

おそらく、こうした取り組みが実現したとしたら、転入者の増加に結びつくのではないでしょうか。あまりにも楽観的だとは思いますが。

とにかく、転入者が増えて、塩山市の人口が増加したと仮定して話をすすめます。

その場合、是非とも取り組んで欲しいと思うことがあるのです。

都市近郊の衛星都市で、古くからの住民、その多くは農民である場合が多いわけですが、一方で、都心に通勤する新しい住民と、対立が生じていると言われることがよくあるように思うのです。そこで、その融和のために、何でもいいから市民がお互いに協力しあって取り組めるイベントやお祭りを考えて欲しいと思うのです。古くからの行事を盛り上げるのも1つの手段に違いないと思いますし、全く新しいイベントを作りあげるというのもまた意味のあることだと考えています。

最後に、もう一度今までの考え方を振り返ってみたいと思います。

JRの利便性の向上によって、首都圏から定住者を呼び込みます。

そうやって人口増が実現した時には、今度は新市民と旧市民の融合をすすめるために、全市をあげて取り組める行事を考え出して欲しいのです。この行事について、その創出に知恵を働かせるのも有意義なことだと思いますし、全市民が一丸となって取り組むことで連帯感が芽生えることになれば、それが最大の意義であり、効果だと思うのです。

行事の内容について、具体的に述べられなかったのが残念ですが、それは地域の実情に詳しい人達の仕事だと思います。

塩山市の今後一層の御発展を、心からお祈り申し上げます。HOME  入賞者一覧に戻る  一般応募者目次に戻る

 

世界のどこにもないユニークなまちを目指して

カナダ バンクーバー市  中込恵子

私は現在カナダに住んでいる。インターネットを通じて、いつも日本のニュースをチェックしているが、景気回復の兆しを見せながらも、やはり本調子ではなさそうだ。あの元気な頃の日本に戻ってほしい。失業率の低下などと言わずに、わがままな自分がひょっこり日本に戻った時にも、あり余るほどの仕事があってほしい。 と、願うのは無謀というものだ。なぜなら私は女性、しかも今年40歳になり、学

校前の子供が二人もいる。キャリア云々は別の話題としても、この条件だけでも十分すぎるほど、就職に不利なのである。新聞で報じられているように、中高年の採用は厳しく、特に女性では人材派遣の仕事も35歳がボーダーラインのようである。(これは1998年1月の調べで、実際に日本で社会復帰をしようとした自分が派遣会社に電話をかけまくった結果報告だ)

ひとたび仕事を中断してしまった主婦が、再び仕事を得るにはどれほど過酷な世の中だろうか。お役所は人口減少化の危機を唱えているが、大袈裟に言えば人口増加に貢献した女性が、子供が学校に上がるのをきっかけに仕事に就きたいと思っていても、非常にむずかしい。これが現状だ。では仕事を続ければよかったではないかと言う声があるかもしれないが、これもまた問題なのだ。それが簡単にできれば後の苦しみはない。

なぜ女性の結婚年齢が上がり、はては結婚したくない症候群に陥ってしまったのか。もちろん、理由はさまざまだが、ひとたび結婚してしまったら失うものへの恐れが大きいのではないだろうか。実は私も結婚し子供ができてから「しまった」と思った口だったからである。自由時間、自由になる自分のお金、仕事……。

子供ができてから、独身時代と全く変わらない生活をするというのは不可能としても、せめて安心して仕事が続けられたら、言い替えれば、仕事が続けられる社会環境が整っていたら、日本女性の人生も変わることだろう。

専業主婦になるならないは、それぞれの選択肢だが、子供を預けられるバックグラウンドがあれば、自分の興味のある習い事やスキルアップのために学校へ通えるし、仕事を続けたい派はキャリアを追求し続けられる。「女性は腰かけだから」という通説は、誰が生み出したものだろうか。今の日本女性は一世紀も前の女性ではない。自分の人生をいかに充実させるかを考えているし、女性が仕事を続ければ、その分の税収入も増加する。自分のお金があれば、財布のひもを引き締めることよりも、ファッションや化粧品の購入回数やランクを落とさずに済むし、レストランで食事をすることも、気軽に考えられる。

この腰かけ問題は、女性側にも非がある。最初から、そのつもりで働く人も少なくないから。だが、男女全く同じ条件ならどうだろう。この全く同じというのは、仕事に関してだけではない。子育てや家事労働すべてに関して、男性も女性と同じように参加するという意味だ。日本人の場合、男女双方に女性は女性、男性は男性の役割分担の意識が根強いため、どこまで平等になるかはわからないが。

私は1996年から1年間、中国・上海に住んだことがある。中国の男女平等化は北米をしのいでいると思った。党幹部から工場長にいたるまで、女性の進出は目覚しい。バスの運転手や工事現場の仕事まで、日本なら男性中心の職場に女性の姿がある。中国では職場に保育所を設けているところも多いが、たいてい孫の世話をしているのは祖母の役目だ。

日本は核家族化が進み、お互いのプライバシーを尊重して、いまや祖母が孫の世話で一日かかりきりになるというのもそれほど多くないケースだと思う。

もしも、塩山市がこの祖母の役目を担ったらどうだろう。可能なら無料、もしくはそれに近い金額で保育所を作ってしまうのだ。この子供の問題が解決すれば、女性の社会進出、人口増加、税収入の増加と一挙三得ではないか。

実は私の住んでいるカナダでもデイケアは無料ではない。それでも結婚している夫婦は共稼ぎをし、学校前の子供を保育所に預けている。勤めにいく人は3時の下校時に間に合わないため、子供をたいていの小学校に隣接しているデイケアの「アフターデイケア」に預けたり、ベビーシッターを雇っている。

このように代償を払っても女性が働きつづけることは、さきほどの「塩山市の保育所無料化」とは相反するが、国民性の違いがあり、カナダ女性はキャリア志向が強く、結婚後も家庭主婦におさまるというケースはあまり聞いたことがない。

さらに日本人との大きな違いは、男性が家事を分担するのは当然という意識もあるようだ。日曜大工からホームパーティでのバーベキュー、毎日の夕食のしたくも、早く帰宅したほうが作ったり、出産の立ち会いから産休にいたるまで、男性もオーケーである。また、小さな子供のいる女性がキャリアアップやフィットネスのために、学校に通う場合、デイケアがあることも少なくないし、現に私が通っているレクリエーション・センターでは英語や水泳、ジムなど多彩なクラスを開いているが、デイケアが併設されていて、スタッフの指導の下で、ボランティアも働いている。

雪や雨など厳しい気候のカナダには、いくつものデパートや商店で形成された大型モールがあり、そこには親が買い物に行っている間に子供を見てくれる施設が含まれている。

意識と器の両方を兼ね備えていない日本で、一方的な改革を望むのは無理というものだ。もし、塩山市が21世紀の都市を目指して、このような意見も取り上げてくれるのなら、元気な日本への第一歩になるだろう。リニアモーターカーの実現で、山梨は最高の条件を備えたベッドタウンになる。日本の次世代の担い手達が住むのは、山梨であり、それが住みやすく、おしゃれな感覚だと思わせることができたら……、それはまた発信地であってほしいと思う。

日本の頭脳集団が住んで、塩山市からはコンピューターを通じて、世界へ発信。などというのも夢ではないのだ。現実にアメリカの都市は一極集中ではなく、いろいろな顔を持っているではないか。ワシントンが政治の中心なら、ニューヨークは経済都市。最先端を行くベンチャー企業はカリフォルニア州シリコンバレーにある。日本の都市にも凹凸があってよいのではと思う。

結局、「住みやすい」というのは「人に優しい」とイコールなのではないだろうか。「人に優しい」都市は老人や身障者を忘れてはならない。老後は誰もが避けては通れないし、健康体の人も事故や病気がきっかけで、いつ自分が身障者になるとも限らないのだから。今までこれらの問題が置き去りにされてきたことが不思議なくらいだ。生きていくうえで、このことは柱となるテーマであってよいのではないか。

経験あるお年寄りの頭脳を利用しない手はない。講演や技術指導など、いろいろなところで、活躍してもらったらどうだろうか。

さらに高齢者の話だが、私が住んでいるノースバンクーバーにはアダルト・デイケアセンターというのがあり、1回6ドルを支払うと午前10時から午後3時まで、そこで過ごすことができる。ピアノを練習したり、ダンスやチェスをしたり……。なんだ、ただのカルチャーセンターか、と思われるかもしれないが、実はそうではない。老人問題の専門家や医師の指導の下、お年寄りができるだけ長く、自立した社会生活を送れるようにヘルプし、トレーニングにより長期ケア施設に入居しないですむようにするという目的をもっている。かかりつけの医師とセンター、自宅が三位一体になって老人の健康管理をしている。

いろいろなところで、お年寄り自身がボランティアをしている姿を見ることも多い。

身障者の人も元気に街を自動車椅子で闊歩している。段差のない道路と歩道は、子供を乳母車に乗せて歩いている時に確認した。段差があるとベビーカーならなんとかなるが、車椅子だと人の手を借りなければならないのである。日本の道は残念ながらでこぼこだし、駅には非情階段が多い。車椅子の人は出かけられないし、小さな子供を抱いての上り下りは、まさしく非情としか言いようがない。こちらでは階段のあるところには、必ずエレベーターがあるし、公共バスに車椅子が乗り降りするのを他の乗客はじっと見守っていて、必要な時だけ手伝うのが常識だ。

知り合いの子供は小児麻痺で足が悪いのだが、毎年スキーを楽しんでいる。スキーのコーチはボランティアである。子供は普通学校に通い、アシスタントの先生が1対1で面倒を見る。今や技術の発達で、健康体でなくてもコンピューターを使って仕事をすることができるようになった。ある人は片足しかないのだが、在宅勤務でコンピューターを駆使してビジネスをしている。身障者がもっと外に出てこれるような環境が日本にほしい。

塩山市は母の故郷でもあり、父の実家は中巨摩郡白根町で、私と山梨の縁は切っても切れない。インターネットで、「塩山が元気の素になるアイデア」を求めているのを知り、通り過ぎることができない気持ちになってしまった。

住みやすい環境のカナダにいながらも、やはり日本が恋しい。日本に元気になって

ほしいから、まずは塩山から。世界のどこにもないユニークなまちを目指してほしい。

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まちづくりは商店街の活性化から

                 佐賀県 鹿島市 吉村 金一

活力あるまちづくりには、まず商店街の活性化が不可欠だと思う。商店街は今、別名「消店街」とも言われ、一般的に自然衰退を余儀なくされているのが現状です。実際商店街を歩いてみると、老朽化した商店、シャッターを長く下ろしたままの店舗が数多く見受けられ、通りの連続性を欠いています。商店街は、魅力ある商店の連なりであることが理想ですが、実態は個店の集まりに過ぎず、商店者の自助努力も不足しているのでは、というのが正直な感想です。それでは、活力ある商店街、顧客を呼び込める求心力のある商店街を創るにはどうしたら良いのか、一消費者の立場から考えていきたいと思います。今後、塩山市の商店街が大きく変貌していくことを信じ、本論に入ります。

@「光と花いっぱい」運動

街のにぎわいと華やかさを演出するため、それぞれの店舗が創意と工夫で、イルミネーションや四季の花で装飾する。販促月間やクリスマス・正月など、運動期間を定め、「光と花のページェント」コンテストを行って競い、塩山市の名物・風物にする。

A「面白建築」コンテストの実施

ユニークな外観、外装、看板、インテリアを有する、あるいはアメニティ(快適性)を提供している商業建築を毎年コンテストして、訪れて楽しい「まちづくり」をすすめる。その顕彰・広報・マップづくりを行う。

B「共同クーポン・マネーカード」の導入

買い物帰りに、お得な飲食を楽しむ、逆に、飲んだ・食べた、映画を楽しんだ分、買い物も割り引きされる、塩山市全体で有効な「共同クーポン」、将来的には「共通マネーカード」を導入して活性化をはかる。

C「みずから創る・参加する」イベントの場の提供

与える、観せるイベントを催すばかりではなく、市民や消費者が、「みずから創る/参加する」さまざまなイベントの場を提供する。商店街が企画・主催するのではなく、学校や地域にイベントの会場と機会を提供し、商店街への来街、親しみの醸成をはかる。

D「市中心部のまちづくり」

(1) 街の灯りは、ニューヨークの夜景やチャプリンの映画にもあらわされるように、都市の魅力や暮らしを象徴します。アメリカでは、各家庭がクリスマスの間、さまざまな色の電球(安くてどこでも売っている)で家全体を飾るのが一般で、町全体が名所となっているところも多くあります。ここでは、こうした安価な電球のみならず、ネオンランプなど、何でもそれぞれの店で工夫して展示してもらうことを考えています。花は器や展示の仕方によって、都会的なセンスを演出できます。一輪ざしの草花から、生け花、フラワーアレンジメント、ガーデニング、造花、やはり、それぞれの店の創意で展示してもらいます。各店舗が負担金を拠出して、街路などの公共空間に光やみどりを維持するのと異なり、各店舗が自由裁量で、しかも競って行うところがミソです。

(2) 「女性を引きつければ、男性や家族、友人も集まる」との集客の法則を商店街全体で真剣に考える必要があります。

(3) 低床バスは、すでに北欧を中心に普及しており、日本でも熊本市が導入しています。路線・時間帯に応じて無料の買い物バスを走らせるようにすることが有効だと思います。

(4) 商店街は職住分離のところが多いため、営業時間が限定され、夜間、中心商店街はヒト気が失われ、遅く訪れる人々にはサービスが出来ない状況になっています。職住一体により、営業時間の延長、客のニーズに応じたサービスが可能になると思います。

(5) 「環境共生建築」は、すでに国でもすすめており、住宅のみならず、保育所、コミュニティセンター、学校などの公共施設にも導入されてきています。「建物・まちぐるみ緑化作戦」は、公共空間ばかりではなく、民間施設の壁面、ベランダ、屋上・屋根の緑化をすすめることをイメージしています。「自転車都市」はオランダなどの北欧都市ではすでに実施されており、環境・健康の面から市民をあげた車利用からの脱却・自転車利用を推進すべきだと思います。

(6) 塩山市の田舎っぽさ、のんびりとした風景を強調して、「商店街に田んぼがあってもいい」ということで、思い切って田んぼを商店街の一角に設ける。ここでは、田植えから稲刈りまで、米が実るまでの様子を直に観察できる。何といっても見どころは、「緑の波」のように、緑の稲が風になびく夏である。ミニ田んぼの回りには、昔懐かしいわら藁こづみ、藁で編んだ椅子などを置くと、一層雰囲気がでます。また、近くには新米でできた製品を販売したり、試食したりできるコーナーがあればいい。塩山市の農業を支えてきた米作り。その米作りに生きてきた人達も、このアイデアは気に入ってくれることでしょう。

E商店街への改善提案

(1) お年寄りや家族連れにとって、気軽に休めるスペースは必要不可欠です。また、来街時間、回遊性を増す意味でも効果は高いと思います。立地的にはポケットパーク等の確保が難しい場合は、随所にベンチを配置するようにする。休憩所では湯茶サービスの他、赤ちゃんのミルク用にポットサービスを行う。また、トイレは人に優しいトイレでなければならない。身障者の方への対応はもちろん、おむつ換え用のベッドも必ず配置するようにする。次に、駐車場の利用状況、交通情報をリアルタイムに知らせるシステムの構築も重要となる。種々の情報を市内各所に電光表示、もしくはミニFMの活用ができれば申し分ない。ナビゲーター時代の今、よりキメの細かいサービスが求められる。

(2) 次に、商店街の運営を消費者側から支援し、地域社会の誇れる商店街の状況を常にモニターする商店街サポーター組織を設置すべきである。サポーターは、老若男女、国籍を問わず、できるだけ広範な消費者を集め、多様な意見、情報を収集する。サポーターとは定期的に会合の場を持ち、「まちづくり」という観点で積極的かつ建設的な議論を行う。現在、商店街に建設的な意見を提言しようとしても、そのための場が設定されておらず、消費者とのインタラクティブなコミュニケーションがはかられていない。

消費者は、欲しい商品、イベント、望ましい店舗づくり、他商業施設の動向等、商店街にとって重要な情報の宝庫なのである。サポーター組織は、商店街が外部環境に適応して進化を続けていくために必要な情報を取り組むチャンネルシステムなのである。せっかくサポーターからの貴重な情報を収集しても、活用されなければ何もならない。意見・要望の可否を判断し、実現可能であれば時限付きで返答を行ない、不可能であれば、その理由を明確にする。

(3) まず、国籍、性別、年齢を問わず、柔軟な思考を持つ優秀な商店経営者を公募し、商店街の核となる商店経営者として独立企業を支援すべきである。このような商店を数店誘致し、試行錯誤の上、成功事例を手本化し、商店街のノウハウとして全商店に共有することが重要である。さらに、この商店がグローバルなネットワーク組織を構築・運営できれば、コミュニティの核となり、集客装置として商店街全体の資産となり得るし、空店舗の有効活用にも貢献する。

混迷する日本経済の活性化には、ベンチャー起業家の活躍が不可欠と言われている。ところが現実は、能力を持ちながら資金的な側面から独立を断念する人も多い。特に大企業に勤務する高学歴の女性は優秀な

頭脳を持ちながら、能力を持て余している人もいるようである。そうした人々に独立企業のチャンスを与え、職住を支援する。地価コストの安い塩山市ならではの事業である。長崎市の中心商店街の一角に、童話館という書店がある。絵本や児童関係の書籍を中心とした専門書店であるが、「ぶっくくらぶ」という優良児童頒布・絵本コンサルティングのネットワーク組織の構築・運営に成功し、全国的に知名度は高い。現在では優良絵本の復刻出版も実現し、児童情操教育の中心の感さえある。そのため全国からわざわざこの書店を訪れる人々も少なくないという。この書店の近隣は、所謂一般的な生活必需品を販売する商店、高級ブティック、伝統工芸である老舗のべっこう店等雑多な商店が軒を連ね、多様な消費者のニーズに対応している。正しく我々が手本とすべき事例だと思う。

(4) これまでの日本は、「物資的豊かさ」を追求してきましたが、これからは、ますます「精神的な豊かさ」が求められてきます。郊外型商業(大型店)が「モノの豊かさ」を柱に展開するならば、商店街は、「心の豊かさ」も提供する「暮らしのセンター」として成長しようではありませんか。「まちづくり」も、機能性や経済効率に主眼をおいた特色のない画一的なものから、「人が主役」となる快適で安全な環境づくりにシフトすることが求められます。成熟社会の到来と、健康や文化に関するニーズの増大、特色と個性のある暮らしへの希求、環境・資源問題への対応など、21世紀の課題を先取りした塩山市の中心市街地の形成が、「住みたい市日本一」を実現化する重要な柱の一つとなる、と思われます。

本論でも述べましたとおり、生活の豊かさの中で消費者のニーズはますます多様化し、わがままになっています。要は商店街に携わる一人ひとりが、このわがままにいかに本気になって応えていくかです。商店街が活性化すれば必ず「まちづくり」は成功します。塩山市にエールを送りながら、この論文を終わりたいと思います。

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塩山が元気になるまちづくり

  静岡県浜松市  中川 文雄

1. はじめに

塩山は、県都甲府から約20km、車や鉄道で約20分の所にあり、又、中央本線・中央高速道路・甲州街道等がアクセスされ、東京等関東方面からも1時間半と近く、史跡と果実と観光のまちで、大自然があふれるすばらしい所である。こんなすばらしいまちを市民は、自負し誇りに思い、活気を出し、全国に大いにPRしなければ誠にもったいないのである。

2. 塩山にラジオ局でPR

(1) コミュニティにFMラジオ局の開局

塩山市に、FM甲府局のようなコミュニティFMラジオ局を開局したらどうか。コミュニティラジオは、郵政省免許制の中心から半径10km程度のラジオエリアを言い、塩山市専属地域活性化及び防災ラジオを兼ねたあらゆる塩山の情報が放送される楽しく、生活が潤うラジオ局である。これは開局・運営資金が相当かかる為、地元企業や近隣市町村がラジオエリアとなる為、第3セクター方式で出資し合い、開局する方法がいいと思う。コミュニティラジオは、今全国で120局あり、この全国ネットを利用し、塩山地域の観光や特産品の販売PRを大いにする。これで成功しているのは、北海道稚内市のカニ作戦で、コミュニティラジオ等を使いPRし、大勢の観光客で賑わい、全国へカニの販売PRし、私もFM浜松で聞き、注文し、おいしいカニを居ながらにして家族で満喫した。だから塩山は、ぶどう・ワイン等の特産品と国宝の史跡とあふれる大自然の旅を全国へPRし、稚内のように繁栄してほしい。

(2) FM甲府局便乗方法

甲府には、FMコミュニティ甲府局があるが、塩山には入りにくい。ところが、この秋、FM甲府の送信出力が10Wから20Wに強力になる予定である。うまくいけば、塩山市街地まで入るのである。そこで可能ならば、塩山市・勝沼町・一宮町あたりが、FM甲府や郵政省に要請し、中継アンテナを建て、塩山市にクリアに入るよう運動する。そうすれば、コミュニティ局を開局しなくとも、塩山の情報やPRFM甲府を通じ、できる。その上、甲府を中心とする近隣市町村がラジオエリアとなり、地域全体がまとまり、情報交換や交流が活発化され、楽しくなり、地域活性化され塩山にも大きなメリットとなる。

(3) JR塩山駅中心街にミニFM局開局を!

(1)・(2)とコミュニティFM開局や便乗方法をすすめたが、開局や便乗ができれば一番いいが、資金等で難しい面がある。そこで、格安ですぐに開局できるミニFMラジオ局をすすめる。ミニFM局とは、微弱電波の為、郵政省の免許・資格が一切不要なラジオ局を言う。中心から半径300m位で、直径600〜1km位である。先ず近くのリサイクル電気店か無線機店へ行き、中古で十分で、ラジオ発振器、ラジオチューナー、マイク、アンテナ等を入手しても5万〜10万円で畳2帖の広さがあれば、その日に簡単な技術で開局できる。スタッフは、商店街のおかみさんやDJ向きな学生やOL等がボランティアで空店舗等を利用し、土・日やイベントがある日等に開局し、商店街情報・市役所情報・イベント情報等放送し、学生やOL、主婦等が気軽に立ち寄れるミニスタジオにすれば、駅周辺が活気づき、商店街も活性化する。これは私の近くの浜名湖のみっかび三ケ日町(人口2万・みかん・商工漁業・観光の町)が2年前駅前商店街・町活性化対策で、商店街や町が協力し、空店舗を利用し、中古のラジオ発振器等入手し、総額8万円で開局し、商店街のおかみさんやDJを目指す若者が、ボランティアで上手に話し、時には町長自らDJをやり結婚秘話をするユニークさが評判となり、ラジオエリアは半径300mと小さいが、県内の各テレビ局が取材し、放映され、静岡県中に知れ渡り、大いにPRができ、町内外の人達が気軽に立ち寄り、商店街・町活性化の起爆剤になっている。このように先ず塩山駅中心にミニFM局を開局させ、軌道に乗りうまく行けば、(1)・(2)のようなコミュニティラジオ局へアップさせる段階方式を取る方法もいいと思う。ここでなぜラジオかと言うと、今FMAM付携帯ラジオで1000円程で、誰でも気軽に入手でき、一家に一台どころか、一人に一台持っている時代である。又聞いて想像する為、脳の活性化に非常に良いと医学でも認められ、今後の高齢化社会の老人達のボケ防止や、阪神大震災時、一番効果的で情報が早いのはラジオだった為、市民の命を守る防災ラジオが重要な為である。そしてこのミニFM局は、金沢では、観光案内情報として使われ、各観光地にミニFM局があり、お客に無料でラジオを配布し、ラジオから史跡の説明・情報が流れるシステムで好評であり、塩山は国宝級の史跡等沢山あり、このミニFM方式を使い、観光サービスすると共に、観光ボランタリーガイドを募集し、史跡やすばらしい自然をより楽しんでもらえるようなシステムとすれば、お客がお客を呼び活気づくのである。又(1)・(2)・(3)のラジオPRと共に、今世界中で4000万と言われているインターネットでのPRも付け加えておく。

(4) 市全体を自然と共生する緑と文化のまちづくり

塩山は、緑豊かな森林資源と、果実や植物そして国宝級の史跡の宝庫である。ここを生活の場として積極的に活用し、この宝を媒体とした新しい文化創造の舞台にしたらどうか。そこで塩山全体がすでに、自然体験学習の場となっている為、史跡文化・温泉ゾーン・自然観察ハイキングゾーン・フルーツ三昧ゾーン等に分け、塩山全体が林間学校風テーマパークになり、愛称をふる里の道・歴史の道・フルーツの道等の自然遊歩道を整備した観光・保養・リゾート・レクリエーションの為のテーマパーク風は大変おもしろいと思う。子供達の遊学の場となる林間学校なるものを設け、これを中心に、大自然の中に、「遊学の郷」「フルーツの郷」「定住の郷」「史跡文化の郷」等のエリアがあり、それぞれが交流を図りながら自然の中で慈しみの心を育むのである。林間学校は全国の子供達だけでなく大人も参加でき、2〜4週間、リレー式に各温泉・旅館・民宿に宿泊して、自然体験学習を通して、塩山市民とふれあい、心のネットワークを結ぶ。塩山市内の各地には夢を与える駄菓子屋やミニ図書館、芝居小屋、工芸小屋、タウンギャラリー、シネマ小屋があり、みんなの心をワクワクさせる。

(5) 農園研究都市構想

環境問題、食料の自給自足等が叫ばれている今、農業の重要性が見直されている。塩山の代表する農産物は、ぶどう・もも・すもも・さくらんぼ等の果実やワインがある。このようなきれいな水と空気を生かした水耕栽培の研究・生ゴミから作る肥料・無農薬果実・有機農業等、付加価値の高い農業にしていく事が大切である。環境の良さを活かして果実や植物を中心とするバイオテクノロジー研究開発をする農園研究都市を実現させたい。人間に取り、最も大切な食料や生活に潤いをもたらす果実や草花の研究は、21世紀の花形産業になるにちがいない。細胞融合、細胞培養、遺伝子組み替え等による品種改良、人口種子の開発、新栽培法の採用により新しい農法が探求されていく事が期待される。農園都市のイメージは、研究、開発の為の施設を核に、周囲に実験農場、実習、研修棟、研究員や学生の住居施設等を設け、これに関する企業誘致、そして農業大学の開設(農業高校も)、そして行政が一体となった開発システムを導入したい。これに地域農家の体験的参加、農業を目指す若者の育成環境を整えていく事も加味していく。そうすれば農業大学(農業高校も)や企業ができれば、塩山に活力ある学生や企業人が大勢増え、果実を中心とした農業がより栄え、人口が増大する一石二鳥システムとなり、新団地の建築、住宅タウンの構想等明るい未来が来る。工業の20世紀から、農業開発の21世紀へと時代は流れている。時代を先取りする新しい果実を中心とした農業に期待したい。やがてこの塩山に全国から有能なバイオの学者や見学者が、続々と訪れ、活気あふれる農園研究都市になる事を楽しみにしている。

(6) 福祉にやさしいまちづくり

今、すでに高齢化社会に入っている。保健医療、福祉サービスを充実させ、生きがいのある生活ができる仕組みを考えていきたい。幸い塩山は3万人弱と動きやすい。地域に密着した、きめ細かなサービス、老人ホームや障害者の各施設は小規模化し、地域に開放され、誰でも自由に出入りでき、気軽に会話や活動ができる家族的なものにする。又弱い者を施設に送る発想ではなく、在宅しながら憩い、楽しみ、働き、可能性を充分引出せる在宅福祉にも力を入れる。一人暮しの老人の緊急システムを作り、地域ボランティアの人と協力で、いつでも連絡が取れるようにする。学校と地域が一体となる福祉教育に重点をおき、一般・学校・会社で一日、福祉施設内で働くようなシステムとし、学校の授業の中に福祉科目を入れ、施設と交流を図りながら体で学ぶ社会体験学習を導入していく。町単位で福祉互助会を作り、低額の掛け金で互助扶助していくシステムや生涯スポーツと医療を結びつけた健康カルテ運動等、アイデアを出し合い、温もりと優しさあふれる住みやすい"和のまち"にしてほしい。

(7) イベント・祭り等からの活性化構想

塩山は、信玄公忌・大菩薩を歩く会・大菩薩峠登山競走大会・塩山およっちょい祭りと楽しいイベント・祭りがあり、これに大小、色々なイベントを加え、市民も楽しめ、日本全国の人が見に来てもらえるイベントを考えてみた。

1. 塩山を題材にしたエッセイや小説、そして信玄がらみの小説を全国公募し、テレビドラマ化し、アピール。そして甲府地域等と協力し、再び信玄がらみのNHK大河ドラマを有名作家に依頼し、実現すれば信玄博を塩山を含む信玄ゆかりの地全体に設置し、大きな経済効果を得る。

2. 緑とフルーツとワイン博覧会を行ない、全国から観光客を誘致する。

3. ホームステイ受け入れを推進、塩山発の小学生ファミリーの集い、市民と子供達を結ぶ心の財産を蓄積し、毎年行なう。

4. 塩山の民話や七不思議をまとめたマップを作り、市民や観光客に配る。

5. 塩山の史跡・名所を詠んだ短歌・俳句・川柳を全国公募し、塩山のPRが大いにできる。

6. 10歳になった子供を10歳式として市民みんなで祝う。

7. 塩山の町にふさわしい一番を捜す。史跡博士やつり名人等。

8. まちの娯楽施設等、毎月日時を決め無料開放すれば、市民や観光客も喜ぶ。

9. 市民が写真家になり、まちの風景を心に写して表現し、塩山らしさを審査し、写真集を発刊する。

10. 塩山もの知りクイズ選手権を実施し、塩山の良いところを新発見・再発見でき、優勝者等に賞を贈る。

11. 重川・塩川をきれいにし、とんぼやほたるが飛びかい市民の憩いの場とする。

12. 塩山市民だけの休日を作り、塩山市民で良かった、幸せ等を語り合ったり、イベント等を行なう。

13. 塩山の方言集マップを作り、方言ニュースキャスターコンテストを実施し、テレビで放映する。

14. 馬やかごや人力車で行く史跡探訪ツアーを実施し、信玄の気分を味わう。

15. ツウデーマーチラリーを実施。マーチとは歩いてまちや史跡を見学しながら楽しく歩くスポーツで、日本の各都市でも人気が高い。市民や観光客が一緒になり、仲良く塩山を歩く。3k・5k・10k・15kコースとし、それぞれ体力に合ったコースに参加する。この時、アンケート用紙を配り、塩山の良かった所、改善すべき所等を記入し、今後のまちづくりとして活用する。そして、地元のアマチュア無線家(ハム)に多くの参加を呼びかけ、協力してもらう。ハム人口は全国で100万人居り、市役所等と防災ボランティア無線として提携し、大変な効果を発揮している。ハムは、塩山市全域が交信エリアとなり、このラリーの連絡用としても使え、ラリーが安全かつスムーズに行なわれる。又市全域の電波チェックをし、塩山防災ハム電波強度地図を作り、これを機に市役所等と提携し、市全域のボランティア防災無線システムとして設立できる。市民の健康と市の再発見と市民の防災強化対策としての一石三鳥であるツウデーマーチラリーをすすめる。

16. 1万人のNHK全国巡回ラジオ体操会を誘致し、全国へ塩山をPRすると共に、市民みんなで早朝を楽しく体操し、その後もラジオ体操は、誰でも気軽にできる為、健康都市の目玉として続けて行く。

17. 「塩山は家族だ」を合言葉に、町対抗の綱引き大会を行ない、地域の・・・キズナを確認すると共に、力を出す為、元気になる源である。

18. 高知のよさこい祭りをアレンジした札幌や全国で活気がある、"よさこいソーラン祭り"はダンシング祭りで、子供から老人まで工夫を凝らした踊りやコスチュームで楽しく踊り歩く祭りで、大勢の観光客でにぎわい経済効果も大きい。だから塩山独自の掛け声等入れた新しい祭りの開発をする。又大道芸祭りで塩山の市街地・ストリートのあちこちで、南京玉すだれ・玉のり・外人のパフォーマンス等、場所はあまりとらない為、コーナー、コーナーで人が集まり、相当にぎわいます。静岡市が数年前から始め、毎年行ない、去年は中心街に4日間で120万人の人でにぎわっている成功例である。

19. 七夕祭りやクリスマスツリーを駅中心商店街等に飾る。七夕祭りは、商店街や市民参加型の七夕飾りを商店街や中心街に、ずらっと飾り付けし、夜は電飾すれば、きれいな飾りと光のイルミネーションで、大勢の人が市内外から見物に来て、飾り付けコンテストを開く。クリスマスには、商店街や中心街の商店1店1店が、小さくてもいいから店先にクリスマスツリーを飾り、電飾させれば、昼もきれいで、夜になるとその輝きはすばらしく、塩山中心街クリスマスツリーイルミネーションストリートとなり、観光やデートスポットになり、大勢の人が見物に来る。

20. 塩山まちづくり委員会を作り、一般市民から公募し、まち活性化の意見交換をし、市の広報誌とは違った塩山の楽しいタウン誌を定期的に発行し限定数を興味ある市民に配る。

21. 塩山へ遊びにおいでよキャンペーンを行なう。塩山市民約27,000人一人一人が、塩山を元気にする為に自覚する上でも、市民自らが、50円ハガキ一枚〜数枚やインターネットを持っている人は、ネットで不特定多数へ、塩山市外や県外の親類・友人・知人等に、塩山のフルーツや史跡や大自然をアピールした内容を添え、塩山へ遊びにおいでよと書いてアピールする。仮に全国20万人にアピールできたとして10分の1の2万人が、塩山に来てくれたとすれば、大成功であり、塩山が活気づくのである。50円ハガキは、子供のおこづかい程度で、小さな子供からお年寄りまで気軽に書け、文を書く事は、教育的にもいいし、個人のインターネットもかなり普及している為、PR効果は大きい。50円ハガキもインターネットも、市民自らが塩山アピール大使となり、自らの手でやる事に意義があり、それが団結力となり塩山の発展の道となり、軌道に乗れば春夏秋冬と年4回、塩山の四季を味わってもらう為やるといい。このように大小のイベントをあげたが、塩山の歴史・文化・産業・風土に合わせアレンジし、長期反復的な活動を通して、市民の語らいや交流が促進され、互いの心が共鳴していく、人づくり、町づくりのネットワークが生成されていき、市内外にも共感を呼び、栄えていくのである。

(8) おわりに

 塩山市の目指す「がんばろう塩山」とは、まちがにぎわう事も必要であろう。しかし、すてきな史跡や山々の大自然を壊す事なく、塩山のもつ資質を上手に生かし、アレンジし、人が他者と出会う場と機会を多様に形成していく事が大切である。こうした活動の環境を創っていく事こそが、「元気な塩山」創造の基盤となると思う。人が真に生きがいや活力を感じるのは、人と人との出会いから生まれる心の結びつきである。生活に多くのものを持ち始めた人々は、人間らしい生き方を求め、地域の中で、自己実現の場を求めている。文化的な充足にプラスして、内面的な価値を要求しているように思う。サケが生まれた川に再び戻ってくるような愛着と温もりのあるまち、訪れた人が住んでみたくなる、緑とフルーツがおいしく、国宝を含むすばらしい史跡、大空と澄んだ山々が、いつまでも似合うそんな塩山のまちを願っている。

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モノのダイエットからのまちづくり

島根県江津市 山藤一雄

 

塩山市は、甲府盆地の北東に位置し、向獄寺、菅田天神社などの古い社寺が多く、国宝や重要文化財が数多く残されている。かつては養蚕がさかんな土地であったが、今では、果樹栽培や野菜などを首都圏に出荷している。秩父多摩国立公園の入り口でもある。史跡と果実と観光の都市といえよう。

山梨県は、暮らしやすい地域といわれる。塩山市は、自然に恵まれ、農作物も豊富、歴史も文化もある、家も広く、暮らしやすい都市だろう。しかし、その暮らしやすさが、活性化のハードルになっているのかもしれない。モノとの関係を見直してみることで、塩山市のライフスタイルを変えていってはどうだろ

うか。

そのためには、まず、「知る」ことが大切だ。私は、1992年、首都圏と関西圏、山梨県と福井県の家庭が保有する生活財を悉皆調査した「生活財生態学」プロジェクトのメンバーの一人だ。

「生活財」とは、商品生産以外の生活のための用具のことである。家庭の中にどれだけの生活財があり、どのように置かれ、どう使われたか、生かされているかということから、人間と生活財のかかわりを研究し続けたのが「生活財生態学」の研究シリーズである。1975年、1982年に続き、1992年の3回目では、玄関用品から化粧品まで75分野・4,203品目の生活財を選び、保有の有無、個数、使用頻度、今後の購入意欲、その配置状況(家庭景観)を調査した。

1975年と1982年は、大都市圏(東京圏・大阪圏)であったが、1992年の3回目は、地方都市(甲府市と福井市)、農村(山梨県)、漁村(福井県)の204家庭を選び、地域比較を行った。

平均保有数は

東京圏 1,580品目

大阪圏 1,555品目

山梨県 1,840品目 甲府市 1,789品目 農村1,889品目

福井県 1,580品目 福井市 1,650品目 漁村1,496品目

 

で、山梨県の農村がモノ持ちで、逆に福井県の漁村にモノが少ないということが明らかになった。両者の差は、393品目であった。農村は、全体としてモノ持ちで、新しいものを多く取り入れる傾向がみられた。これまでは、「豊かな生活」をリードするのは、都会であり、地方がそれについてくるというの考え方があった。しかし、狭くてコストの高い住宅に苦しんでいるのは、大都会だけであり、地方都市や農漁村も大都市より豊かな生活を送っているといえよう。

これからは、大都会ではなく、地方都市や農漁村のライフスタイルを見直し、その中に「豊かな生活」のイメージを追求するほうが良いのではなかろうか。

この「生活財生態学」の調査対象地の農村は、塩山市周辺ではないが、養蚕によって家屋の空間を拡大し、機能性を高めたが、養蚕の停止と生活様式の変化(都市化)によって、拡大した空間を個室として使用するようになった。そのような中で息子等が市外へ出でいくと、そこには未使用空間が残された。この未使用空間に生活水準の向上に伴って増加したモノが進入して、タンス等も置かれ、「収納のドーナツ化現象」とも呼べる現象が起こった。結果として収納機能の増加が、モノの増加をもたらしていた。また、調査地域のヒアリングでは、「ものを持ち込む習慣があり、自分のものにしなければならないと気がすまず。収納する場所もあるから自然と持ち込んでしまう」という言葉がきかれた。

かつて養蚕がさかんであった点は、塩山市と共通しており、塩山市においても養蚕の停止と生活水準の向上により、空間が拡大し未使用空間にモノが収納されているのではなかろうか。古い寺社が残っているように、これまで大地震など大きな災害に遭遇していることから、古いモノも多く保存されているであろう。塩山市の市民がモノ持ちかどうか。生活財生態学の手法を応用して、調査してはどうだろうか。

次に、塩山市民の生活財保有調査の結果、モノ持ちであって、未使用空間が多いということであれば、モノとの関係を見直していくことが必要だろう。モノを多く保有することは、必ずしも豊かな生活とはいえないことを市民へアピールして、持つから借りるライフスタイルへの転換を進めていってはどうか。

塩山市では、大都会生活者のように、簡単に家移りができないため、引越によるモノの減量には限界があろう。

では、塩山市などが主体となって、モノを見直し、家から送り出す仕組みを構築してはどうか。

生活財の保有状況を自ら調査票に記入する段階でも、モノの保有の多さに気づくことができる。

そして、不用なモノを、気持ちよく処分するためには、再利用の推進もポイントとなろう。家庭から不用品がゴミとして大量に放出されれば、ゴミ処理費が急増し、市の財政を圧迫する。

それを回避するためには、市民が不用品を持ちよって自由に売買するフリーマーケットを開催し、市民や観光客に家庭に眠っている不用品を販売してはどうか。新品ではなく、骨董品に価値を見出している人も増えている。多少古くても、汚くなければ、結構売れるものである。京都市の東寺で、毎月開催される骨董市には、若者の姿も目立つ。

最初は、小規模でも、口コミやインターネットで情報が拡散すれば、少しずつ規模も拡大し、塩山市の恒例イベントとして定着し、塩山市の観光に新しい魅力が加わろう。そして、フリーマーケットの運営を行うNPO(非営利組織)が生まれよう。そうすれば、アクセス条件のいい東京圏から塩山市へ若者が数多く訪れ、活気を取り戻すのではなかろうか。

フリーマーケットの出店者は、売り上げの一部を「塩山市エコ基金」(仮称)に寄付し、まだ使えるが修理が必要なモノの修理費に充当する。この修理の作業をNPOへ有料委託すれば、新しい雇用も創出されよう。

フリーマーケットで、楽しみながらモノを減らす、暮しのダイエットで、家屋に生まれる新しいゆとりの空間「新ゆとり空間」を、家族のイタズラの部屋としたり、芸術の創作の場としたり、娯楽室とすることもできよう。

新しい機能を付加することで、「新ゆとり空間」の利用が活性化すれば、塩山市は、自ずと元気になっていくように思う。

この「新ゆとり空間」で使うモノは、所有ではなく、借りて使用するスタイルへ移行できるよう、「塩山エコ基金」を活用して、レンタルを支援するようにしてはどうか。

「新ゆとり空間」へのレンタル品の導入は、同時に製品の寿命をまっとうさせるシステムが必要となる。かつて街の電気屋さんなどにあった修理機能を、さまざまな製品によみがえさせれば、新しい仕事が生み出される。修理のために塩山市周辺から訪れる人が現れるかもしれない。

 

生活財保有調査→モノの多さを認識

モノのダイエット

@ 不用品のフリーマーケット→観光の魅力増加→雇用の確保

NPOの誕生

→塩山エコ基金

→新ゆとり空間→自由度の拡幅

→レンタル拡大

→修理機能の復活

A「所有」から「使用」へ ライフスタイルの変革

このように塩山市において、市と市民が連携して、家庭の生活財を調べ、観光客を呼び込むフリーマーケットで不用品を売り、モノをダイエットさせ、「新ゆとり空間」での自由な時間をレンタル品で使って楽しむことができ、いくつものNPOが誕生して雇用も確保されるとなれば、首都圏などから塩山市に移り住む人が増えることも期待できよう。

21世紀の成熟社会の欲望は、モノがあふれる豊かさから、美しい風景や空気、水、ゆったりとした時間の中で過ごす豊かさへと移行していくだろう。この欲望の変化の先取りといえる身近なモノのダイエットの提案が、塩山市のまちづくりに生かされることを期待したい。

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コンピュータネットワークを活かした地域づくり

静岡県富士市 清水 登志男

コンピュータネットワークを地域の活性化に役立てるという考えは、多くの自治体、企業、個人がホームーページを開設している現在、特に新しい考えとは言えない。しかし、自治体のネットワークの使い方は、メディアの特性を十分に活かしきれていないものが多い。ホームページも、どんな人に見てもらいたいのか、どんな人が見るのかというターゲットが絞れていないため、たいくつなものがかなりある。一般市民全体を対象としているから、特にターゲットを決める必要がないというのは間違っている。それぞれの見出しを見れば、異なった人達を対象としているのは明らかで、その対象者に対して、何をどう伝えるかを考えて作られていなければならない。

そして、ネットワークの双方向性の機能を、十分活かしきっていない。外部に向けたインターネット、市民に向けたイントラネットを活用する事によって、行政や産業の分野で様々な可能性が生まれてくる。

地域情報発信の目的は、地域の振興である。言いかえれば、経済的発展と、生活の質の向上をともなった地域の活性化だ。地域の活性化には、自分の住んでいる土地について多くのことを知ること、自然、文化、産業を生かすこと、人材を育てること、交流のネットワークを造ることが必要となる。私は、コンピュータネットワークを利用して、これらのことができると考えている。

イントラネットで住民の意見を拾え

イントラネットとは、ある限られた区域を活動範囲とするネットワークのことだ。

将来、市の全戸にメールアドレスを配布できれば、市内にイントラネットの基盤ができる。市民イントラネットでは、市民とその関係者だけが見ることができる掲示板で、行政の連絡事項や行事などの情報を伝えたりするばかりでない。その双方向性を利用して、市の現状を市民に伝え市民から意見を集めたり、議論をしたりできる。市民に地域に目を向けさせ、それを知ってもらわなくては魅力ある町づくりはできない。イントラネットが、この問題を解決する手助けをしてくれる。

地方分権、町おこし、町づくりなど様々な声が聞えてくるが、実際に地域に目を向ける人はそう多くはいない。その理由には、自分の住んでいる地域がどのような所か、そこでどんなことが今行なわれているのかを知らない。住民自治などと言われても、自分の意見をどこに持っていけばよいか、地域がどんな問題を抱えているのかよくわからないことなどがあげられる。イントラネットがこのような問題を解決する手助けをしてくれる。

ネット内にフォーラムを作り、地域が実際に抱えている問題、住民から求められている要求などをそこに書き込む。それに対し誰かが「こうしたらいいんではないか」とか、「他ではこうしているがどうか」など自分の意見を打ち込む。それをまたフォーラムで議論し、一つの政策としてまとめあげていく。このことで、より実のある政策が実現していく可能性が大きくなる。

その理由は、今までは今まで語る人の資格や地位によって意見の格付けがされたり、立場が上の人に対しては意見が言いづらいというようなことがあった。しかしネット上では、専門家も初心者も、県知事、小中学生、高校生、大学の教授、誰でも対等の発言権が持て、問われるのは発言の中身だけだからだ。そして時間帯にかかわらず発言できる。

フォーラムは、行政だけに限らず、教育や育児、自然など様々に用意する。

また、イントラネットを市役所として機能させれば、自宅で住民票などを取ることもできる。

イントラネットは、市と市民が情報を共有し、情報交換を活発化させる基盤を作り、市と市民、市民どうしのフラットなネットワークを生み出す。

自治体による市民への発信機会の提供

制作費も維持費も安価なインターネットは魅力的である。そこで市が、プロバイダーの機能を果たしてみてはどうだろうか。市でサーバーを所有し、市民のインターネットアクセスを容易にさせ、情報発信と情報収集の機会を提供し、地域のコミュニケーションを活発化させる。

地方の情報発信とは、自治体の情報発信だけをいうのではない。農家や企業、SOHO、観光地、ボランティア、個人が自由に情報を発信することで、生活や地域のアイデンティティを自分達で作り上げることができる。

情報発信が活発化し、ネット上でバーチャルな地域ができあがるようになれば、地域のアイデンティティが広く認知され、実際の空間での活動も活性化してくる。人や物の動きが内外で増える。

そのために市が、地域の企業や個人が自由に情報を発信できる環境を提供してはどうだろうか。

例えば農家のホームページ

農家のホームページで、一番地域活性化に結びついていると考えられるのが、バーチャル農業である。バーチャル農業とは、消費者が種や苗を買い、農家が消費者に代わって育て、生産し、収穫した作物を消費者に渡すというものだ。バーチャル農業は、特に都会の消費者を対象とした委託栽培で、消費者が年に数回畑に来て、農家の人達と一緒に作付けや草むしりを行なう場合もある。

バーチャル農業は、インターネットで作物の様子が見られ、電子メールを使って、農家と消費者の間で意見や情報の交換ができる。

バーチャル農業がさらに活性化していけば、グリーンツーリズムや交流人口の拡大というものが望める。グリーンツーリズムは、都市生活者が農村で、自然や文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動で、現在、滞在型市民農園などの形が見られ、消費者は、農家や民宿などに宿泊する。

グリーンツーリズムが活発になって、都市生活者が頻繁に農村を訪れるようになれば、都市との交流が拡大し、生活もだいぶ変わる。

都市生活者が、土日に農園に入って畑作業をし、農家はペンションのようなものを経営し始めるかもしれない。

バーチャル農業やグリーンツーリズムが、塩山と都市の交流を促進し、都市文化を塩山に伝え、塩山の文化も都市に運ばれる。それが、自然と人間の調和のとれた新しいライフスタイルを生んでいく可能性がある。自然に恵まれた塩山は、東京をターゲットにした場合、そのちょうどよい地理的位置にあると言える。

ホームページを使った産地直販もある。農家は産直によって市場というものを意識できる。インターネットによって、情報の交換をし、消費者の声を直接知ることができるのだ。

産直の利点は、マルチメディアなので、実際の品物を写真で分かりやすく伝えることが可能。ハイパーテキストで作られていれば、マウスのクリックだけで品物の選択ができ、注文が簡単。作付環境、地域の関連情報、料理の方法など、様々な付加的なものをあわせて載せることができる。生産者に質問したり、意見を述べたり、双方向性のコミュニケーションができる。生産の過程、畑のようす、作業を伝え、見た目は悪くても、美味しくて安全な作物を提供していることなどを伝えられる。

商品に色々な付加価値をつけた、新たな販売手段である。

自治体(市)のホームページ

 自治体のホームページは、見出しごとにその対象となる人々を意識して作るべきだ。

各項目の担当者は、どんな人にそのページを見てもらいたいのかじっくり考える必要がある。その対象者に、何をどう語りかけるかを考える。日頃そんな人との対応に追われているならば、その問題解決の一つだと思えばいい。対象とする人々が、どんな情報を欲しがっているのか真剣に思いをめぐらせる。そんな担当者が語りかけるホームページなら、退屈なはずがない。

次に、担当者の意欲や悩み、意図を正確に理解し、共に解決策を見い出し、ホームページに載せてくれるスタッフが必要となる。そういう仲間が全員で、悩みながら話し合い、喜び合ってホームページ作りができたら、素晴らしい人間関係が生まれ、人材の育成にもつながるに違いない。

しかし、それだけでは不十分である。他のホームページとリンクさせることによって、よりよいネットワークが生まれてくる。

地域情報は、その地域に住んでいる人が文を書き、写真を撮り、心を込めて発信するのが一番だ。だから、観光地や名所などについても、その近所の人達によって紹介されるのが一番いい。市のホームページは、これを活用すべきだ。観光地の名前をクリックすると、そこのホームページへ飛ぶようにするのである。市と各地域どうしが縦横にリンクされ、自然体の活性化にもつながる。

その他の課題

子供達に、小さい頃からネットワークに触れさせる機会を持たせることも必要となる。例えば、子供達に地域の自然についてデータベースを作らせる。今年どこの地区で初めて菜の花が観測されたとか、この地区にはこんな虫や鳥、魚が住んでいるなど。子供達は楽しみながら情報の意味、データの意味を理解していく。

また、電子メールを使って、塩山からアメリカの大統領に手紙を出す。ルーブル美術館のデータとコンタクトして「モナリザの微笑」を画面で見る。こういうことによって、キーボードが全世界とつながっているという感覚を味わうことも大切だと思う。

ハードの面でも、コミュニティ施設、市役所、公民館、学校などに情報機器を導入し、地域住民の利用に開放する。交通拠点、観光施設などに、開放型の情報機器を設置することなども考えなければならない。

市と市民が手をつなぎ、ネット上に素晴らしい塩山というバーチャル空間を創造すれば、それが現実のリアル空間を動かしていく。塩山は、地理的位置にも、歴史や文化、自然にも恵まれた市だ。だから、コンピュータネットワークで、魅力あるバーチャル塩山を創り出し、現実世界でも素晴らしいまちづくりができると思っている。

{参考文献}

「土佐発情報維新」橋本大二郎著 徳間書店

「マルチメディアが地域を変える」長谷川文雄監修 電通

「週間イージーPCDeACOSTINI

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『塩山市への応援歌』

                岩手県 大船渡市  富谷 英雄

 1 はじめに

 日本は今、少子化の時代と言われている。女性の社会進出が原因になっていると思われる。これまでは家庭というものは男性が外に出て働き、女性が家庭を守るものだという役割分担の考え方が一般的だった。その考え方が大きく変化してきたのである。女性の社会進出の背景には、子供の数が少なくなったこと、女子の学歴水準が高まったこと、家事を合理化する製品やサービスの普及などのほか、企業などが女性の能力を評価するようになったこと、女性側も生活のために働くというより、生き甲斐を求めて働くという傾向が出てきたなど、さまざまな要因が上げられる。

 これは塩山市にも当てはまるはずだ。その原因は結婚する人が少なくなり、生まれてくる子供の数も減り、地元に就職口がないので、長男や長女であっても、みんな都会へ行ってしまうからだ。残るのは年老いた両親だけということになる。女性の社会進出は、そのこと自体は大変結構なことではあるが、それが出生率低下の一因になっていることもまた事実。出生率が低いから年少人口が少なくなり、一方では老人人口の比率が高まるという結果に結びついてくるのである。

このような構図は、どこの市町村でも見られることなのである。そのための対策としては、県などが中心になって結婚相談に関する窓口を開設し、県内の各市町村にも窓口を設け、結婚に関しての横の情報交換を密にする必要がある。地域によっては民間による結婚相談所はあるものの、情報の不足などから結婚がまとまった組は、さはど多くはない。

 2 縁結びの神様

私が住む岩手県大船渡市のお隣の陸前高田市の場合を参考までに紹介したい。陸前高田市は三年前、自治体としては全国でも珍しい結婚相談所を開設した。実は相談所の所長を私の知人が務めている。同市は人口の減少に歯止めをかけるため、平成八年度から人口定住増加対策推進事業を実施した。結婚相談所は出生率の低下や、若者の市外への流出などによる人口の減少傾向阻止対策の一環として、重要な事業のひとつになっているのである。

 開所式で菅野俊吾市長は「人口増加は本市の大きな課題。人口減少と少子化の対応には結婚の数を増やさなければならない。縁結びの手伝いもそのひとつ。相談所をバックアップしながら、結婚を増やす努力をしたい」と挨拶した。市長の並み並みならぬ決意のほどが感じられた。

 相談所では、プライバシー厳守で未婚者本人や関係者の相談に乗り、希望や条件の合致する相手を探すのである。再婚希望者や市外在住者の相談も受け付けており、間口を広げた「縁結びの神」の御利益が期待されている。これまで個人的に十六組の仲人を務めた実績が買われて、所長に抜擢された斎藤公伸さんは「積極的に地域に出向いて情報収集をして、お互いの希望をしっかりと把握し、親身になって相談に乗りたい。気軽に利用して欲しい」と抱負を語ってくれた。

 しかし、開設してからまとまったのは、それほど多くはない。原因は男性の結婚希望者が多いのに対して、女性の結婚希望者が圧倒的に少ないということにある。つまり、結婚しないでも自立できる女性や晩婚化志向が増えているうえに、長男長女が多いことも理由のひとつ。また結婚の必要性を感じない女性が多いことも、結婚を望む男性にとってはネックになっているようだ。

 事実「女性の相談が少なくて本当に困っている。市外へネットワークを広げることも検討しなければならない」と斎藤所長は本音を漏らしていた。同所が実際に行ったアンケート調査の結果でも、それを如実に物語っていた。想像はしていたが、結婚問題はどこの地域でも、難しい現実がある。

 県だけではなく国も本気で取り組まねばならぬ重大問題だと私が大きな声で叫ぶのは、日本の将来を心配してのことなのである。少子化傾向にある日本は、これからどうなっていくのだろうか…。このままだと、日本は本当に「老人だけの国」になってしまうかもしれない。

 3 お見合いパーティー

 昔、青年会議所が中心になって各地で若い男女に出会いの場を設けるべく、イベントを実施したことがあった。しかし一過性で終わってしまった。塩山市でも青年会議所や地元の青年会などが中心になって、それこそスクラムを組んで継続的な事業として、県内の各市町村ともタイアップして取り組めば、それなりの成果が期待できそうな気がする。若者の心は、やはり若者でなければ掴むことができないと思うからである。

 最近では国際結婚も盛んで、各地にも専門の業者がいる。私の地元でも日本人男性に主に中国人女性を紹介している。東京都内にも、外国人女性を専門に紹介する業者が数十社はあるそうだ。真面目に仕事をしている業者がいる反面、悪徳業者もいるらしく、金銭面でのトラブルが多いという。本人の知らないうちに韓国人の妻にされていた女性が、婚姻の無効を訴えていた裁判で、女性の訴えを認める判決が出た。それは当然の判決だとしても、いとも簡単に三文判で婚姻届が受理される、日本の結婚システム自体に問題はないのだろうか。

 民間の結婚相談所はお金が絡んでくるので、厄介な問題も出てくると思うが、ボランティアの場合はその点は気楽で安心である。「お見合いパーティー」みたいな出会いの場をセッティングすれば、意外とカップルができるかもしれない。用はみんなで知恵を出し合えば、塩山市の未来もそんなに悲観するほどのことはないとも思うのだが…。

 4 空飛ぶタクシー

 交通問題も私の関心事である。私の提案は、「空飛ぶタクシー」の登場である。つまり県内のあちこちにヘリポートを設置して、ヘリコプターで県内を自由に移動するのである。日本でヘリコプターといえば、思いつくのは自衛隊、マスコミ、消防署ぐらいなもの。一般用のものは意外と数が少ないので利用価値は十分にあるはずだ。

 ところで、一番飛ぶ回数が多いのはマスコミのヘリコプターだろう。それだけ日本では事件事故が多いことを物語っている。中でもテレビ局の場合は、リアルな映像を同時中継で流してくれるので臨場感が伝わってくる。新聞社の場合は一日遅れの写真での勝負となる。いずれにしてもヘリコプターの起動力が重要なのである。

塩山市で交通機関としてヘリコプターを導入する場合、採算性や利用率など越えねばならぬ問題点はあるものの、将来を見越して考えた場合、救急と消防の業務も一緒に兼ね備えれば、不可能なことではない。これは塩山市というよりは山梨県が中心になって、やらなければならない事業だと思うが、その場合は県内の他市町村の協力も必要だ。

 救急とはヘリコプターによる救急患者の空中輸送や、災害時における人命救助活動である。また消防とは山火事などの場合に、ヘリコプターによる緊急消火活動である。将来、山梨県でも大いに役立つと思っている。そのためには、県内の主な県立病院にもヘリポートを設置して、十分な受け入れ体制を整えておくことは言うまでもない。

 5 「ミニ花へんろ」の提唱

 また私の地元の例を上げたいと思う。陸前高田市気仙町の長円寺は、日本最大の気仙隕石の落下地として全国でも有名。その長円寺では「四国八十八ヵ所御本尊勧請御砂踏霊場」を開創した。御砂踏霊場は、四国八十八ヵ寺の各本尊を勧請し、八十八体の石仏を安置。

各石仏の足元には、檀信徒一行が巡礼した際に、八十八ヵ寺から頂いた御砂が納められ、四国霊場の巡礼と同じ功徳が同寺で得られるというものだ。また釈迦の足の裏の形をした「仏足右」も建立された。

 八十八体の石仏は、中国上海の仏師が制作した白御影石の特注。大日如来、釈迦如来、薬師如来、千手観音などの石仏が、太平洋に面した高台に安置されたのである。実際に四国八十八ヵ所を巡礼しないと、功徳は得られないと異論を唱える人も中にはいるが、それは自分の足で歩ける健康な人の話。巡礼をしたくてもできない人が沢山いるのも事実。そうした人にとってはまさに朗報と言えよう。

 ちなみに同寺の御砂踏霊場は檀信徒など賛同者の浄財で落成した。四国霊場と同じように発心、修行、菩提、涅槃の各道場を順番にお参りし、御詠歌を唱えながら全部巡礼すると一時間はかかるという。

 これと似たようなものを塩山市でも作ってみてはどうだろうか。塩山市のどこかのお寺が勇気を持って手を上げてくれれば有難い。もし新しくお寺を作ろうとしている団体があれば、アイディアによっては「観光の名所作り」も不可能なことではないことを知って欲しいと思ったからである。もしこれが実現すれば、日本全国にこの話が伝わって多くの人たちが訪れ、山梨県にも新たな「信仰の名所」が、ひとつできることになる。信仰の名所は「観光の名所」にもなる。「お寺がある場所」には「お土産屋さん」ができ、人々が集まる。そして「門前町」として栄える。全国にはそうした観光地は結構、沢山ある。

民間の努力によってできることは、自ずと限界がある。自治体が町づくりの先頭に立って何か施策を講じないと、せっかくの民間の努力が無駄に終わってしまう。官民一体となった町づくりとなれば、市民の関心も熱意も違ってくるはずだ。ひとつ成功すれば、よその町でもそれを参考にして、自分たちの新たな町づくりを図ることができるのである。

 6 自費で図書館を作った人

個人で「自費出版図書館」を五年前に作った人が東京にいる。大手出版社の元編集者だった方が、自ら館長となって管理をしている。その名の通り、自費出版で作られた本が五千冊以上蔵書され、入館料三百円でそれらを自由に閲覧することができるのである。その館長さんが、なぜ自分で図書館を作ろうと思ったのかを紹介したい。

 図書館を作る直接の動機となった出来事は、六年前の夏、自宅近くにある図書館で起きた。二ヵ月ほど前に図書館の書棚で見つけた自費出版のフィリピン戦記を借り出そうと、図書館に足を運んだところ、司書から「その本はもうありません」と言われてびっくりしたという。利用頻度が低いために倉庫行きになったらしい。書名も著者名も記憶していなかったため、結局その本には二度と巡り合うことはなかったそうだ。

 この経験から、せっかく公立図書館に献本しても、自費出版物は利用者の手に届かないことを痛感することになる。もちろん一般の書店ではまず取り扱ってもらえない。せっかく精魂込めて書いても、読んでもらえないのでは報われない。そのうちに貴重な文化財が散逸するのは目に見えている。そこで自費出版物だけの図書館を自分で作ることを決断したという訳である。世の中にはやはり凄い人がいるものだと感心してしまう。こんなことは行政機関では思いもつかないことだろう。何事もキッカケが大事だということを教えられたような気がする。

 こうした私設図書館は全国では数は少ないが、塩山市の場合、自費出版図書館の設置は難しいとしても、市立図書館の中に「自費出版コーナー」を設けるだけでも、充実した図書館行政ができると思う。

 7 おわりに

 限られたスペースなので多くの提言はできなかったが、「私の提言」のひとつでも塩山市を元気づけるのにお役に立てれば幸いである。以上の私の提言を「塩山市への応援歌」としたい。

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生き生き塩山・未来へ人へ

静岡県志太郡 阿部 廣美

はじめに

山梨県人の一人として「塩山」と聞いて想起するものと言ったら何があるだろうか。桃とぶどうとワインのまち、桃源郷、大菩薩峠、向嶽寺、甘草屋敷、一葉文学碑、およっちょい祭り、等々が浮かぶ。

一面に漂う果樹園の甘い香り、花と緑の四季の風景、そして細やかな人情とぬくもりのあるまち塩山…。

多くの人々が生き、守り育ててきた自然、先人たちの英知と積年の努力で築き上げられてきた果樹産業、数多くの文化遺産、これらをきちっと継承し、豊かな市民生活の中に生かしていくことで、初めて塩山のアイデンティティーが明確化されていくのである。

長い時の流れに沿って、古きモノの良さを活かしつつ、そこに新しいモノを加え、蓄積し、発展、熟成させていくまちづくりを基調としていかなければならない。

日本中のあらゆる都市が、ミニ東京のように等質化していく中で、今こそ、ふるさと塩山らしさをデザインし、次元の高いムダが、あす未来の塩山を支えていく資源である。という発想の転換が必要であろう。

以上のことを念頭におきつつ、街が、人が、生き生きと、未来へ夢をつなげていけるような活性化案をいくつか提示してみたいと思う。

(1) フルーツミュージアムのある街

果実の里、塩山のイメージアップと新しい文化創造の拠点となるようなライブスポットがあったら、どんなに街は生き生きとしてくるだろうか。街にシンボル的空間を創ることによって、人は集まり、賑わいと潤いのある街の顔をつくることができる。

そこで塩山駅南口から紅白のれん街の通りを、一定区間歩行者天国にして、開閉自在型の可動屋根をかけた、ロードパーク風のイベント空間の道をつくってみてはどうだろうか。(イメージ図(1))。イベント空間の遊歩道沿いには、産地直送の新鮮な果実や野菜の市が出ていたり、美味しい果実を素材にした郷土料理店が軒を並べる、"塩山グルメ市"がある。また、それぞれの地域の特色を持たせた特売店、楽市があったり、市民ギャラリー、コンサート広場、大道芸のパフォーマンスが楽しめるタウンテラスなどが設けられている。

歩いて、見て、触れて、味わって、塩山の町を満喫できる賑わいとふれあいの道空間なのです。可動式屋根が設けられているので、雨天時は室内空間として、晴天時はアーケードを開けば甲州の青い空と光をいっぱい浴びながらショッピングを楽しむことができるのです。

街並みのサインやディスプレイ、店舗の看板なども、桃・ぶどう・サクランボ・柿といった果実をモチーフにした彫刻モニュメント風のデザインで統一してみる。色彩もワインカラーを基調に表現する。

遊歩道の床には、塩山の名所や風物、民話などを折り込んだデザインタイルがはめ込まれていて、歩きながら読んでいくと一つの物語が完成していく、というような"絵本の道"になっている。

このように商業活動が、アートしての情報も発信し、文化の香り漂う魅力ある街になれば、若者にも人気のタウンプラザとして注目を浴びるにちがいない。

そして、このコミュニティーロードパークの一角に、果実の里のシンボルとなるフルーツミュージアムをつくりたいのです。

建物の概要を説明すると、1階はオープンホールになっていて、市内の史跡や観光農園、ワイン見学工場などのインフォメーションが、最新の情報機器で受けられるようになっている。特にバーチャル映像のコーナーでは、栽培から収穫までが疑似体験できたり、コンピュータ管理で全てが自動栽培する未来の果実づくりをビジュアルに学ぶことができる。

サロンでは絞り縦の果汁100%のジュースのサービスがあったり、フルーツを使った菓子の料理実演で、目と香りを楽しませてくれる。

中2階と2階フロアでは、世界の果物づくりの歴史、原産地や分類、特徴、生産技術の変遷などがパネル、模型、ビデオ等で詳しく紹介されている。

3階は食薬品としての効用をアピールするフロアである。健康と果物をテーマにした映画会、研究発表、展示、生理実験コーナーなど、このミュージアムの目玉となっている。

そして最上階は、市民が自主的に参加して、果実やそれに関した食品について学べるワークルームがいくつかある。楽しい果樹栽培法、果実料理教室、美味しいワインの作り方、召し上がり方、観光農園ガイドのための勉強会など、ベテラン講師陣のスタッフが揃っていて熱心に教えてくれている。

また、全国果樹産業サミットや若い後継者グループが集まって、果樹農家の未来をディスカッションする談話ラウンジ、大会議室等も備わっている。

ミュージアムとしての機能は以上であるが、もう一つ管理、運営面で個性をもたせたい。市内の青年グループや果樹農家の若者たちが協力して、ボランティアで支えていくシステムはどうだろうか。未来を担う若者たちが、ひとつの目標に向かって活動して行く拠点になれば、果実づくりへの熱意も湧き、この街に生きる誇りとなり、郷土への愛着の心も育っていくにちがいない。

そういう精神風土を宿らすためにも、若者が参加し、主動するフルーツミュージアムの実現を願いたい。

市民がここに来ることによって、郷土の産業・歴史・文化に親しみながら、塩山の未来のビジョンを考察していく。そんな日々の生活に連動したライブミュージアムの発想を持ったシンボリックな空間なのです。

(2)果樹農園研究都市の形成

フルーツ王国、美しい自然、数多くの名所・史跡、温暖な気候、恵まれた水(温泉)、こういった地域の特性と、首都圏に隣接し、鉄道や高速道路のアクセスも良い、という地の利を生かして、植物(果樹・花き・野菜等)を中心とするバイオテクノロジーを研究開発する農園研究都市の実現を夢見たい。

場所は桃源郷付近の大藤あたりを想定する。(イメージ図(2)参照)

細胞培養、細胞融合、遺伝子組み変えなどによる品種改良や人工種子の開発、新栽培法の採用等によって、新しい農業の方向性が探求されようとしている。

人間にとって最も大切な食料を供給する農法や、健康長寿、生活に潤いと楽しさを与えてくれる果実、草花の研究は多分21世紀の花形産業のひとつになることは間違いない。合わせて、地球環境問題や資源リサイクル、公害防止技術、ゴミ処理法、水の浄化等に関して、微小生物の研究は重要なポイントを握っている。

研究機関のもうひとつの役割として、コンピュータを駆使したハイテク栽培、貯蔵、管理、収穫、輸送新技術等にも力を入れ、取り組んでいる。特にロボットによる大量収穫システムや、自動コントロールハウス栽培、また生産者から消費者を直接結ぶ振動の無いエアーシューター式輸送などは、果樹産業の21世紀を拓く画期的な技術として、その実現が待たれる。

農園研究都市の形態は、中心に研究、開発の拠点となる工学系の大学を誘致したり、公立の研究所を置いて、産・学・民(地域農家)が互いに連携し合いながら、新しい農業を探求していく。周囲には実験農場、食品加工工場、研修所、展示棟、商業施設等、複合的に組み合わせたコミュニティーアグロポリスの形成をめざす。

単なる観光土産としての農業ではなく、人間生活を豊かにする果物と花と緑と…食品産業のメッカを、この塩山の地につくりたいのです。前述したフルーツミュージアムとロードパークで駅前に果実の里の顔をつくり、まちの進んでいく方向を表現していくようになれば、農園研究都市にも全国からバイオの研究者や見識者たちが集まって来るにちがいない。

要するに、ぶどうの房のように人の集まるスポットをたくさん形成しながら、未来農業の研究機能の集積をめざしていくわけである。将来的には、東京にある大学が移転して来ざるを得ないような状況を招来することも夢ではない。

工業開発の20世紀から研究開発の21世紀へと、時代は急速に変化している。こうした中で塩山も、現状を守る農業から時代を先取りする農業へと針路を移動すべき時期がきたといえる。

(3) 市民ボランタリーガイドの導入

全章でフルーツミュージアムのある街を提案したが、ミュージアムという発想は、何も物的環境だけを整えることではない。塩山市は果実とワインの他に、戦国武将武田信玄ゆかりの史跡のまちでもあり、温泉のまちでもある。また雄大な自然とふれあえる散策コースもあり、ペンションや民宿に多くの人々が訪れる。

このような地域固有の生活文化を、市民が積極的に参加しながら、豊かで快適な生活に活かしていくことにも重点をおきたい。

そこで博物館に学芸員がいるように、市民がまちを勉強し、熟知して訪れる人々に案内・紹介できるような"市民ボランタリーガイド"の目標を掲げてみてもよいと思う。

市民一人ひとりに観光案内カルテなるものが発行され、名所・名物の見どころ・聞きどころ・秘話など、個性を表現しながら観光客に案内、紹介していく。熟知度、個性、ユニークさ、好感度、マナーなどによって評価され、ポイント制によって加算されていき、上達すると「市民ガイド名人」の称号が与えられる。というシステムである。

毎週一回程度、フルーツミュージアムに集まって学習会を行なったり、タウンウォーキングをして現場研修を実施していく。まちを学びながら地域間の交流を深めていく。

人づくりこそ、まちづくりの基本であることを忘れてはならない。

(4) 独創性あふれる街づくりアイデア

塩山をキラッと輝かせ、元気にしていくには、市民の熱意と、工夫と、知恵が必要である。例えば、公園に何気なくある公衆トイレひとつをとってみても、工夫次第では街のステイタスシンボルともなる。トイレにちょっとした休憩室や授乳室、ミニ図書館、ポケットギャラリー等を設け、清掃や管理も地域住民が率先して行なう。名称も"リフレッシュサロン"などとして呼んだら、日本一美しいトイレの街として全国から注目が集まるかもしれない。

あるいは市内の各家庭が、ホームステイ先となって、都会の小中学生を対象に、一定期間招いて、果実づくりを体験しながら塩山の歴史・文化・自然・人情を実感してもらう。塩山発子供の集いを発信する。"ホームステイ制度"をつくってみるのも一案だろう。

他に思いつくアイデアをいくつか上げてみる。

(イ) 10歳になったら子供たちを市民で祝い、立志の誓いをたてる「子供10年式」の実施。

(ロ) 塩山を訪れた人々から感動のメッセージを募集して「塩山心の祭典」のコンテストを行なう。

(ハ) フルーツタウンおよっちょい音頭の歌をつくり、CD、テープ化して市民に配り、各種イベント等で活用する。

(ニ) 果実と史跡にちなんだ名所・名物かるたをつくり、合わせて塩山のまちもの知りナンバー1クイズ大会を実施。

(ホ) 果実の試食会や品評会を推奨し、栽培者の努力が報われるような、ふさわしい名誉を与える制度をつくる。特に若い後継者に夢と希望と励みとなるような「果実品評グランプリ」をつくってマスコミ等でとり上げていく。

塩山のまちが元気になっていくには、そこに住む市民一人ひとりが、まず生き生きと、進取の心をもって自分らしさを表現していくことである。

うず渦巻く国際化、情報化時代にあって、目前のミクロな流れに惑わされることなく、時代潮流の本質を知り、合わせて自己のまちの人的・物質資質を見直すことによって、新しい塩山の姿が具現化されていくのである。

おわりに

街の活性化とは、単に、モダンな建物やしゃれたファッションが流行することではない。大切なことは、人が他者と出会う場と機会を多様に形成していくことだと思う。こうした活動の環境を創造していくことが、新しい文化創造の基盤となるのである。

人が真に生き甲斐を感じるのは、人と人との多様な出会いの中からである。現代人は内面的な価値を求めながら自己実現の場を見つけようとしている。

青い空と緑と、土の匂いが似合う塩山だから、利便性や経済優先のまちであってはほしくない。サケが生まれた川に再び戻ってくるように、愛着とぬくもりのあるまち。訪れてみたくなるまちから、住んでみたくなる。そんな塩山を夢見て拙文の結びとする。 以上。HOME  入賞者一覧に戻る  一般応募者目次に戻る

 

すももの郷に住もう

富山県西砺波郡 安田賢治

1、社会変化の動向

1)、社会環境の変化

 昨今、温暖化・酸性雨などの地球的規模の環境問題がクローズアップされている。また人口は、21世紀初頭に減少に転じるといわれており、労働力の不足、貯蓄の減少、医療費の増加などにより、投資意欲の減退が同題となっている。

 一方、平成71月の阪神・淡路大震災に見られたように、都市における安全性が重視されるようになった。情報の分野にも著しい変化があり、人や企業の活動が広域化してきた。それにつれ、人・企業・地域などが社会的に連携をする時代がやってきた。

 これらの社会変化に加えて、生活の豊かさを求める声も高くなっている。特に、これまでの高度成長で育まれた、表面的・物質的な豊かさから、真に、精神的なこころの豊かさを実感できる社会構造を求めるようになってきている。

2)、都市の整備

 これまで行なわれてきた都市の整備は、大都市重点の施策が中心であった。その結果、大都市一極集中・遠距離通勤・交通渋滞などの歪みが生じてきた。今後は、今までストックしてきた社会資本を有効に使って、量から質への変革が求められている。

 近年、全国的な動きとして、地域相互間で連携をとり、無駄のない有機的な既存施設の活用が、気運として盛り上がってきている。また、地域におけるまちづくりは、これまであまり携わっていなかった住民が主体的に取り組み、その実現に対して、行政が支援する。という、良質な関係が育ってきている。

 

2、市街地整備の方向

 今後、塩山市に求められる要素として、阪神・淡路大震災に見られたような、都市における安全生活空間の確保、温暖化・酸性雨などの地球的規模の環境問題、特徴的・個性的な居住空間の創出、情報化を有効に活用できるシステムの構築など、豊かさを実感できる都市生活が求められている。

 それには、既成市街地の再生・再構築といった施策を、地域住民と行政が一体となって整備方法の検討をする必要がある。

 

3、新しい塩山の街づくり

 (1)システムづくり

 地域における街づくりは、住民が主体的に取り組み、その実現に対して、行政が支援するという形態の醸成は前述のとおりであるがそのためには、現状を的確に把握することが大切である。例えば、塩山市内の木造密集市街地における災害危険度の判定と公表など市街地の課題や現状の問題等を示し、住民と行政の話し合いの場を持つことからスタートしたほうが望ましい。

 あるいは、住民が「まちづくり協議会」等をつくって、提案をするという市街地整備の方策を採ることも考えられる。その支援策として、山梨県あるいは塩山市が「まちづくりセンター」をつくり、専門的な立場で提案の相談にのるというような施策が好ましいと思われる。

 このように、住民は「まちづくり協議会」等をつくって現状認識からはじめ、「まちづくりセンター」などの支援をうけるというまちづくりのシステムを確立する必要がある。

2)基礎知識の醸成

 山梨県あるいは塩山市が「まちづくりセンター」をつくり、専門的な立場で、住民で構成される「まちづくり協議会」などの提案の相談にのるということは当然であるが、実態として、ややもすると、専門家に任せてしまうきらいがある。それを防ぐためには、都市整備に専門的な知識や経験をもつ住民を育てていく必要がある。そのため、住民が自分たちのまちの整備計画に参加してもらうことが最も手っ取り早い。

 土地区画整理事業、市街地再開発事業などがある場合には、積極的に住民の参加を求め、まちづくりの基礎知識を十分蓄えてもらっておくことが重要である。

 (3)、塩山に適した整備計画

 市街地の整備計画を企てる場合、その地域の特殊事情を十分勘案し、最適な事業手法を選択する必要がある。

 土地区画整理事業を計画する場合には、特に塩山市の区域は歴史的・文化的エリアの多い所なので、区域の除外や穴抜きなどに配慮しなければならない。また、換地計画にしても、照応の原則はあるものの、地権者の理解を計りながら、飛び換地、集約換地などを積極的に推進し、柔軟に対応することにより、福祉施設などの公的敷地の確保を図ることが求められる。その他、市街地区域内の農地の取り扱い、既成市街地の低未利用地の活用など、塩山市という地域の実情に適した弾力的な運用と推進が望まれる。

 また、良質で低廉な住宅を提供するため、土地区画整理事業区域への定期借地権の導入など、知恵をしぼり適用範囲の拡大、柔軟な発想等に基づいた計画を進めることが重要である。

 塩山市の市街地再開発事業にあたっては、景気の状況を勘案しながら、当面は、比較的小規模の事業に、とどめていくことが望ましい。さらに、今後の高齢化、女性の社会参加などの傾向を踏まえ、福祉施設、良質で低廉な住宅を、交通の利便性の高い中心市街地に提供する必要が生じてきている。

 市内の遊休地などにおいて市街地整備をしようとした場合、その新しい土地利用に応じた基盤整備を行なうことを前提にして、用途容積の制限を緩和する、いわゆるインセンティブゾーニングの適用を念頭においたほうがよい。

 これらの要素を吟味しながら、塩山市の地域に最もふさわしい計画を立案しなければならない。そのためには、既存施設を十分活用できる有機的な配置をも配慮しつつ、より投資効果のあがる計画が大切である。

4)、段階的整備計画

 塩山市のように、密集市街地が広範囲に広がっている地域の整備を、より効率的・有機的に推進させるためには、その地域の特異性を十分把握した上で、地域住民の合意形成を図りつつ、種々の整備手法をコンビネーションさせながら、段階的に整備を進めていく必要がある。

 すなわち、塩山市の市街地を再整備するにあたっては、行政・市民・企業が一体となって事業の調整をして、土地区画整理事業、市街地再開発事業、都市基盤施設整備事業などを有機的にリンクさせ、効率的で手戻りのない段階的な整備計画を策定する必要がある。

5)、社会ニーズ

 これまで各地で行なわれてきた土地区画整理事業、市街地再開発事業、都市基盤施設整備事業などをみると、いわゆる「金太郎飴」的な画一化された街づくりが大勢を占めている。壁面・植樹・ストリートファーニチャーなど、どの街を見ても同じ物ばかりであり、バリエーションの不足は否めない。

 塩山市の計画にあたっては、もっと高次元の観点からスタートしなければならない。すなわち、道路などの公共空間、建物などの民有地空間を対象として、配置・構成などの計画段階から、植樹・舗装の仕上げといった細かいものまで、すべてを考慮した都市空間の総合的なデザインを考えなければならない。いわゆる「アーバンデザイン」というカテゴリーに属する計画手法が昨今の社会ニーズからみて重要である。

 一昨年の京都会議以降、日本においても環境問題がクローズアップされたきた。

水質汚染・大気汚染などの地球環境、地球温暖化などのエネルギーの問題、科学物質・建設廃材などの廃棄物処理問題などである。21世紀が環境の時代といわれているが、まさに私たちの生命に影響する課題であるため、蔑ろにするわけにはいかない。

 その他、社会ニーズとしては、情報化・防災の問題も忘れてはならない。阪神・淡路大震災にみられた不備な点を補完し、新しい時代に対処できる、さらなる社会資本整備が大切である。

 (6)、すももの郷

 山梨県と言えば、誰もが「くだもの王国」と認識している。なかでも、ぶどう、もも、すももは生産高が日本一である。雨が少なく日照時間が長い、そして昼と夜の気温差が大きい、等がくだものの栽培に適しているのであろう。また、東京をはじめ大消費地を身近に抱えているという地の利も手伝って、「くだもの王国」が成り立っているのであろう。

いずれにしても、全国的に認められている周知の事実を生かさない手はない。

 そこで塩山もお隣の勝沼を凌駕するような「くだもの王国」としての特徴を街づくりに取り入れることが重要である。塩山はさくらんぼ、すももの栽培が多くあるが、特に、すももの生産高が日本一であることを最大限に利用した都市整備を図るのがいいと思う。

 勝沼にはぶどうの丘、ぶどうの国文化館、130軒の観光ぶどう園、30社を越すワイナリーなど、ぶどう一色の街づくりを進めている。塩山も身近に素晴らしい参考例があるので、そのノウハウを聞くなり、他の市町村のくだものによる街づくりの成功例を調査するなりして、塩山独自の特色ある施設の建設整備を図ることが、街の活性化を引き出してくれる。

 この、すももをターゲットにした塩山の街づくりが、周辺の石和の温泉、あるいは勝沼のぶどう等と有機的にリンクして、大菩薩への玄関口・塩山の知名度をさらにランクアップすることでしょう。

4、活力ある産業文化都市・塩山を目指して

 今後、塩山市を活力ある産業文化都市に発展させていくためには、市内における安全生活空間の確保、温暖化・酸性雨などの地球的規模の環境問題、特徴的・個性的な居住空間の創出、情報化を有効に活用できるシステムの構築などを施行することにより、豊かさを実感できる都市空間が求められている。

 それには、既成市街地の再生・再構築といった施設を、地域住民と行政、さらには企業とが一体となって整備手法のグランドデザインを構築する必要がある。

 現在、塩山と言えば「自然があふれる甲州の鎌倉」として名声を博している。確かに、乾徳山恵林寺など、信玄ゆかりの史跡が点在する歴史のまちである。しかし、歴史だけでは淋しい。今こそ、お隣の勝沼を凌駕するような「くだもの王国」としての特徴を街づくりに取り入れることが重要である。塩山は、「すももの郷に住もう」をキャッチフレーズにして、素晴らしい街づくりが行なわれることを期待します。HOME  入賞者一覧に戻る  一般応募者目次に戻る

 

文化振興による塩山市の活性化

――花神の登場を期待して――

佐賀県 武雄市 本田 昭毅

1.はじめに

作家の司馬遼太郎先生が、「花神(かしん)」という、すばらしい作品を残されている。花神は中国の言葉で、はなさかじじい花咲爺を意味するもので、塩山市に文化の花が咲き、文化の香る地方都市として形成されるために、多くの市民が花神となって登場されることを願っている。花咲爺は、枯れ木に花を咲かせる老爺のおとぎ話であるが、塩山市の文化のリーダーとして、市の活性化のために登場される人々を市民は待っている。自分たちの住んでいる町の道路や交通網が整備され、水資源開発や農林業の振興を図られ、また、商工業、教育、保健、福祉の充実を進められているが、私は塩山市に住む人々が、文化を産み、育て、保存することにより、市内を活性化させる方策について論議を深めたい。まず、文化が社会的遺産であるという認識が、地域住民に無ければ、文化を生み、育てることは不可能に近くなるのではないか。文化を育てるためには、市民と市役所職員が、文化は社会の共有財産という深い認識を持たなければならない。文化はこれまで長い間の生活のあらゆる習性であり、活動そのものが文化である。文化を振興させるには、まず第一に、日々の生活の衣・食・住の生活文化こそ文化の見える町づくりの基本である。塩山市の芸術文化を育て、伝統文化の継承の大切さを知る住民の認識を高める努力は市民の役目でもある。文化に接する機会の少ない市民にも、観たり、造ったり、参加できる文化こそ地方文化である。そのためには、文化事業を多くの人が参加できるように取り組むべきである。言うまでもなく、市役所の文化担当者が情熱と英知を備え、活力に満ちていなければ推進できない。塩山市を文化に対する意識の高い都市として育てるには、文化振興について市民が、個人のエゴイズムを捨て、文化を優先させる心を常に育てなければならない。文化振興による市の活性化についていつくか提言したい。

2.塩山市の文化

山梨県は、東京都の西隣に位置し、甲府盆地のほかは、平地が少なく森林面積が広い。昔から甲斐の国と呼ばれ、戦国時代には、武田信玄が勢いをふるっていた地域である。今は、県内には農業が盛んで首都圏への食料供給基地として栄えている。交通機関が進み、生活も豊かである。塩山市は歴史や文化と自然に恵まれた都市で、早くから文化が栄え、市民意識が高く、文化性の高い町である。地方の文化は、先人が守り育てた大きな遺産であり、未来へ伝える大きな使命が残されている。市内各地に貴重な文化財が現存し、文化に対する認識は高いが、文化を育てるには課題は大きい。文化の公共性、文化の共有財産という認識が各地で高まりを見せ、文化行政を重視する波が広がっている。文化を育てる市民の熱意と言っても、都市によって地域差は大きいのである。先年、九州のある都市で、世界的に有名な絵画を一枚で一億数千万円で美術館に購入する予算が市議会に提出されたところ、大きな議論を呼んだことがある。これは、文化が社会的遺産という認識が市民に無ければ議論は展開しない。もちろん、学校建設や福祉建設など、どこの都市にも急ぐものが数多くあるなかで、どちらを選ぶべきかについて大議論が重ねられたが、これは当然のことと思う。世界的な絵画を、これから何十年も展示すれば、多くの市民が接することが出来るし、今後まったく入手できないことも考えられるが、福祉事業、医療事業など市民生活に直結した事業が山積の中で、議会では議論に議論を重ねられ、市民の病気を治療するにも、教育をするにも、市民意識を高め、市民の豊かな心が必要と言う結論を出され、巨額の絵画一枚の購入を議会は承認された。文化は長い歴史の中から養われた知識、信仰、芸術、道徳、法律、慣習、その他あらゆる日常生活そのものであり、日々の人間活動こそ、文化の第一である。

3.豊かな心の町づくり

(1) 生活文化の創造

人間の日々の生活、つまり衣・食・住が文化の基本である。「衣」では、地方の独特の織物、和服や帯、ネクタイの製造、普及を進め、衣服のファッションの発祥地として塩山市を育てられたい。大都市に育たぬ地方の魅力、温かみを持っていると思う。毎年、市内で和服や洋服のファッションショーやコンテストの会場を市内に選ばれたい。「食」では、塩山市は、農産物の生産が盛んであり、農作物栽培研究の国際的機関を整備し、野菜、果物栽培の歴史を残し、農業の技術向上を進める。首都圏の食料基地として、生産の場、流通拠点の場、研究の場として整備されたい。さらに、農耕文化の歴史を後世に伝えるために、農耕用具を収集し、保存、展示に努められたい。また農村の民俗資料を保存する資料館、それも世界一の施設を整備されたい。また、食事を楽しむために、毎日使っている食器の楽しみがある。九州には、伝統ある有田焼をはじめ、多くの窯元があり、食器の文化がある。自分で食器を作り、自分の食器で食事を楽しませたい。そのために、市の生涯学習講座で、陶芸講座を充実されたい。陶芸コンクールを毎年市内で開催し、技術向上と趣味を充実させてやりたい。「住」においては、気候にふさわしい町造り、家造りを進め、和風、洋風建築の防災モデル住宅、建材の公営展示場を設け、日本の「住」のモデルとして整備されたい。旧家や町並み保存のために、自治体の努力も必要である。このように、「衣」「食」「住」の文化向上こそ地域文化振興の基本である。文化は、日々の中に育っている。

(2) 芸術文化の育成

塩山市は、古くから開かれた地域で、文化財が多く現存しており、その保存と住民への展示を今後も努めるべきである。伝統文化の継承として、お祭りの振興などに課題は大きいが、各地で伝承に努力されている。文化の継承の意義について市民が知らねばならない。市内の文化サークル活性化のために、絵画、書道、写真、陶器製作などのサークル活動に市が支援を行ない、活性化させるべきである。中央の本物の演劇などを市内で見られるように、文化関係者が催し物を誘致して文化に接する機会を与えたい。また、ローカル演劇の振興も同時に進めたい。文学愛好者には、地域の読書サークルをいくつも作って、さらに育てるべきである。埼玉県の三芳町では、教育委員会が町内出身者や町内に住む識者を中心に、文庫本を編集発行されていることは良く知られている。市内には、歴史や文化の話、山や川の話、民話など材料は多い。塩山市でも自治体において、文庫本の編集、発行を計画され、市民が多く参加されることを期待する。また、方言にはどこの言葉にも温かみがある。若い人達で方言を語る人が少なくなったので、山梨の言葉で全国弁論大会を開催されたい。文化遺跡に恵まれており、史跡めぐりや歴史街道歩く会を毎月開き、甲州街道、東海道などを歩く会を作って歩いていただきたい。市外からも多くの人が参加すると確信する。

(3) 意識文化の向上

地方文化の高揚を図るには、第一に住民の意識を高めなければならない。地方には、昔から思いやりの温かい心が今も残っている。梅や桜の花、フルーツの花木、秋の紅葉に囲まれた生活。先人から受け継いだ温かい人情味を育て、生きがいのある町、塩山市を育てなければならない。仲秋の名月の観月会や七夕祭りなどを各地で家族で楽しむ「ロマン」を、これからいつまでも残したい。そのために市内で観月会や七夕祭りを市で取り組んでいただきたい。市民の豊かな心を育てるためには、幼児の時から、心豊かな子供を育てるための市の施策が必要である。地方には、まだまだ昔からの人間関係と人情味が残っており、人情味の大切さを、あらゆる機会に住民に知らせ、意識を高める努力をしなければならない。行政と住民が一体化し、政治が常に住民のためにあり、心豊かな住民と、心豊かな政治が重なり、地方の文化が育ち、市民意識が高められる。文化行政の推進役は、市役所職員である。このため、行政職員の資質向上が必要である。その職員に熱意と情熱が無ければ、地域の文化は育たない。市民を単に有識者に育てるだけでなく、文化振興に対する常識的な道理を理解する人達を多く育てることである。市民が行政に対し、個人のエゴイズムを出さずに協力する意識の高い地域に育て、文化の香る地域に育てなければならない。文化施設用地や駐車場用地の提供などに協力する市民を、常に育てなければならない。市民意識の高揚を図るため、市民に対する広報公聴の為に充実されたい。塩山市の文化振興のために、ふるさと文化大使の委嘱について提言したい。この大使は、塩山市の文化振興について関心を有する人を、市教育委員会が委嘱することにし、毎年、東京と市内で大使会議を開き、文化振興について意見を交換していただくものである。塩山市出身の芸能人・文化人を招き、ふるさとの文化振興のために、第一線で活躍されている方々による演奏会や講演会が出来るのである。市議員の文化に対する燃えるような情熱と英知が必要である。このためヨーロッパの自然、風土に接して、図書館や美術館を見学し、新しい発想の転換が必要である。文化担当者に民間から採用したり、図書館長に民間人を起用するなど、思い切った人事交流が必要である。新しい地域文化づくりのために、全市民が文化の花神として演出されることを大いに期待する。終

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東京都町田市 小林 公司

 

塩山市は他市町村にくらべ「特色がないのが特色」である。恵林寺はひと頃のブームが去り、塩山温泉は石和温泉郷に客をとられ、まちは高齢化が進んでいる。私は隣り町の勝沼町出身であり、塩山市には母の実家がある。従って塩山市の活性化にはとても関心がある。いま塩山市は新しい時代を迎えようとしている。念願の「雁坂トンネル」開通がそれだ。三富村と大滝村とを結ぶ雁坂トンネルは、塩山市に新しい風を吹き込もうとしている。山梨県と埼玉県の道路上の連結は、産業、観光、生活等すべての面で風通しをよくするに違いない。これを観光の面でとらえると、秩父の三峰山+三富の西沢渓谷・広瀬ダム+塩山の恵林寺=山梨・埼玉の「新観光ルートの開発」になる。この新観光ルートを軌道にのせるためには、新しい発想による新しい創造が必要なのは言うまでもない。残念ながら塩山市には大勢の団体客が宿泊できる施設が乏しく、石和温泉郷に客は流れて行く。

私の提言の第1は、恵林寺近くに新しい塩山温泉郷を建設することである。これは新しい「まち起こし」だ。幸い近年、恵林寺近くの隼地区に新しい温泉が掘り当てられた。この新温泉地区を整備・拡大して新しい塩山温泉郷する提言である。市はこの地区の土地を地主の協力を得て適正価格で購入し、大勢の団体客が宿泊できる、近代的な温泉旅館を誘致するのである。この隼地区の温泉には多くのメリットがある。@恵林寺に近隣する。A湯が熱く、冬の露天風呂にも対応できる。B笛吹川沿いで環境がよい。C旅館立地、大型バスの駐車上等の土地スペースが十分ある。D秩父街道と石和・甲府を結ぶ道路沿いで交通の便がよい。こうしたメリットを生かして、次に具体的な5つの提言をする。

(1) 市では新温泉から少し下流にある笛吹温泉までの川沿いの土手を整備し、観光客に散策などの便を図る。また両側の土手に桜の木を植えれば新名所にもなる。清流笛吹川と清浄な空間はきっと訪れた人の心を安めるに違いない。

(2) 笛吹温泉の川向こうの雑木林はかなりのカブトムシがとれ、知られざるカブトムシの宝庫である。私はここをシーズンは「カブトムシ園」にして開放すれば、家族連れは大いに喜ぶ。カブトムシは近くの農家などと提携して養殖したものを利用するのだ。

(3) 旅館は料理が命だ。どこへ行っても同じような料理では旅の楽しさは半減する。山梨県や塩山市ならではの地の素材を活用してのオリジナルな料理を考案するのだ。例としていくつかをあげる。@三富で飼育されているイノブタの肉料理。Aヤマメ・アユ・マス等の魚料理。B地元で栽培される有機野菜の料理。C大菩薩嶺の岩清水の冷水利用。Dワインは塩山産、勝沼産のものを利用。Eブドウ液もフルーティでおいしい。F食後のデザートには地元特産のモモ・ブドウの利用等。

(4) 一宮のモモ狩り、勝沼町へのブドウ狩りには首都圏に近いこともあり、大勢の日帰り観光客が訪れる。こういう人たちに名刹・恵林寺を見ていただき、名湯・塩山温泉で一風呂浴びて帰っていただく作戦を立てるのだ。このための道案内、看板を中央道、国道20号線、甲府バイパス、雁坂道などの各要所に立てる。また旅の雑誌、温泉案内書への宣伝や各観光会社等との連携はとりわけ大切だ。

(5) 作家、林真理子氏による塩山市中心のラブ・ロマンスの原稿執筆を市で依頼するのだ。ご承知のように直木賞作家、林氏は隣の山梨市出身である。高名な林氏に塩山市中心の恋愛小説を執筆していただき、本の出版と同時にそれをテレビ化、映像化するのである。活字文化、映像文化による塩山市の活性化計画である。

提言の第2は「駅名の変更」だ。隣の勝沼町は中央本線の勝沼駅を「勝沼ブドウ郷駅」に変更し、全国に勝沼はブドウ郷とのイメージを定着させた。塩山駅はなじみ深い駅名ではあるが、一地方都市塩山市の駅の名にすぎず、日本全国を意識した名前ではない。私は塩山市が古い衣を脱ぎ捨て、21世紀新しい都市に脱皮するのなら、まず全国に冠たる駅名変更から始めたらどうかと思う。

塩山市が誇るべき名所は2つある。これを駅名につけるのである。一つは「恵林寺」。もう一つは「塩山温泉」だ。ご承知のように恵林寺は武田信玄の菩提寺であり、全国に名高い名刹である。塩山温泉は「美人の湯」にふさわしいぬめりのあるアルカリ性温泉で、一度入ったらまた入りたくなる名湯だ。私はこの二つを合わせて、少々長いが「恵林寺・塩山温泉駅」に駅名変更することを提言する。

ちなみに北陸本線には大聖寺駅、加賀温泉駅などがある。塩山という駅名はいわば無色で、イメージが広がらない。知らない人は塩の山があるのかと誤解さえする。「恵林寺・塩山温泉駅」という駅名は「寺と温泉」のイメージに彩られ、旅情をそそる。昔、中央本線には与瀬駅があった。これを相模湖駅に変更して観光客を誘致した。駅名の変更は単なる駅の名前を変えただけにとどまらない。「恵林寺・塩山温泉駅」への変更は、恵林寺と塩山温泉を中心にしたまち起こしの決意表明であり、市をあげての予算的、場所的、人的の支援体制を意味する。その具現化の一つが次の提言である。

提言3、駅出入口を恵林寺の山門風に改築する。駅前広場から2階の階段に上がる出入口の所に黒塗りの四本柱で山門を建造する。山門の柱や梁や屋根は、古家を解体した時に出る古材を使えばリサイクルにもなるし、風格も出る。山門の看板には、快川国師の有名な「滅却心頭火自涼」の言葉を書道家に頼んで書いてもらい、それをノミで深く削って白塗りの字で仕上げるのだ。また駅前広場から続く塩山商店街の出入口には、塩山温泉の大看板を掲げ、各温泉旅館を明示する。道案内の標示やマイクロバスの送迎は言うまでもない。

提言4、夢おこしによる塩山のまちおこし。塩山市の活性化は、行政側と有識者がその未来像を描くにしても、その過程にどう地域住民の「夢や願い」を取り入れるか、それがまちおこしのキーポイントになる。

いま首都圏だけではなく地方の選挙に於ても、低投票率が問題になっている。「政治への無関心」が原因だといわれるが、一住民の立場から言うと、無関心ではなく政治への「愛想づかし」がその原因である。投票をしないことで、政治への拒否の意志表示をしているわけだ。政治への無関心をなくし、信頼を取り戻すキーワードは「参加」である。いかに住民を政治に、まちおこしに参加させるかだ。住民参加の底辺からの盛り上がりがない限り、政治やまちの活性化は望めない。昔と違い今は、高度情報化社会の中で、飛躍的に知識の量が増え、住民の問題意識も高まっている。先に述べた政治への無関心層が広がっているのは、政治や行政がそうした住民の問題意識を取り上げ、充分に対応してこなかったからだと思う。行政側がいくら先見性のあるグランドデザインを打ち上げても、自分たちと関係のない所で行なわれている限り、無関心にならざるを得ない。21世紀の足音が聞えはじめたいま、新しい発想に立ちたい。新世紀、塩山市の新しい政治の創造やまちおこしは、行政側や有識者等の一部の人たちだけによるものではなく、地域全住民の夢や願いを掘り起こす「夢投票」をベースにしてのグランドデザインでありたい。次はその「夢投票」の具体的構想である。

(1) 4年に1回の塩山市長選挙の時、選挙の投票と同時に夢投票を行なうのである。この投票は小学校一年生から高齢者まで、市民であれば誰でも行なえ、「住みよい塩山市のまちづくり」をテーマに、環境・福祉・経済・教育等のあらゆる分野で自分の「夢や願い」を書いて投票するのだ。立候補者が市民の夢投票の内容を政策プランに反映することを公約すれば、一層住民の投票への参加意欲は高まる。投票内容は市政に対する批判、苦情等のネガティブのものより、アイディア、政策提言等のアクティブなものが望ましい。

(2) 次の図は夢投票に使う投票用紙である。投票用紙は一人一票(一人一点の夢記入)とし、各家庭に小学校一年生以上の家族数を配布する。チラシには夢投票の趣旨や書き方を例示する。分野の欄には1政治、2経済、3教育、4福祉というように投票内容に応じて分野の番号を記入する。夢投票への記入は自宅で記入済みを原則とし、投票箱は会場入口付近等に設置して投票しやすいようにする。夢投票への投票は自由参加であるが、大勢の人に参加してもらうよう呼びかける。

(3) 夢投票の主催は「21塩山市ドリーム委員会(仮称)」(塩山市役所、市民代表者、有識者)を本部とし、各地区に支部を置く。各支部(投票場)では住民の夢や願いを分類整理し、本部に送付する。本部ではそれらをまとめ、記録・保管し、塩山市の活性化に積極的に生かしていく。

(4) 採用された夢や願いは市の公報紙に市長と議長の連名で公表し、投票者には賞品と賞状等を贈る。夢投票で則実行に移せるものは、各行政機関が実行し、まちを活性化する。また予算の必要なものは議会で審議し、実行に移す。

(5) 特に小学生・中学生・高校生に対しては、郷土への愛着と関心を持たせるために、市のポスターを持参し、校長会等へのはたらきかけはもとより、全校集会等に担当者が直接出向くなど、積極的な公報活動を展開する。

夢投票の夢はだれにでも描け、だれでも参加できる。願いは多くの人が持っている。例え自分の夢や願いが採用されなくても、意見・要望を言えたことで、ある程度の満足は得られる。何よりその後の「住みよい塩山市の活性化プラン」に関心をよせ、協力していくことになる。21世紀は中央集権から地方分権の「地方の時代」になるといわれる。首都圏に近く、人材豊かな塩山市が、この「夢投票」による住民参加のまちおこしに先鞭をつけ、「地方の時代の旗手」になることを夢みている。

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「塩山市−まちづくり対策」

          三重県紀伊長島町 行田通世

 塩山市=工ンザンシの「まちづくり」をうんぬんする前に、全国で塩山市の存在を知る人が、どれだけいるか、を考えてみる必要がある。

 そういう僕は、東京生まれ。関東甲信越地方の山梨県には、九州や北海道の人に比べれば、地理的にも心情的にも、当然なじみが深い。

 しかし、その山梨に塩山市なる町があるということを、60歳近くなるまで、恥ずかしながら知らなかった。

 東京生まれといっても、子供の頃は疎開代わりの伊豆暮らし、長じては勤務の関係で大阪暮らしと、必ずしも山梨の近くに住んでいた訳ではないし、地理的な知識も弱く、車も運転できないので、方向音痴である。さらに白状すれば、山梨県には足を踏み入れたことがない。そういうハンディを差し引いても、恥ずかしながらと前記したが、塩山市の存在を知らないことは、実は少しも恥ずべきこととは思っていない。

やはり、山梨と言えば甲府・甲州ブドウ・甲州街道・武田信玄・富士山等々がすぐ浮かぶのが、一般的な知識で、どう見ても、そこに塩山市は出てこない。

 第一、塩山市が日本一のブドウの産地だとか、武田信玄の生まれた居城があるとか、富士山の山梨県側唯一の登山口であるとか、何か「これぞ」という、「全国区」の大きな特徴・目玉でもなければ、地名などは、広く人口に膾炙することはない。

この間、テレビの「赤恥・青恥」というクイズ番組を見ていたら、神戸は何県にあるか?ということを、町のギャルたちに無差別に聞いている場面があった。詳しい答えは忘れたが、10人近く聞いたうち、誰ひとり「神戸市は兵庫県にある」と答えた人はいなかった。 神戸は「沖縄」にあるなどは、まだ良いほうで、日本海にあるとか、東北地方とか、実際にそう答えたわけではないが、それぐらい県ではなく地方や地域という、答えにもなっていない答えを出す突拍子もない場面が次々と出てきた。

 呆れる以前に、「いくら世紀末でも、日本の国はこれでいいのか」と、その資格もないのに「日本の責任者」のように、憂いたものである。

 ことほど左様に、日本といわず世界といわず、その地名の所在地などということに、全く無知・無頓着、しかもそれを恥とも思わぬ新人類が圧倒的に増えているのだ。

 やがて来る21世紀は、そんな新人類が主流派の一角を占めることを覚悟、少なくとも常に意識せざるを得ないのだ。 「昔の常識は非常識」の時代が到来しているのだ。 そんな大きな時代背景も、踏まえておかなければならない時代になってしまった―ということである。

 そんな中で、わが塩山市の「まちづくり」策はまず、「エンザン」と読む地名の宣伝。

エンザンシを世に広めるのが、第一歩だ。 予算を相当潤沢に確保して、全国紙など、適当なメディアに「山梨の塩山市をご存知ですか?」とPRしてみることだ。

 そこで、どんな反応があるかさぐるのだ。簡単なクイズを出して、塩山市の見学ツアー(宿泊)に無料招待をしたり、名産品などを「賞品」にする。

その反応で、全国にどれだけの人が塩山市を知っているか?塩山という地名を確実に読めるか?を、探り出すのだ。 そのPRには、塩山市の地理的な位置・市の概要・特産品・名所古跡なとの紹介はもちろん必須条件だ。

 事実、僕白身、塩山市に何があり、何が特徴なのか、皆目分からない。僕は一度も経験がないが、初めてのお見合いのようなもので、釣書を作らなければならない。 必要なのは、「魅力ある自己紹介」であり正しさ・親しみやすさも必要条件である。

 さらに「絶対必要条件」は、塩山市を訪ずれる人への「たずねやすさ」である。

 塩山市に行くと、誰もが頼りにできる「塩山市お客様センター」を、設置するのだ。これは市内目抜きか、中心部か、さらにはそれらを含む数カ所にあれば、なお結構だ。この複数ケ所案も含む「お客様センター」で、塩山市来訪者に、「塩山市早分かり」の知識を吸収してもらう。 市営施設として、「宿泊施設」「入浴・シャワー施設」なども併設して、宿泊者にも、来訪者にも、それぞれ任意に簡単に利用できるようにする。

 ―以上、いろいろ述べてきたが、今現在の塩山市の知名度では、総花的・総合的にあれこれ「まちづくり対策」を、策定しても意味がないと思う。

 そのため、この塩山市の数次の短期計画を策定して、「段階的まちづくり計画」を、推進するべきだ。 例えば、この11年度に、まず、「塩山市をご存知ですか」というPR、その知名度確認のためのクイズ・塩山市招待・特産品の賞品提供などを行う。

それを受けて、12年度に、とりあえず、1ケ所、塩山市のPRセンターともいうべき「お客様センター」を設置する。いきなり、宿泊施設まで併設できなければ休憩のできるサロン的な空間・簡単な飲食施設・入浴・シャワー施設などを設置する。

 そこで、パンフレット・ビデオなどのほかに、塩山イメージレディ的な「案内役」に、親切・簡単・分かりすい説明をしてもらう。 この第一次・第二次計画の推移の間に、第3次以降の計画を、着々と練り上げる寸法である。

「ローマは一日にしてならず」ではないが「塩山もまた1日にしてならず」で、地道で着実な計画を、一歩一歩推進するのが、「塩山売出しの近道」である。

 急がば回れの金言もあるように―。HOME  入賞者一覧に戻る  一般応募者目次に戻る

 

大学創設による人口増加策

兵庫県明石市 荻野 斉

 

 一、提案の槻要

塩山市の活性化をいかにと思うとき、私は新しい形態の四年制大学の創設を提案したいと考えるのだがどうであろうか。

 で、ここに言う新しい形態の大学と言うのは、「誰でも無試験で入学はできるが、入学後の学業を怠るといつまでも卒業できないと言うシステム」なのである。つまり、学問をしたいと志す者には誰に

でもその門戸を開くが、真にその志をまっとうする者にしか資格は与えないと言う考え方なのである。

 このような考え方は、大学のあり方の一方向として以前より論議としてはあったから、その意味においてはとりたてて新しいとは言えないのであるが、それらはあくまでも論議の中のみで終始してし

まい、現実にはこのような大学は全国に存在していないようなのである。

 そこで、創設する大学の概要について述べねばならないのであるが、その前に、一体このような大学の創設と塩山市の活性化とはいかに結び付くかについてを先に述べたいと思う。

 二、活性化との結び付き

 いま、全国いずれの都市においても人口の逓減は深刻な問題であり、その一番の原因は少子化であろう。そしてこれに加え、地方都市にあっては若者の大都市への流出に歯止めが掛からず、問題をさらに深刻にしているのが実態と言える。つまり、若者をいかにして地元に引き止めるか、あるいはいかにして外部より引き寄せ定着させるかが、地方都市存続の鍵と言っても過言ではない。要は、次世帯を担う若者を定着させるに足る魅力ある産業(観光を含む)がいかほど存在するのか、否かに掛かっていると言える。しかし、これらは一朝一夕にしてはむづかしく、中でも観光は、幸いにも何か新たなものを見い出したとしても、たいていの場合季節要因が絡むから、一年を通じてコンスタントに外部より人々を呼び寄せる産業と

はなり難いのである。

 そこで、先に述べたような大学の創設と言うことになる。「無試験で、誰でも入れる」とあるからには、高校を卒業した若者だけとは限らない。社会人からのユーターン組もあろうし、高齢者もいるかも知れないが、やはり主力は高校卒の若者となろう。

創設当初は、学部を限定し、五〇〇人程度の小規模なものとして発足したとしても、それだけの若者を中心とした人間が塩山市に毎日通ってくるのである。いや、通ってくると言うのは通学可能な近隣の者のみで、遠方の者は市内に居住するだろう。

 たとえ五〇〇人でも、それらの人々は毎日何かを消費するわけだから、その金は塩山市に落ちる。在学中市内に居住する者が多ければ多い程、落ちる金は増える。場合によっては、それらの人々が居住するアパート、寮の新設も発生する。これらは校舎と併せて新たな建設の需要をもたらすわけで、まとまった大きな消費の発生と言えよう。

 もちろん、四年の経過を経て大方の学生は塩山市を離れて行くだろう。しかし入れ替わりに新たな学生が訪れる。年月が経ち経営が軌道に乗り、学部も次第に増え、大学の規模が拡大するに従って、塩山市に落ちる金も次第に増えて行く。

 もとより、より多くの学生を塩山市に呼び寄せるには、歴史と言うある程度の時間を必要とするのかも知れないが、先例が無く、しかも我が国に一つしかない「入学無試験大学」と言う強みも逆にあることを考えると、当初において、この程度の員数を確保することはさして至難ではないだろう。

 さらに、もう一つの強みとして上げられるものに「知名度」がある。もちろん、誕生間もない大学に何の知名度と疑問の生ずるのは当然であるが、おそらく、このような大学が誕生したなら、新聞・テレビをはじめとしたマスコミで大きな話題となるだろう。そしてこの情報は、即刻全国の高校にも流れ、進学を目指す者の大きな話題となるだろう。言うなれば、誕生と同時に「大学」も「塩山市」も全国区的知名度を得ることになる。よって、このような情報による効果を考慮に入れると、三、四年で2,000人程度には充分なるだろうし、四、五千人の将来も案外に早いと考えるがどうだろうか。

 このように、全国を学生募集の市場と考えると、おそらく入学希望者の大半は他府県の居住者となろうから、それらの人々の住居の新たな需要は、想像以上に発生する可能性を秘めていると言えるのではなかろうか。

 つまり、それほどの年月を掛けずして、計画の初期段階より、消費の主力である若者を中心とした五〇〇人程度の人口増加が実現でき、しかもその人口増加は将来にわたって益々期待が持てると言うわけで、これらはすべて消費の増加をもたらすから、ひいては塩山市の財政の大きな支えとなることは間違いない。

 もちろん、県外よりの入学者で、市内に居住する者のすべてが塩山市に住民票を移動するとは限らないから、これらのすべてが統計上の人口増加につながらないかも知れないが、この場合の大事なことは、いかにして新たな消費の発生を促すか、それにより市内の商店が潤い、ひいては市の財政を豊かにすることであるから、住民票の存在そのものにこだわる必要はあまりないのである。

 以上が、塩山市の活性化に大学の創設がいかに有効かの論拠なのであるが、ここで問題となるのは、このような「入学無試験大学」に入学を希望する者が、果たしていかほど存在するのかと言う一般の疑問であろうと思う。つまり、入学を希望する者が先に上げた当方の思惑程度存在すれば経営は成り立つが、そんなに存在しないのではないかと言う危惧の意見もあろうと思うので、それについて次に述べたい。

 三、経営の成否

 この提案の成否のすべては、このような大学への入学希望者が果

たしてどの程度存在するのかに掛かっている。

 私の想像するところ、この企画に対する受け取り側の最大の懸念は、「無試験で入学出来る大学なんて聞いたことがない」、「そんな大学に良質の学生が来るはずがない」と言う先入観から発する思考が、「そんな大学を出ても一流企業への就職は叶わないから」に結び付く疑念であろうと思うし、それが我が国一般の観念として長らく存在していることも否定はしない。

 だが、時代は急速に動いている。

 小渕首相は、今般の総裁選の公約に教育を大きく取り上げ、「国立大学の民営化」「大学への競争原理の導入」並びに、「社会人を対象にした再教育システムの構築」を提唱しているし、一方、東京都教育庁は九月七日に「学科試験も内申書の提出も求めず、志願者の熱意を最重視して入学者を選抜する新しいタイプの都立高校を来年度からスタートさせる」と発表している。

 おそらく、このような教育界の大きな変革の中で、ここに提案する「入学無試験大学」も早晩、いずこかの都市で誕生するだろう。なにごとも時代を読み、先陣を切るところに大きな収穫があると考えるがどうであろうか。

 要は、大学の運営の仕方にあろうと思う。設立当初は学部の少ない小規模な大学であっても、「設備の充実」と「良質な教授陣の配置」に心を配れば、それらは風評としても世間に伝わり、真に学ぼうとする者の選択の一校となり得る筈であり、ましてや、学業を怠っては卒業出来ないわけであるから、質の悪い学生が社会に巣立って行く懸念は全くないのである。

 また、募集要項には当然、「入学は無試験だが、入学後の学業を怠ると進級並びに卒業は全く叶わない」旨が大きくうたってあろうから、一度入学してしまうと殆ど勉強をしない現代の多くの大学生よりは、むしろずっと良質な人間が集まるのではないだろうか。

 で、さらに、このことを全く逆の「入試」と言う角度から眺めた場合はどうだろう。入試と言う関門は、成績優秀なれば誰でも必ず突破出来ると言う性格のものではない。いかに優秀であろうともそ

こには運不運と言う、本人にはいかようにも処し難い運命がつきまとう。このような入試に失敗した優秀な学生にとって、ここに掲げるような大学は、またとない勉学の場となろうから、その方面からの入学希望者も相当見込めると言う計算も成り立つのである。

四、設置学部

 創立当初の学部数は、ごく絞った四ないし五位でよいと思う。それも時流に沿った(社会で需要の多い)、そして希望者も多いであろう情報通信関連を中心とした工学および光学系が望ましいと考える。

 当初の学部数を極端に絞る理由は、大学と言えども経営であるからで、需要(入学希望者)の多い部門から着実に手掛け、短期間をもって採算に乗せる必要があるからで、またそうすることで、当初の設備投資も圧縮されるからである。

五、終わりに

 以上が、「塩山市活性化」に対する私の提案なのであります。大学の創設と言うと、何か非常に手掛けにくい事業と言う印象を受けられるかも知れないが、他の事業あるいは観光に類する催事や物販と異なり、教育と言う面よりの資金援助あるいは特別融資と言った、国をはじめとした数々の助成があることは、資金面から見た場合、逆に取り組みやすい事業とも言える。

 これらを勘案の上、大学の帰属を「塩山市立とするか」、あるいは地元財界の出資を得て「私立とするか」の選択をされればよいと考える。

 資金と併せて「塩山市の活性化」を考える場合に大事なことは、「塩山市の将来の展望にいかに寄与するか」であろうと思う。その意味において大学の創設は、将来に向かって多くの人間を吸引しつつ拡大を続ける、夢と可能性を秘めた、しかも後世に残る一大事業と言えるのではないだろうか。

 そして、もう一つ付け加えるならば、この大学の創設に当たっては、立地条件を懸念する必要は全くないのである。つまり大都市でなくては入学者が来ないのではと言う懸念の必要は全くないと言うことである。なぜなら、全国にたった一校しかないからである。

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[カルチャー21宣言都市](仮称)の建設を

                      東京都北区 矢沢昭郎

◆塩山市の現状と未来性

 塩山市は中央線開通によって開けた町といえます。しかし車社会の到来により、流通活動を鉄道に依存して発展してきた塩山市は、いまや根本的な改革を迫られているといえます。

 塩山市の発展・安定期は、、1903年(明治36年)の鉄道開通、1928年の町制施行、1954年の市制施行を経て、モーターリゼイションによる流通革新が定着するまでの約60年間であったといえましょう。

 その間の推移及び現状については紙数もないので省略しますが、流通動脈の力点が道路交通に移動してしまった現在、また日本全体が単なる経済大国から真の文化国家建設に向かって手探りをしている今日、産業振興を中心とする塩山市の活性化は、はとんど不可能ではないかと思われます。鉄道流通時代に旧

塩山町が繁栄したのは、奥野田、大藤、神金、玉宮、松里村の把沃な農村がヒンターランドとして控えていたからです。いまはこのヒンターランドは、果実や野菜を栽培して自動車運送によって首都圏と直結しており、それ自体は安定度が高いがそれ以上の発足は期待できない状態にあります。

 また観光資源も、大菩薩、西沢渓谷、秩父連山、一之瀬高原、あるいは恵林寺、放光寺、雲峰寺、塩山温泉、嵯峨塩温泉など一応名が通っていて、塩山はその玄関口として賑わいました。

 しかし自動車の普及によって観光ルートが変わるとともに、観光ニーズが質的変化し、観光構造もまた変様してしまいましたから、これらの観光資源は集客力をはとんど失ってしまい、同時に玄関口としての塩山の立地も失われてしまいました。“緑と自然がいっぱい”を売り物にしても、“マス”客は呼べませんし、ぶどう、桃、さくらんぼ関連の観光資源も、中央道沿線の他地域には対抗できない状態です。したがって、レジャーランドなどの巨大施設誘致も望み薄の現状といえましょう。

 このように見てくると、塩山市の活性化を、殖産振興とか産業構造の改革という面で期待するのは、極めて可能性が薄いといえます。もちろん農産物の品種改良とか、道路拡張、また道路整備によって沿線にスーパー、コンビニエンスストアー、ドライブイン、飲食店、土産物店、自動車関連事業者などの誘致

環境を整備していくことは必要です。しかしこれらはすでにかなり充足していると判断して差支えなく、今後、大きな期待が持てるとは思えません。

 一方、近年のわが国の社会動向には、次のような顕著な特徴が見られます。

  @自治体及び企業による文化活動の活発化

  A環境整備と福祉の向上

  Bボランティア活動の市民化

 これはわが国が単なる経済大国レベルから一歩進んで、真の先進的文明国家への道を歩み出したことを意味します。未曾有の不況といわれる最近の経済動向も、経済繁栄中心の国家経営から文化国家に生まれ変わる過渡的な陣痛と見れば一面の納得はいくと思います。そしてこの動向は、21世紀に向けてさらに

進展していくことは疑う余地がありません。

 そこで塩山市も、こうした動向を踏まえながら(あるいは先取りして)、政策の重点を『文化都市建設』に大転換し、2001年を期して[カルチャー21宣言都市](仮称)のキャッチフレーズを掲げて、全国に名の通ったユニークな地方文化都市づくりをめざすべきであると思います。

 しかし文化都市づくりをめざしたところで、市の活性化につながらなければ意味がありません。

 要は人集めです。人を集めるには、人が自然に集まる環境づくりをしていけばよいのです。中国の諺に[桃李いわざれど下おのずから径をなす]とか[人が多く通ればそこが道になる]というのがありますが、現代は[桃李]も[道]も人工的につくって“マス”で人を集める時代です。そして人が集まり出すと

人が人を呼び、活気が生れ、マスコミが飛びついて、さらにあおりたてます。

 そこで塩山市は、文化都市建設という命題と人集め政策を車の両輪にして、

50100年規模の、幅広い、かつ超長期的・巨視的な政策を根気よく推進していくべきであると考えます。

◆具体的な提言項目

T総合文化活動の展開

自治体及び企業による文化活動が盛んになっていますが、21世紀にはさらに進展し、文化的貢献(環境整備、福祉向上、ボランティアも含む)をしない自治体や企業は、もはや社会的コンセンサスは得られなくなります。そこで[カルチャー21宣言都市](仮称)といったキャッチフレーズのもとに、50100年計画で次のような文化活動を推進していきます。

1、総合文化会館の建設

 郷土史、考古・民俗、物産などの展示をするほか、図書館、演劇・音楽会場、展覧会場、他の催事会場などを設けて幅広い利用に供します。

2、文化会館を中心に、次の文化活動を全国規模で展開します。

 a、「介山時代小説賞」の創設

  中里介山に因んで大衆時代小説を公募し、時代小説新人登竜門として位置づけます。

 b、「しおのやま短歌賞」の創設

  しほのやま差出の礎に・・・、また松の緑・・の和歌に因んで、松をテーマにした短歌を公募します。

 c、童話または日常の感想文を公募して刊行

  [塩]に因んだ童話または「小さな親切を受けて感激した体験談」の短かい感想文を公募して刊行します。

 d、「栄誉賞」(市民賞)の創設

  塩山市民を対象に、農業、工芸、物産など地域産業に貢献した人に対する表彰、及び塩山出身者を対象に文化的業績を上げた人に対する表彰を行ないます。

3、ユニーク美術館の建設

 他に例のないユニークな美術館として、例えばピカソ専門の美術館などにします。しかしピカソの作品収集には巨費がかかるので、初めは本物は12点とし、その代わり複製と研究書などをふんだんに集めて、美術鑑賞というよりピカソ研究の総合拠点にします。その際ピカソに関するエッセイ、研究論文、模写などを募集して盛り上げ、定例行事にします。ピカソの作品収集は漸進的に行なってゆけばよいでしょう。対象を誰にするかには議論が百出すると思われますが、モダンで最も今日的であり、しかも世界的なネームバリューという観点から、ピカソなどは最も適当と思われます。なお古典的なものや泰西名画ではインパクトが弱く、ユニークさに欠けるから、失敗する可能性が高いと思われます。

4、ジャンボ鶴田記念館(錬成体育館)の開設

 プロレスラー・ジャンボ鶴田の業績を称え、青少年の健全な体育錬成を目的とするための施設とします。

U観光客の誘致方策

 観光ニーズの質的変容により、在来の観光資源では集客力に限界があります。

 山紫水明とか豊かな自然があるといっても、現在の客は見向いてもくれません。そこで広義の観光活性化方策としては、まず[人が集まること]に力点をおくべきです。すなわち、在来の観光資源をにらみながらも[人集め]と[新しい観光ニーズ]に対応した幅広い方策を推進すべきと思います。速効性はありませんが、10年努力すればマスコミが放っておかないし、観光業者も積極的に送客してくるようになります。

 [人集め]方策として、次のことを逐次具体化してゆきます。

1、道真地蔵尊(みちざねじぞうそん)の奉祀

 菅田天神社の境内またはメーン商店街の適地に、学問の神様である菅原道真の地蔵尊を祀り、東京巣鴨の[とげぬき地蔵]のように、水洗いまたはおさすりなどにより、合格・就職・縁結び祈願の名所にします。

・縁日をきめ、商店会が一致して特売などのイベントを組み、屋台、露店、朝市なども開きます。

・宗教行事に行政は直接参画できないので、菅田神社を中心に、商工会や農協、商店会、有力企業などによる実行委員会を編成して運営に当たります。

  この場合、地元の新聞、テレビ局などのマスメディアの協賛を得ることが絶対必要です。

   *東京の[とげぬき地蔵]は月3回、4の日を縁日として 500600mほどの商店街がごった返すほどです。中高年が多いので、中高年向き衣料品店や雑貨店、化粧品店、飲食店が集中しています。

 

2、[願文神楽](かんもんかぐら)(仮称)の上演

学問の神様として合格祈願などの信仰厚い菅原道真の物語を、高千穂神楽(たかちほかぐら)、出雲神楽(いずもかぐら)、備中神楽(びっちゅうかぐら)のような演劇性の高い里神楽に創作し(ミュージカルの要素もアレンジ)晩秋から早春にかけて各地を巡業します。この場合、神様が願いを聞き届け、福を授けるというモチーフをセールスポイントにすることはもちろんです。

・神楽はアマチュアまたは愛好者による神楽座(かぐらざ)(神楽社中(かぐらしゃちゅう))によって上演します。

・上演時には道真地蔵尊(みちざねじぞうそん)を祀り、絵馬奉納、神札授与なども行ないます。

・郷土芸能としてレベルの高いものにします。

・富山県八尾町(やつおちょう)の[風の盆]のように、町ぐるみの年中行事にすればなおおもしろくなります。

   *台本は必要なら無料にて書いて差し上げます。(芸大のミュージカルの先生、備中神楽の神楽太夫(かぐらたゆう)にもコネあり)

 

3、キッカンジョの復活

むかし11314日に子どもによって行なわれていたキッカンジョをニュー モードで復活し、大字(おおあざ)または商店会などの単位で灯籠・山車などを工夫したセットに作り、夜の目抜き通りをパレードして競います。

・四角、三角、球、変形、擬体形、また特大、大、小、特小などの灯籠を組み合わせてアイデアを競うようにします。

4、[だいらぼっち・わんぱく相撲大会]の開催

 塩の山と石森山を苧殻(おがら)の天秤棒で担いで運んできたという力持ちの[だいらぼっち]伝説に因んで、市内小中学生の勝ち抜き相撲大会を行ないます。

5、その他、人集めのためのイベント

 a、恵林寺、向嶽寺、熊野神社、他、各地の立地条件のよい場所を選んで、物産、植木(山野草、盆栽含む)その他の朝市を定期的に開催します。

 b、[市民の日]を制定して[市民祭り]を行ない、各地でユニークなイベントを実施します。

 ・こどもによる大のりまき作りイベント

 ・大なべで特製ほうとうをつくって振るまうイベント

 ・案山子コンクール

 ・カラオケコンクール

V推進に当たってのワン・ポイント

 1、市民ぐるみで情熱と誇りをもって盛り上げていくムードづくりをすること。

 2、そのためには意欲的で熱意ある若いエネルギーを起用すること。

 3、地元マスコミの協賛・支持を絶対取りつけること。

 4、他地域に居住している塩山出身者に対しても、生家または同窓会、各地の県人会などを通じて定期的継続的に呼び掛け、理解を求めること。

                                       以上HOME  入賞者一覧に戻る  一般応募者目次に戻る

 

塩山市まちづくりについての提言

神奈川県川崎市 和気健吉

 

はじめに

塩山市が「がんばろう塩山99実行委員会」なるものを設け、これを通じ、まちづくりについて、第三者からの提言を求められている由。首都圏において業務上、各種企業の開発、新規分野進出などに関連して、種々協力などしてきたビジネス体験・ノウハウ・情報などを通じ、このテーマにつき提言致度く、いささかでもお役に立てればと思っている。

(1) 塩山市の概観

域外の、比較的近い首都圏にいる人たちには、塩山という都市の名称や、観光などのことについても情報が少ないために、余り詳しい知識を持たぬ人がかなりいるようである。私は平素公私の面で、国内外の各地域の情報の収集・分類・活用に努めているが、山梨県関連の中にも、塩山市の資料が乏しかったのを身近に体験している。

塩山市は、中央自動車道ならば、勝沼I.Cより入れるが、何といっても鉄道で中方本線の塩山駅があり、甲州街道沿いの由緒ある都市である。山梨県の市の中では、人口が約2.7万人と最も少ないが、面積は大月市に次いで広いようである。大菩薩峠へ登るときに、ここを経由したのが今も印象に残るが、この周辺の山歩きをする人たちには、馴染み深いと思われる。産業としては、農業がかなり盛んで、ブドウ・モモ・スモモなど、特に巨峰が有名らしく、"日本一の巨峰の里"というキャッチフレーズもあるとか。明治15年にデラウエアが導入されたと何かの資料で見たが、米国東海岸のデラウエア州はかつて商用で暫く滞在した地で、親しみを覚えるが、今この銘柄は如何なっているのか、米国の彼の地には知己もいるが。

(2) 塩山市活性化への方策

a 観光対策の推進

塩山市は、しおやま塩山という市街の背後にあった石英粗面岩の美しく、小さな丘陵の名前に由来するとか。いまの塩山市には、伝統・由緒ある古寺・神社などと共に、有名な温泉があちこちにある趣きのよさ。

塩山市として、この市を質的に豊かにするためにも、観光資源を守り育てることが望ましい。そのために質的に充実した観光資料を作成し、首都圏などの大手旅行会社―JRも―などを通じて配布が浸透されれば、全国網を通じて広くPRされ、各地からの観光客増加につながると信ずる。併せて塩山市に関する英語での観光資料も作成し、上述のルート経由と共に、東京に多い外国の在京観光局にも配布できれば、(これら外国の観光局では、その国の都市に関する日本語での観光資料が入手できる)いま増加している訪日外国人の観光にも役立ち、塩山訪問の外国人観光客もふえることであろう。(必要あれば、英文資料作成にご協力申上げ度存じます。)

塩山市から西沢渓谷へ、小さな旅をする人もかなりいるとか。この方向に向かえば、「信玄の隠し湯」といわれる三富温泉、川浦温泉、天科温泉などもある。東日本の渓谷の横綱格といわれる西沢渓谷は、私もかつて訪れたが、ここを巡るコースで、渓谷美を味わうのもよかろう。

秩父多摩国立公園にある三窪高原は植物の宝庫といわれ、レンゲツツジその他の花が季節毎に咲き乱れるとか。特にこの高原からの富士山や南アルプスを望む景観のすばらしさなど、余り知られていないが、積極的にPRすれば、観光に訪れる人もふえるであろう。

市の古寺・神社・温泉・渓谷などを巡回するマイクロバスを活用、観光ルートを設定すれば、知名度も高まろう。人力車やレンター・サイクルを設けるのも新しい案と考える。

塩山市には博物館・美術館がないようであるが、市の歴史・伝統ある美術品・民芸品など展示の施設を、市内の旧家の古い倉庫の建物などを活用、設けるのも一つの方策と考えられる。

(b)第一次産業

(イ) アグリビジネス

第一次産業の中でも、農業を中心としたアグリビジネス(農業関連産業)を検討・育成するのも一つの方策と考える。今後、成長が期待される種子ビジネスをはじめ、農産物中心の研究開発、素材資材供給から加工・流通道、周辺関連部門を含む産業分野で、従来の農業の枠を越えた拡農業、これは新品種開発、育種、育苗、飼料、農薬、農機、農業土木、食品加工、発酵、青果販売、外食などの事業に、バイオテクノロジーや自動化などの先端技術を利用した新規参入が活発化している。大手企業の中には、社名からは想像できぬ如き新分野進出を企画・実現しつつある。脱本業も多く、アグリビジネスとして、バイオ除草剤や、主要穀物の新品種開発、生ゴミ再利用野菜栽培、生シイタケ栽培用人工ホダ木の開発などに取り組む企業もある。これらの会社は、農業関連経験者や、取扱い・販売の実績・ルートなど少ない。塩山市にかなり多い農業関連の会社や人たちが、これら新規参入企業と提携・誘致により、地元の農業関連人材を活用すれば、相互にメリットが生まれる。

(ロ) フラワー・ビジネス

最近では、特に都市周辺のオフィスや家庭などに植木・花などの園芸品を並べたり、贈答用に花き類が用いられることが多い。花き、いわゆるフラワービジネスが、いまでは全国の小売段階で2兆円産業と報じられる程である。また海外からの輸入花(切り花・種苗類)が年間486億円(96年)、うち切り花226億円、種苗類260億円となっている。この将来性あるフラワー・ビジネスに、食品・鉄鋼・繊維・ガスなどの異業種企業が事業化に進出する程である。花きビジネスに経験も、販売ルートも、専門家もほとんどいないだけに、これら企業との提携や、事業の塩山地域への誘致などにより、フラワー・ビジネスの基盤を活用、育成して、花を咲かせるのもよいのではなかろうか。これら成長の要因は、高級花の根強い人気、切り花の普及による価格低下もある。土を使わないロックウール栽培の発展もあり、広大な土地を要しないメリットも考えられる。農業に伝統と基盤のある塩山市として、地元の農業経験者らの人材・ノウハウ活用もできるはずである。

(c)研究所の誘致・育成

塩山市に最新の技術研究所や経済研究所を誘致・育成することは、広大な敷地要せず、騒音・廃液・大気汚染など、公害発生も少なく、何よりも研究に取り組む頭脳や意欲に優れた働き盛りの人材が、この地域に住み、働くことになる。そして地元の人たちとの交流を通じ、地域の活性化にもなろう。また研究所で働く人たち、また研究所を持つ親会社などを通じ、塩山市のPRともなり、観光に訪れる人もふえると思われる。

最近では、外国企業で我が国に研究所新設の動きもあり、国内の優秀な人材の活用、適当な環境に恵まれた地域に候補地を探すのもある。塩山市として関心あれば、在東京の欧米諸国の公館や、外国企業の東京出先などを通じてPRするのもよいであろう。これが実現すれば、その外国会社を通じ、本国に塩山市の観光のよさのPRともなろう。

(d)ベンチャービジネスの誘致・育成

最近、新聞などで特別の欄を設けて、ベンチャービジネスが各地で活動の状況が、一見華やかに報じられている。ベンチャーの経営者の多くは、かつて働いていた大手・中堅企業のあり方や業務に不満を感じて飛び出し、自分でまた、知己らとベンチャーを創設というのが多い。中には最新の技術や商品を発展・開発しているのもなかなりある。しかし、中には求人難による人手不足や、新技術・新商品の販売ルート開発に悩んだり、会社経営なるものが経理・財務・総務・人事などの業務の理解・把握などにおいて、誠に難しいものであることを体験、難面に直面している現実を見聞してきている。時には、自主性を保ちつつ、大手企業との協力・提携の必要性を感じているのもある。

塩山市にベンチャービジネスがあれば、他地域、特に首都圏などの企業の協力を得ることも必要であろう。また地域内に域外の優秀なベンチャーを誘致して、塩山地域の特性を活用するのも、双方にとりメリットが生まれるであろう。モノや技術などを売るだけでなく、会社の経営は、豊富な経験に基づくノウハウだからである。

e)高齢化時代への対応

塩山市でも、高齢化が進んでいるのではなかろうか。一人暮しの高齢者や、寝たきり・痴呆症など要介護高齢者のための対策については、塩山市が自治体として、現実的な対策を樹立、実施されていることと思われる。要介護者を今後もできるだけ少なくするためにも、地域内にスポーツセンター、生涯学習教室、カルチャーセンターなどを新・増設したり、内容を充実することも必要と考えられる。これらの施設を活用して、自分の好みに合うスポーツや、俳句、短歌、川柳、書道、絵画、舞踊、ダンスなどにチャレンジして、アタマや体を働かせる機運を盛り上げることが望ましい。中高年を迎え、家でゴロ寝して、テレビを観たり、カラオケなどだけでは、早く寝たきりやボケる可能性が高まる。図書館を活用して、本を読む機会をふやすために、市としては、図書館の質的充実も望ましい。或る自治体では、生涯学習支援バンクをつくり、生涯学習アドバイザーというボランティアを育成し、社会・スポーツ・学芸・文化など各種の科目で、自分の得意とする特技・経験を活かしてPRするための講座を中高年の人たちのために設け、活発な活動を行なっているのもある。

中高年、いや高齢者で、やむを得ず痴呆症になったり、歩行困難や寝たきりになった人たちのためには、市として介護のための施設や、介護に協力できる人材の育成も必要であろう。しかしなるべくそれを防ぐために、上に述べたような人それぞれの努力や施設の活用が望ましい。

結び

以上、いろいろと客観的・大局的見地より第三者として塩山市の活性化推進・まちづくりなどについて、具体的に述べた積りである。実質的に寄与することができることを、心から願うものである。

以上。

別記

私は長年、総合商社に身を置き、国内のみならず国際ビジネスに携わり、海外も約30カ国を歴訪してきた。モノを売買だけでなく、特に欧米先進諸国よりの最新技術導入。合弁事業の斡旋、協力にも随分努力した。のち理事(役員待遇)、関連会社2社の経営にも。その後、請われて2〜3社の常任顧問。去る4月末迄、東京都内の技術コンサルティング会社常任顧問として約8年間、業務上大手・中堅企業の上層部に接し、技術開発、新事業、新分野進出への協力(異業種内提携を含め)に努力してきた。これ迄の豊富な経験・ノウハウからこの論文を記した。

今後、必要あれば、ご協力申上げたく、いつにでもお申し付け賜りたく存じております。HOME  入賞者一覧に戻る  一般応募者目次に戻る

以上。

 

歴史ロマンで活性化―塩山市  

大阪市東大阪市 穐山常男

1. 都市の発達

都市の発達には、その発達を促す要素があり、地理的に例えば街道があれば宿場町として、あるいは寺社があれば門前町として発達してきた。

近年、発達してきた巨大都市―東京や大阪は、情報や通信機能が発達を促す要素として巨大化してきた。

都市には観光を発達する要素として持つものも一方にあり、観光情報機能を持つことを見い出せば、飛躍的に大きくなる可能性があると考えられる。

ただ観光資源が何かは異なる。それは、海であったり建物であったり、あるいは、遺跡であったりする。

2. 塩山市の現状

甲府盆地の北東部に位置し、東に大菩薩嶺、北に笠取、唐松尾山、そして中央部に重川、西部には笛吹川が流れている。

平成9年度で人口2万7千人余りで、ここ5年間で2%ほどの増となっている。産業別就業者は第一次が全就業者の22%、第二次が30%、第三次が48%となっている。古くは養蚕業が盛んだったが、近年はブドウやモモの栽培が盛んで、農業センサスから全耕地の約80%が果樹園となっている。

また、この地は戦国時代の武田信玄公の活躍した歴史あるところで、その遺跡などが多い。

塩山駅から2分の高野家住宅は1720年ごろ幕府が甘草栽培をしていることで保護した独特な建物で、また駅の西には842年創建で国宝の新羅三郎義光が納めた鎧兜のある菅田神社、北西には向嶽寺、そして快川和尚で有名な恵林寺がある。恵林寺には信玄公宝物館もあり、観光客も多い。

重川を越えた北東には、樋口一葉の文学碑のある慈雲寺がある。塩山市の近くには、温泉で有名な石和があるが、塩山市にも硫化水素泉で25℃の塩山温泉があり、温泉地としても有名である。

新宿から特急で1時間20分余りのところの果物の国、歴史ロマンの香る街である。

3. 塩山市活性化策について

都市の活性化はやはり人が多く集まり、住むことが必要である。人が集まるには、都市に魅力がなければならないし、住むには快適さと便利さが必要である。塩山市については、人が集まる魅力は、恵林寺や向嶽寺、高野家住宅など観光資源のあることで、これの活用が活性策になると考える。

住むことの快適さ、便利さは都市基盤や社会基盤の整備が必要である。さて、塩山市の場合、観光資源をいかに活用して街を活性化するかである。一つは、いくつかある観光資源を小型の循環の観光バスでつなぐことである。東京から近い地の利を生かす―いっぺんにいくつもの観光資源がまわれることを売りにする。二つ、また、この循環コースに季節によってブドウ園、モモ園での果物狩を組み込むと一層バリエーションは増加する。さらに既存の観光資源に加え、新たな観光資源の創造が必要である。

たとえば、「(仮称)塩山歴史体験博物館」の建設である。信玄公や戦国時代の武具や生活道具を展示するだけでなく、鎧を実際着てその重さを感じたり、弓をひくことの体験ができるような博物館である。

また、例えば川中島の合戦を映像で映し出し、見ているものがその中に入り込めるかのような仕組みをつくって、疑似体験できるようにする。

この「博物館」を塩山駅前に建設するのである。この建設費は「博物館」建設として文部省の補助を受けるとともに、運営は使用料徴収で賄うものとするのである。

また、駅前は、都市再開法による再開発で、周辺の『土産物店』などを集積し、公共オープンスペースを生み出し、観光資源をつなぐ循環バスのターミナルとするのである。

バスターミナルを造るということで、『土産物店』の入るビルとで民活法適用事業として実施し、財源を確保する。

土産物にしても既存のものでなく、広く創作の土産物を募集するのも、塩山市に目を引きつけさせる方法になるかもしれない。

人を集めることで活性化させるには、観光資源の活用が一つの方法である。

4. 人口増加策について

人口増加には中、長期に施策を行なわなければならない。塩山市はここ5年間で2%しか増となっていない。東京に近いが、通勤圏には少し遠いということだろう。しかし、短期滞在の観光客は誘致できるだろう。それが中期施策となる。

重川沿いのウォータフロント開発で短期滞在者のためのリゾートホテルを建てる。親水性を基に快適な新たな居住地域をつくるのである。

ここに来る短期滞在者はJR中央本線を使ったり、国道411を使ってくるだろう。JRの利用者が増加すれば列車の増発や時間短縮も将来、要望できるだろう。

JRの列車の増発などは待つのでなく、常日頃から要望しておく必要がある。

次に長期人口増策であるが、先の中期的施策を踏まえながら、首都圏の通勤圏入りをすることで一つの条件を整えるのである。

通勤圏内に入ることになれば新婚世帯を迎えることである。そのためには、新婚世帯のための家賃補助をしたりすべきである。こうしたリゾートホテルや住宅についても環境保護を念頭において建設すべきである。例えば、生活廃水などは直接排水するのではなく、いったん浄化しそれをトイレの洗浄用に使ったり、地域冷暖房システムを取り入れるぐらいは考えなければならないだろう。

5. 活性化のための社会基盤整備

塩山市も高齢化が進むことに備えての施設設置も必要である。老人施設といっても元気な老人といわゆる寝たきり老人のための施設がある。

幸い塩山市は観光資源としての温泉があり、これを利用することである。温泉療法は元気な老人もそうでない老人にもいろいろな面で効果をもたらすということで、温泉を取り込んだ老人施設を設置する。

また、中、長期の人口増加策に沿えば、子供が増えていくことに対しては、保育所の設置や、小・中学校の増設あるいは学級の増を考えていかなければならない。

老人施設と保育所を近接して設置するというと、元気な老人は場合によっては園児に昔の話を聞かせてやったり、遊んだりすることで生きがいをも見い出せるかもしれない。

また、先述の「博物館」で歴史の好きな老人なら、そこで見学者への案内ボランティアとして働いてもらえば、同じように生きがいを持ってもらえるだろう。

6. 住みやすさを考える

住みやすさは教育環境の整備、生活環境の整備が必要である。

若年層を住まわせるには、子育てと子供の教育条件を整えるということでは、先述のような保育所の設置や学校の学級増がある。生活環境の整備は、やはり主婦層にとって近くで買物ができ、かつそこでなんでも揃えることができる施設が必要ということになる。

塩山駅前で周辺の店舗を集積したビルに生活必需品をそろえた店舗を誘致することで、一定条件を満たすことができるだろう。

7. 活性化を促す補助策について

人がたくさん集まることでの活性化を計るとすれば、それは知られていなければならない。

人が知るための情報発信が必要である。塩山市の観光資源について情報発信をする。その手段はいくつか考えられる。例えば塩山市についてのホームページを開き、そこに塩山市の概要と観光資源を紹介する。それにアクセスする人には、詳細を知りたい場合、それに対応する情報を付加しておく。

また、塩山市を紹介するビデオを製作し、各自治体に、特に首都圏の自治体に送り、見てもらい知ってもらう。あるいは、自治省の自治体衛星を使って、衛星放送してもらえれば、全国に知ってもらうことができる。

これは、経費面でも安価にできることと自治省も放送ソフトが少ないため、情報提供は喜ばれるだろう。

また、先述したような新しい土産物の創作を全国に募集することも全国に知られる手だてになる。

創作のイベントで活性化させる。そしてそれを情報発信することも一つの手だてと考える。塩山市らしいイベントとなると、やはり信玄公の地として、武者行列などはどうだろうか。それも、武者になるのは全国から募集する参加型イベントにすれば、人をさらに呼び寄せることができるのではないだろうか。

8. まとめ

これまで生活のため一生懸命働いて来た私たちは、ようやく豊かな暮らしやゆとりに目を向けはじめ、健康を維持し、創造力を蓄え、家族の絆を深め、社会の発展を支えていくため、労働や休息とバランスのとれた観光活動が全ての分野の人々にとって不可欠である。

塩山市は首都圏に近い地理的条件を活用し、現在ある観光資源の活用と新たな観光資源の発掘によって、現代人の欲求を満足させるともに、塩山市の活性化がはかれるものと考える。

『行ってみたい、住んでみたい歴史ロマンの街 塩山市』

そんなキャッチフレーズで活性化をはかりたいものだ。 (完)

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漂白されない町、塩山

蓄積と記憶の継続のために 塩山のための、塩山人による未来づくり

兵庫県神戸市 上谷重男

私の住んでいる神戸は、阪神淡路大震災によって、まちづくり、都市構造、地域づくりについて、重い問題を投げかけた。それは、建造物の耐震性をどうするかも非常に大切な問題であるが、それ以上に、21世紀に確実に訪れる高齢化社会での、町づくり、地域のコミュニティの在り方、それに個人として、どうかかわっていくべきかの判断力を感じさせられた。

今日まで、私たちは無条件に生活の中での快適性を第一に求め、経済は今年よりも来年、来年よりも再来年という経済成長を信じてきた。その間に、日本中で、いや地方においても人口のバランスが崩れ、過疎と過密の問題が日本各地で起こってきた。各地では年齢構成の不均衡が各地生じ、日本中東京化してしまった。地域では人々の集い方は職場、趣味等の集い等カプセル内閉じこもり現象が起こった。このような現象を考える時、地域での人間関係は、結びつきの弱い他力本願的なものになっていると思われていたが、阪神淡路大震災における全国的なボランティアの活躍は、それらの考えが気鬱であった事を教えられた。これらの流れをこれからの町づくりに生かさない手はない。塩山もその例外からまぬげる事は出来ない。

これまでの町づくりは、地形にあった必然性、地域の蓄積から生まれる記憶の継続よりも、経済性、快適性などの視点が重視され、それに沿った形で創られてきた。

町とは

私たちは町をどのように考え、どのように創って行けば、よいのでしょうか?

私が以前一度塩山を訪れたとき、思い起こし、訪ねた場所は大菩薩峠の小説、織田信長に滅ぼされた武田家、信長軍によって火を放たれた恵林寺の三門で焼死した快川国師、そして、ワイン街道を訪ね歩く楽しさ。塩山の町並みを理解する手がかりとなった甘草屋敷、於曽屋敷を散策した後、塩山駅周辺を歩き、比較検討しながら、それぞれの地域の持っていた蓄積、記憶を辿りながら、町づくりの善し悪しを考えて見たことがある。

町の呼び方には色々ある―大きな町、小さな町、都市、町、村―。それらが集まり、地域が成立している。町の呼び方の中に色々な現実、想像を織り交ぜながら、人々は各自のイメージを町に持っている。そのイメージを少し述べてみると…

生まれた町(年代によって異なる)

生活の場としての町(日常としての)

仕事場としての町(物理的、現実と)

旅で体験した町(非日常の)

映画、夢、文学等で学んだ町(想像上)

町を構成している要素(風土、気候、習慣、経済、政治、住民の特質等)が長い歴史、生活の積み重ねの中で、混在しつつ、町の性特質は形成されてきた。今後、私達が問われていくとこは、それぞれの地域の特質を、町づくりの中に盛りこみ、実現していく事である。それは塩山以外の地域から訪れる人々にも、成るほどと理解出来る計画で、それが塩山の人々の納得に繋がって行く町づくりの計画でなくてはならない。

この点を考慮しない町づくりは、人々を魅きつけない。これからは(人と人のツナガリ)が求められている。つまり、(モノを持って喜ぶ)よりも(ココロを豊かにする)を求めている。よく言われていることであるが、(モノからココロへ)(モノからコトへ)といわれ続けていることが、町づくりの中に(塩山の工芸品、食文化)にも当てはめる事が出来るであろう。

例えば、仮に二つの都市で同時に同じようなイベントがあるとすると、いくら近くても面白くない方へは誰も行かない。次の機会を待つか、お金がかかっても面白い方へ出掛けようとする。

つまり、(人と町)の本当の関係を、どう考えるかの基本をしっかり据える事がまず求められる。

町と町との集合、町と人との結合が都市

地域と人との関係を考える上で、参考になる出来事を述べてみたい。

私の住んでいる神戸市の長田区に、高齢者が集う(こまどりの家という)ボランティアで運営されている建物がある。ここに集う事が楽しみであった人々も、あの震災で他地域の仮設住宅に移る事を余儀なくされた。しかし、この家が幸いにも再開されると、動ける人は(集い・話す)という楽しみを求めて、手押し車を押しながら、バスや電車を乗り継いできた。この人々にとって、(こまどりの家)に集う事は、(生きている)証しなのだろう。つまり、現在多く作られている、山間の寂しい、夜が早く訪れる場所で、おいしい空気を楽しみながら、人生の最後を送りたいなどと思っている高齢者は、今も少ないと思うが、これからますます少なくなる。これなども、どの年代になっても、文化を楽しみたいという人間の要求を考慮しない町づくりプログラム間違いから起きている。

町というと、下町、町工場、町医者、交番、蓄積ある町並等を思い起こし、私達は小さな人間的スケール、匂い、工芸的な物をイメージする。このような要素が集まり、都市は出来た。しかしながら、今日では町づくりというと、再開発、区画整理等のように巨大であるために、図面で描くと1/1000のスケール以下で、鳥瞰図的になり、人間のスケールから離れてしまいがちになる。このスケールで出来た模型と完成した町とのギャップに違和感を持った事がある人は多いと思う。再開発、区画整理でできた町を歩くと、よくあじわう。また、活性化、イベントのように、目に見えてもインパクトある方向へ行きがちである。誰も既存の都市基盤を生かした方法よりも、白い紙の上に描く方が楽しい。

これからのは、うまく時間と蓄積を積み重ねながら、人々の記憶を継続する方法を捜し出す必要がある。例えば、区画整理の時、いつも議論になることで、火事になると消防車も通れないような狭い道路は、危険極まりないといわれ、道路を拡張し、それまでの町の記憶を一新してきたわけだが、世界一といわれる自動車技術を現状の道路に合わせた消防車を作るという発想の転換も必要ではないだろうか? このような、人間的な小さなスケールの計画方法を、塩山に残っている多くの蓄積ある町並みに生かしてほしいものである。

今までの考え方からできた町は、残念ながら(漂白され、記憶の失った町)が多く見られるようになった。

地域・産業・知恵の伝承

 これからは人付き合い、知恵の伝承など人間回帰になることが町づくりの重要なテーマになる。

まず、塩山にある(産業と人)を繋げ、(地域あるモノをいかす)為に、地域の農業・漁業・工業の人達の力を借りることである。つまり、地域の人々と産業ネットワークを強化すること。

これからは知恵の伝承、人間回帰、高齢者や職人などの知恵と技術、そして経験を生かさない町づくりは存在しない。

こうした町づくりに欠かせないモノは、町の(核)である。その核になるべき地域は、商店街の再興であろう。モノを売るだけでない、文化、情報機能などを集積した、歩くこと、話すことが楽しめる商店街は、生活者、いやこれからの高齢化社会で求められている必須のアイテム。

塩山の持っている奥深い文化、塩山を象徴した時代、それらの記憶は時代を越えて他府県の人々に残っている。香り溢れるワイン街道、緑の丘陵地、聳える山々等の地形とそれぞれの文化蓄積を生かしたときに、21世紀の塩山の姿が見えてくる。そのために、次の事を提案する。

1. 塩山独自の情報発信―ワインの香り・若者も、高齢者も呼ぼう・ドラマ塩山物語・走る、語るプロ公告人づくり。

2. 塩山をデザインする・世界的なコンペを実施―塩山らしさ―ワインの路・緑の風の路・工芸の路

3. 蓄積、記憶を生かす―各地の人間的町並の再構築。工芸、食文化の伝承。

4. 町づくり教育―小学年から町について学ぶ。町づくり絵本を作成し、小学校に配布。

町づくり、それは訪れた人が、「よい町に住んでいますなあ」、と言ってくれる町。そして、住んでいる人が誇りをもてる町。

最後に、私の好きな映画の寅さんのセリフを書いて塩山の皆様へのメッセージとする。

寅さんは日本各地を訪れて、町について次のようなセリフを残している。

「バスに乗り遅れちゃってね、心細く歩いていると、ポツンと一軒の農家が建っていて、リンドウの花が庭いっぱい咲いていてね、あけっぱなした縁側、明かりのついた茶の間、華やかに食事をする家族、これが人間の本当の生活じゃないかなと、ふと思ったら、急に涙がこぼれちゃってね。」

寅さんが縁側でワインを飲みながら、道ゆく人に話し掛けている。

そのような地域が集まったもの、それが塩山であってほしい。

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